第36話 エキシビジョンとその後:アカリ視点

 試験が終わってから、師匠が変な男に喧嘩をふっかけられた。


 別に受ける必要はないにも関わらず、師匠は受けて差し上げていた。

 さすが師匠。お優しい。


「ここまでくると身の程知らず極まれりといったところじゃな」

「本当です。師匠の実力を認めていればいいものを。なんなんですかあの人」


 なんだかやけに私たちのことを見てくるし。

 本当に不快だ。


「まあまあ。多分、こういうことも含めて学びってことなんだろうし」


 ここまで優しい方はいないのではないでしょうか。

 あの不遜な男にも慈悲の心を見せて差し上げるなんて最高です。そのうえルールまで決めさせてあげるなんて。少し人が良すぎる気がします。

 でも、私は全く心配していません。半年間、みっちり鍛えてもらったことで師匠の実力は知っているつもりです。

 師匠は私との模擬戦で全力を出していたことは一度もありませんでした。私よりも力の劣る相手には力の一部でも出せば十分だということは私でもわかります。


「初め!」のかけ声とともに決着はついていた。


 控え室で見せた威圧するような変身ではなく、一瞬で変身し間合いを詰めたルミリアさんが、ワイバーンを無力化し、師匠が喧嘩相手の喉元に剣を突きつけていた。

 相手は勝ち筋を失ってしまった。


 そのまま自滅させておけばいいものを師匠はルミリアさんをなだめて解放させてあげていた。

 心がお広い。


 結局男は、

「い、いや。僕の負けだ。悪かった。悪かったよぉ!」

 と言って逃げ出してしまった。


 こんなことになるってわかってただろうに。

 いや、わからなかったのか、かわいそうな人。

 泣きながら私の横を走り抜けていった。


 観客席の歓声に包まれ、珍しく照れている師匠に私は走り寄った。


「さすがです師匠!」

「いや、なんか。悪いことしたかなと思ったんだけど」

「そんなことないです! 師匠はあくまで勝負を挑まれただけなのですから」

「そうか? いや、そうだよな?」

「そうです」

「まあ、ルカラ殿が負ける訳ないのじゃ」


 やはり、師匠は優しい。あそこまでの相手でも気遣いを忘れないなんて。


 そんな時、審判をしていた人が、私たちにのっそりと近づいてきた。


「少々お時間よろしいでしょうか」

「はい。アカリも大丈夫だよな?」

「もちろんです。師匠がいいのに弟子の私がダメな訳ないじゃないですか」

「聖獣様もよろしいですか?」

「ああ。しかし、ルカラ殿の時間を取らせるのじゃ。無駄話はするなよ」

「わ、わかっております」

「ルミリアさん。あんまり威嚇しないでください」

「みなルカラ殿に敬意が足りていないのじゃ」


 それは激しく同意です。


「わたくしはエーデルフィア・シルグリスと申します。ティア学園においてこの闘技場の管理を任されている者です。ですが、今はティア学園の代表としてお話しさせてください。より良い場所があればよかったのですが、あいにく今はそのような場所を用意することもできず。大変申し訳ありません」

「ちょ、ちょっと待ってください。これはなんの話ですか?」

「あ、ああ。すみません。話すより先にこれを渡した方がよかったですね。お二人にはこちらを」

「ありがとうございます?」

「ありがとうございます!」


 師匠と私はメダルのようなものとそして、二人で一冊の本を受け取った。

 どちらも高価そうなものだけど、なんだろう。

 でも、嬉しい。メダルが師匠とお揃い!

 うーん。でも、合格証ではなさそう?


「えーと、あの、これは……?」

「師匠だけでなく私ももらっていいんですか?」

「はい。お二人にはこれらを受け取る資格があると判断しました。これらは卒業証と特に優秀な人材を見つけた時に渡す決まりとなっている本です」

「そんな。入学もしていないのに、受け取れません」

「いえ、どうか受け取ってください。我々では残念ですがお二人の力を高めるために何かすることはできないと判断しました。そのお詫びです」

「お詫び。卒業証と本……この本……」

「どうかされました?」

「い、いえ」

「師匠の家には本もありますよね」

「ああ。そうだな」


 でも、本を初めてみたような反応じゃない。

 何かを思い出したみたいな驚きに見える。

 私は知らない本だけど、師匠のおうちにもなかったと思うし。


「さすがでいらっしゃいます。では、どうかこれでお引き取りください。もし、ティア学園がお力になれることがありましたら何なりとお申し付けください」

「すみません」


 ちょんちょんと師匠に肩をつつかれ、そのまま師匠に促されシルグリスさんに背中を向けた。


「どうしたんですか?」

「……なんかやべーやつ扱いじゃないか?」

「そんなことないですよ。特別待遇です」

「ものはいいようだな」


 師匠はシルグリスさんに向き直ると頭を下げた。


「わかりました。ありがとうございました」

「あ、ありがとうございました」


 私も慌てて頭を下げた。




「しっかし、この本どっかでみたことあるような」


 会場を後にした私たち。

 街をぶらぶらしているけれど、まだどうするか決まっていない。

 師匠も本が何なのか思い出せないみたいだし。

 数日は滞在する予定だったけど、合否の発表が当日落選。どうしよう。

 でもこれはチャンス。


「あの、師匠。よろしいでしょうか?」

「ん?」

「本のことを思い出すかもしれないですし、少し街を見て回りませんか」

「うーん。せっかくだしそうするか」

「ありがとうございます!」


 これは男女で出かける。デート! 

 師匠とデート!


「楽しみじゃな!」


 そうだ。ルミリアさんもいた!

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