第7話 怪我をした聖獣

 俺は獣使いとして屋敷周辺の動物やモンスターを調査している。

 調査と言っても、ゲームと同じような生息なのか簡単に確認しているだけだ。

 今のところ特に変わったところはない。俺の知らないモンスターは出てこない。

 今のところすこぶる順調だ。


 しかし、獣使い、学べば学ぶほど奥が深い。


 これまで獣使いの強みはゲームの様子から勝手に、獣使いとモンスターの連携によるステータスアップ。と思っていたが、実態は違った。

 道具使用時の効果アップ。指示によるステータスアップ。そして、契約する生物の肉体強化、自身の肉体強化。果ては相対する相手の弱体化までできる。

 実際にツリーさんにスキルを使われた俺は身動き一つできなかった。ハビット・ジェイルと言うらしい。

 正直、ラッキー程度にしか思っていなかった。かわせ! やら、先制しろ! だの、様子を見ている。が獣使いのスキルだったとは……。と驚いている。


「……万能すぎやしないか? 獣使い……」


 正直、他の人がやらない。成り手が少ない。学べる場所が少ないというツリーさんの話がにわかには信じられなかった。


 ツリーさんからは、

「それは、ルカラ様の才能が飛び抜けているからですよ!」

 と言われてしまった。


 うん。

 自分で言うのもなんだがそれはあると思う。


 ツリーさんの拘束も、一年もやればそもそも拘束されずにこちらが動きを奪うこともできるようになっていた。

 歳をとっているとはいえ元勇者パーティの人間を一年で越えるとは、ルカラは恐ろしい才能の持ち主だよ。


 それ以来、

「……正直、私に教えられることはもうありません」

 と言って、手合わせしかしてくれなくなった。


 それも、今では俺の全戦全勝。勝てなかった時が嘘のようにツリーさんの動きが手に取るようにわかってしまう。


 モンスターや動物との契約も、すずめくらいの小鳥から仮契約の特訓を始め、少しずつ大きな動物とも契約できるようなり、今では普通の人なら強制使役で扱えるレベルまで成長できた。まあ、やらんけども。

