第2話 悠斗の気持ち。

 家に着くと亜海がシャワーを浴びる。

 僕はその間に夕食を作る。

 今日は肉じゃがだ。

 おいしくなぁれ。

 ぐつぐつと音を立てて鍋の中を煮込む。

 ジャガイモが柔らかくなってきたところで、火を止める。

 シャワーから上がってきた亜海がクスッと笑みを浮かべている。

「まったく、それだけ料理できるんだから、将来に不安ないでしょ」

 呆れたように呟く亜海。

「だけど……」

 僕はすぐに視線をそらす。

「男が家事って、格好悪い」

「未だにそう思う人って多いんだよね……」

 世間体を気にする悠斗に悲しげに呟く亜海。

 食事を用意すると、亜海はニカッと笑みを零し、箸でつまむ。

「うん。おいしい!」

「ん。良かった」

 嬉しそうに綻ぶ僕。

 ちらりと机の上を見る。

 そこにはゼクシィの本がある。

 結婚かー。

 やっぱり怖いなー。

「不安……?」

 亜海が訊ねてくる。

 顔に出ていたらしい。

「うん。ちょっとね。僕、あまりいい環境で育っていないし、親に似るって言うし」

 父の振りかぶる拳がフラッシュバックする。

「大丈夫だよ。悠斗は優しいから。それに面倒見もいいし」

「そんなことないよ」

 力なくふるふると首をふる僕。

「私はそんな控えめなところも好きよ」

「そう言ってくれる亜海が、僕も好きだよ」

「なら結婚しよ! ね?」

「うーん。僕が仕事に就いたら……」

 ジト目を向けてくる亜海。

「それっていつなのよ」

 呆れたようにため息と一緒に吐き出す亜海。

「ご、ごめん。でも、僕はこのままじゃいられないから……」

 ヒモ男なんてかっこ悪すぎる。

「悠斗って意外とかっこつけたがるよね」

 亜海は未だにジト目を向けてくる。

「そ、そんなことないよ?」

「声、裏返っているよ」

 はぁっーとため息を吐く亜海。

「もう。素直なんだから」

 首を傾げ、ふふふっと笑みを零す亜海。

 そんな姿も可愛い。

 僕はその手をつかみ――。

「――」

 言えない。

 僕は今、何を言おうとしていた?

 結婚しよう。

 それだけ。

 たったそれだけの言葉がとても重く、苦々しく感じる。

 理想はあるし、それに向けての努力も惜しまない覚悟はある。

 でも一歩が踏み出せない。

 両親の顔が浮かぶ。

 どうしても前に踏み出せない。

「いいよ。無理しなくて」

 亜海は優しく声をかけてくれる。

「無理やり言わせるつもりはないから」

 そう言って微笑む彼女。なんてできた彼女だろう。

「うん。ありがとう」

 僕はニヘラと笑いを浮かべて頷く。

 お陰で心が軽くなった。

 僕はニンジンを頬張る。

 亜海には申し訳ないけど、もう少しこの関係を続けたい。

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