第35話 煽り男とエキシビジョン

 全ての受験生の試験が終わったが、俺は再度試験場へとやってきていた。


「逃げずに来たみたいだな」

「まあな」


 理由は目の前の煽り男と戦うため。


「この場で俺とのエキシビジョンマッチを受けろ!」


 なんて言われ、てっきり近くの公園でやるのだと思っていたが、まさかの試験会場で行うことになっている。

 どうやら煽り男は口だけでなく、少しは学園に顔が利くらしく無茶を通したようだ。


「さあ! 今日お集まりの試験官、観客、そしてこの学園を受験した受験生全員に、真の獣使いというものを見せてやるぜ!」


 大声で宣言すると煽り男は俺を睨みつけてきた。


「ここまでくると身の程知らず極まれりといったところじゃな」

「本当です。師匠の実力を認めていればいいものを。なんなんですかあの人」

「あっはは。まあまあ。多分、こういうことも含めて学びってことなんだろうし」


 実際にはこんなやつとは遭遇したくなかったが、切り替える他ない。


「ルカラ殿はさすがじゃな。しっかり先まで見据えておる」

「私の師匠ですからね。こうなったらしっかり養分になってもらいましょう」

「余の弟子じゃからな」

「私の師匠です!」

「わかった。わかったから。行きましょう。ルミリアさん」

「ああ」


 なんだか緊張感ないな。

 アカリは戦わないからわかるけど、ルミリアさんも煽り男のこと警戒してないみたいだし。


 まあ、俺もこんなこと考えてるが正直負ける気はしない。

 そもそも学校に入ってないのだ。こんなところで学びの邪魔をされる訳にはいかない。


「僕の名前はボフ・グレア。いざ尋常に勝負!」


 そんな名前だったのか。いや、それより。

 俺は手を突き出してボフを止めた。


「ちょっと待て」

「なんだ。ハンデか?」

「違う。ルールは?」

「ああ」


 ボフはわざとらしく鼻で笑うと肩をすくめた。


「丁寧に教えてやるよ。今回のルールはどちらかが敗北を認めるか、審判が戦闘続行不可能と判断するまで戦闘を継続。死なない程度なら何をしてもいい。これでどうだ? 音をあげれば逃してやるってことだ」

「俺はそれでもいいけど、ボフはそれでいいのか?」


 え、なんか名前名乗ったから呼んだのに嫌な顔されたんだけど。


「僕の優しさだ。当たり前だろう」

「なあ、ルカラ殿。さすがの余も、ここまでくると怒りを抑えるのが限界なのじゃが」

「本気で怒るのはやめてくださいよ? 相手は人とワイバーンなんです。全力で当たったら」

「わかっておる。ルカラ殿でもなくば、攻撃の後に何も残らないじゃろうからな。手加減はする」

「ほどほどにお願いしますよ?」

「そうじゃな。ここは余に任せてくれぬか? ルカラ殿は先ほどの疲れもあるじゃろうし」

「それはルミリアさんだって同じはずです」

「むぅ」

「とにかくほどほどにやってやりましょ」

「わかったのじゃ」


 といってもある程度力を出さないとだろうけどな。

 ワイバーンは雑魚じゃない。


「おい。負け姿を晒す覚悟は決まったか?」

「戦う準備ならできてるよ」

「ふっ。まあいいだろう」

「では、両者前へ!」


「ルミリアさんは笑顔が似合うんですから、怒らない方が素敵ですよ」

「そ、そうか?」

「はい」

「……こんな時にどうしたのじゃ……」


 さて、これで少しは落ち着いてくれるかな。

 そもそも、俺だってルミリアさんがこれ以上不当な評価を受けるのは嫌だ。

 だが、あいつはルミリアさんの聖獣の姿に逃げ出した情けない男だ。こんなことするなんて記憶喪失か?


「それでは、初め!」

「地味は地味らしく死に晒せ! いけ! レッドドラゴン! うひっ!」


 俺は特にスキルを発動することなくボフの喉元に剣を突きつけた。

 ルミリアさんはというと、静かに聖獣の姿になり、ワイバーンを押しつぶしていた。


「そこまで!」

「ま、待て! まだ、僕はまだ負けてな」

「そうか。なら、この剣をこのまま突き刺していいんだな?」

「や、やめ! 負け、負けた!」

「だそうです。もういいですよルミリアさん」

「しかし、こやつはルカラ殿を殺すギリギリまで苦しめようとしたのじゃぞ? 相応の対価を払わせるべきじゃ、あぁ〜」

「大丈夫ですよ。ルミリアさんのその気持ちだけで俺は嬉しいです」


 何かと頭を撫でることを求められるので、俺は先にルミリアさんの頭を撫でておく。

 そうすると、いつもの人間態に戻って、俺の腕に抱きついてワイバーンを解放してくれた。

 なかば定位置になっているが、この際この方が都合がいい。


「さあ、満足か? お前のお仲間はもう帰ってしまったようだが、まだ続けるか?」

「い、いや。僕の負けだ。悪かった。悪かったよぉ!」


 ボフは謝りながら走り去っていった。

 ちょっとやりすぎたか?

 もう少し止めておくべきだったかな?


「うおおおおお!」

「すごい! すごいぞ!」

「あれが聖獣の姿か!」

「ルカラ! ルカラ! ルカラ! ルカラ!」


 いつの間にか俺の名前が呼ばれている。


「みながルカラ殿の名前を呼んでおるぞ?」

「そう、みたいですけど」


「あいつには腹が立ってたんだ!」

「この学園を作った人の息子だからって入学前から偉そうだったんだ。ありがとう!」

「ルカラ! ルカラ! ルカラ! ルカラ!」


「感謝されておるぞ」

「そうみたいですね」


 かわいそうなことしたかと思ったが、これなら、いいか。

 でも、学園創設者の息子か。試験の結果に響きそうだな……。

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