 しかし、モンスターは動物を相手するよりも難しい。

 聖獣とか魔獣レベルは果てしないが、ゲームのルカラは主人公倒すためだけやってたと考えると狂気だと思う。

 そもそも探すだけでも一苦労だ。

 デグリアス家の屋敷近くにあるネルングの森に聖獣も魔獣もいるといううわさがあったから探すだけだったんだろうが、にしても俺は一年住んでて一度も見たことはない。


「はあ」


 一年。色々あった。

 ユイシャやツリーさんの反応からしてわかっていたことだが、俺の屋敷での評価は最悪だった。


 だが、一年間しっかり欠かさずあいさつをして丁寧な態度を心がけ、ねぎらいの言葉をかけ、体調不良に気づけば休みを取るよう指示しているとだんだんと反応が変わってきた。


「最近はだいぶ生きやすくなったな」


 人ってのは奪われた信頼を疑い、続けるのが難しくなるのかもしれない。

 まじで何度も泣くかと思ったけど、ユイシャやツリーさんが優しい人でよかった。

 そのおかげでくじけそうな時もルカラの精神に身を任せず、死を逃れるための努力を続けてこれた。


 威厳を持ちつつできるだけの配慮をしてきた結果、目に見えるところでの陰口は減ってきた。

 むしろこっそりと、

「ルカラ様夕食のご希望は?」

 とか聞いてきたり、前より服が綺麗に手入れされていたりと、地味なところでお返しをもらえている気がする。

 本当に小さいが、死を避けられている気がして嬉しくなってくる。


 大きいところだと、家を出入りすることに使用人たちから理解を得られるようになったことだろう。

 今ではすっかりツリーさんとの特訓はバレてしまっているが、応援してくれてもいる。

 でも、媚びを売るために獣使いとして学んでいたが、ツリーさんは教えてくれないし、どうしたものか。

 このまま聖獣とも魔獣とも出会わないならそれでいいんだけど……。


「ん!」

 俺は思わず走っていた。

「これはひどいな」

 傷だらけの動物。

 不意に怪我をしてしまったというよりも誰かから暴力を振るわれた感じだ。

 動物好きの本能が俺の体を動かしていた。


「大丈夫だからな。今治してやる」


 ツリーさんから動物やモンスターに対する手当ての仕方も教わった。

 もっとも、獣使いは使う道具の効果が高まるクラススキルのおかげで、ひとまずきのみなどの回復アイテムを与えることが基本らしい。

 ユイシャの傷が治っていたのを思い出しつつ、俺は普段から携帯しているポーチからきのみを取り出した。


「グルルルルル」


 俺の腕ほどしかない体長の小さな動物は、最後の力を振り絞るように威嚇してくる。

 人に襲われたのだろうか。

 となるとこの反応も無理はない。

 だが俺の手から食べてくれないと意味がないんだ。


「大丈夫だ。ほらこれは安全だ」


 半分に割って食べてみせると少し警戒を解いたように見えた。

 生き物に警戒されないのも獣使いの才能。とツリーさんは言っていた。となると、ここが腕の見せどころ。


「ほら、おいで。巣に帰るにもその傷じゃ無理だろ? ほら、半分食べな」

「キュ……」


 優しく呼びかけたのが効いたのか、ゆっくりだが食べてくれた。ユイシャに食べさせた時みたく体がほのかにに光ると見るからに怪我が治った。

 ユイシャに食べさせた時よりも治りがいい。獣使いとして成長したからか。

 毛並みもよくなった。

 白とも虹とも取れるような不思議な毛をしたモンスターも不思議そうに……。


「なあ、お前聖獣じゃないか?」

「キュ!」


 俺の言葉がわかるのか少し自慢げに鳴いた気がする。

 やっぱりだ。そんな気はしていたが、落ち着いて見てみると明らかに聖獣だ。間違いない

 屋敷近くの森に住んでいることは知っていたが、こんなところに出てくるなんて。探してやっと見つかるようなはずなのに……。いや、出会ってたからこそ、ルカラは主人公と戦うために聖獣の長と魔獣の長を強制使役することを決めたのか。

 でもよかった。獣使いとして学んでおいて。

 きっとここもルカラが道を踏み外す場面の一つだったのだろう。


「キュキュ!」

「お、どうしたどうした!」


 俺は聖獣の子に突進? され、いきなり地面に突き飛ばされる。

 いや、顔を舐められてる。感謝されてるのか?

 尻尾もぶんぶん振ってるし。



「ははは。くすぐったいな」

「キュー! キュー!」

「すっげーもふもふだー」


 ああ。いい。飼い犬のタロを思い出す。

 あったかい、なんだか懐かしい感覚だ。


「ルカラ、なにしてるの?」

「ゆ、ユイシャ!」


 こ、こんなタイミングで。

 ユイシャの声で、聖獣は俺から降りるとさっと俺の影に隠れた。

 いや、どうしよう。


「さっきの子は?」

「えっと。その、撫でてみるか?」


 何言ってんだ俺。


「うん!」


 そうなるよな!


「なあ、撫でさせてあげてもいいか?」

「クウ?」

「ユイシャは安全なんだ。襲わない」

「キュ!」


 やはり俺の言葉を理解しているように、聖獣は俺の影から出てくると、自ら率先してユイシャに対して頭を突き出した。


「アウ!」

「わあ。いいの?」

「いいみたいだぞ」


 よかった。

 二人とも仲良くなれたみたいだ。


 これで媚びを売れてるのかわからないが、怪我を治したのはいいことのはず。嫌がられてないしよしとしよう。

 しかし、この子はどうしようか。

 帰れるのか? いや、帰れるだろ。

 この森のどこかにいるって設定だったもんな。


 見つかったのがユイシャだったからよかったが、聖獣は希少種。人目につきすぎる。下手すれば売り物にされる。


「もう遅いし帰ろうユイシャ」

「でも、この子……」

「キュ?」


 帰る。はいまいちわからないのか、まだ遊び足りないようにユイシャに甘える聖獣。


「ねえ、契約は?」

「うーん。その子にも家族がいるだろうし」

「そっか。そうだね……」

「きっとまたいつか会えるさ」

「うん! またね」

「じゃあな」

「キュー!」


 ついてこようとする聖獣を止め、俺たちはその場を後にした。

 悲しそうでも。ごめんよ。でも、これでいいんだ。これで。

 後は俺のうわさが聖獣の間で広まってくれれば万事解決のはず。


 誰にも見つからないで帰れるといいな。


 とはいえ、本来ルカラが聖獣を見つけるのは今から四年ほど先のことだったはず。それまではうわさ程度の存在じゃないのか?

 しかし、主人公視点の話で、語られていないルカラの過去となるとわからない。

 会ったのは今回が初めてみたいだし。

 ま、いいか。


「俺たちだけの秘密な」

「秘密……。うん! あんなにかわいい子みんなに自慢したいけど、ルカラが言うならそうする」


 い、言いなりはやめてね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る