第39話 ファイントの書

 さて、久しぶりに一人に部屋でゆっくりする時間をもらえたな。

 俺は入学の代わりにもらった二つのアイテムのうちの一つ本を手に取り椅子に腰かけた。

 この本、どうにも引っかかる。


 このまま放置はいかんと思ってみんなに頼み込んだ。


「いいのじゃ」


 と、ルミリアさんを筆頭に、みんな笑顔で時間をくれた。

 気分がよくなっていたのかもしれないが、このチャンスを逃す訳にはいかない。


「さて、と」


 こうしてゆっくり本を手に取るのなんて何年ぶりだろう。

 この世界では紙の本の価値が日本とはえらく違うんだからな。大切に扱わないと。


「ん? ……これって…………そうだ! そうだよ!」


 タイトルを見て全部思い出した。


 入手するのは学園じゃなくてもいいが、学園が手っ取り早いやつ。

 今回の俺の場合は早すぎだけど、とにかく最短ルートは学園だったやつ。


『ファイントの書』


 百科事典のようにこの世についてさまざまなことが書かれている本。ゲームの中では実際に道具として使うことで中身を読むことができる。


「やっぱりだ。俺の知ってるものと同じ」


 この本はゲーム内でプレイヤーが魔王についての情報を得るために入手するべきアイテム。

 シルエットじゃわからなかったが、内容を読めばそんなものがあったと思い出せる。

 魔王という存在は広く知られているが、この本がなければ実際に魔王城へ向かうことはできない。

 設定としては優秀な人材。その中でもとびきりの逸材に対しのみ、魔王討伐という重すぎる使命を任せるため。とかだっただろうか。


「俺に対しては簡単に渡しすぎな気がするけど」


 まあ、そんな代物がどうして人の少ない獣使いの学校なんかにあるのかと言えば、それは主人公が獣使いにもなれるからとかいうメタ的なことではない。

 設定の通り、ありとあらゆるエキスパートを輩出する施設に最低一冊は次の時代の担い手に託すために置かれているのだ。いざという時渡せないと困るからな。


 さて、いくら手っ取り早く手に入るとはいえ、入学前に、いや学園でのイベント全て吹っ飛ばしてもらえるなんてことはあり得なかった。

 ストーリーなら主人公がティア学園の文化祭的なものにあたる。獣王祭において、初年度でありながら最上級生をも打ちまかし優勝。OBとのエキシビジョンすら制する実力を見せることで、その圧倒的な実力を理由に託されるものだったはず。


「これが、俺に回ってきたということは、相当まずい」


 俺はそもそも主人公ではない。この本を受け取るのは主人公やその仲間たちのはずなのだ。

 そもそも本をもらうのはストーリーが始まる十五歳の時のイベントだ。もうすでに俺の知っている世界と色々ずれまくっている。


「しかもこっからなんだよな。ルカラの絶望的な展開って」


 そう、ここから物語は大きく動き出す。

 主人公を散々つけ狙ってきたルカラが主人公の大躍進にさらに嫉妬し、権力に物を言わせてファイントの書を手にし魔王城周辺の情報を得たことで魔王城前の不和の森へ主人公を誘い込み決闘を申し込むのだ。

 不和の森は名前の通り、不和を起こし、自滅を誘う森。仲間と不仲になる霧が出ている場所だ。

 ルカラの妨害目的の策略だったが、それはルカラにも同じことが起こる。せっかく強制使役した聖獣、魔獣に対しても不和の森の効果が効き、今まで以上の抵抗に遭う。それによって味方を失ったルカラは負ける。


「その結果が肉塊……」


 そこからは主人公の魔王討伐へとつながっていく。

 主人公VSルカラの気配がきっかけとなり、主人公は魔王の結界に閉じ込められ、魔王戦を余儀なくされる。ギリギリまで追い込まれるもルカラを拘束した聖獣、魔獣の助力に加えて、不破の森に発生する霧を克服したことによるステータスアップで魔王を倒す。これが俺の知るこの世界の正史。

 ルカラが主人公に負けた理由は何もルカラの自爆だけではないのだ。


 ステータスが見えないから正確にはわからないが、今の時点で少なく見積もってもストーリークリアは余裕だろう。

 俺、ルミリアさん、デレアーデさん、アカリ、アカトカでも十分なのに、ユイシャやタロ、ジローもいる。


「問題はここ最近の魔物騒ぎか。おそらくアカリの成長スピードを警戒してのことだろうな。アカリがデグリアス邸を目指してきた時期と一致する部分もあるし」


 あとはルミリアさん、デレアーデさんとの本契約を俺がしてしまっていることだろうか。


「油断は禁物。それに、不和の森はルカラの墓場。なつき度をあげておかないとな。行くならできることはやる。リフレッシュさせてあげよう」


 俺が無理に行く必要はないが、ここまでシナリオ通りに進んでいない以上、受け身で媚びを売ってるから安心なんて言えない。

 このまま無策でいれば魔王が俺の知らない行動に出るかもしれない。


「それに、昨日のことは実質デレアーデさんからの謀反だからな」


 だがちょうどいい言い訳をもらった。態度を改めるって話だったし、少し恥ずかしいがやるっきゃない。 


「みんなまだ外にいるよな」


 待っていても、いずれアカリの付き添いとして行くことになるだろうしな。


 やるか、魔王討伐!

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