第6話 ルカラの才能:ツリー視点

「世界は広い。ですね」


 誰もいなくなった私たちの訓練場を見て私はぽつりとつぶやいた。


 僕、いや私は元勇者パーティの獣使い、ツリー・ドットマン。


 今でこそデグリアス家の庭師として働かせてもらっておりますが、先代魔王討伐後はどこをともなくフラフラしていました。


 すでに当時から新たな魔王のうわさが立っており、勇者さんたちやパーティのみんなさんは後進の育成に取り組んでいました。

 しかし、獣使いになりたい人はおらず、ルカラ様に特訓を頼まれる今の今まで、特に弟子を取るようなことはしてきませんでした。


 そもそも、今でこそ学園ができるくらいには獣使いを志す人が出てきたようですが、獣使いは人気がありません。

 理由は単純、効率が悪いのです。

 スキルを覚えるのに一週間、それを当てるのに一週間、思うように動いてもらえるまでにさらに一年。

 これは基礎の話です。


 戦士や魔法使いならある程度のモンスターと戦えるレベルでしょう。ですが獣使いはここから、本契約という儀式を行えるようになり、モンスターを探し、信頼を築く。

 そして相棒と呼べるようなモンスターと出会って初めて本契約をし、獣使いとして認められるのです。


 わかりやすい指標は学校の数でしょう。獣使いについて学べる学校は国で一つです。

 完全に才能や血統に左右される勇者を除き、戦士や魔法使いとして学べる学校が、当然のように両手じゃ数えきれないほどあると言えば、その規模感がうかがえるでしょう。それほど人気の差は明らかです。


 そんなほぼニートだった私がルカラ様という素晴らしい教え子を持てたのは、ひとえにファチルダ・デグリアス様に拾ってもらえたからでしょう。

 当時、ちょうど魔王討伐の報酬が底をつきかけていたところだったので二つ返事で受けさせていただきました。

 とはいえ、庭師としても使用人としても、仕事のことが一つもわからず毎日必死になって覚えました。

 今では、

「動物やモンスターの力を借り、他の家とは比較にならない一線を画する庭作りだ」

 と褒めていただけるようになったことは私にとって誇りです。

 ファチルダ様は心から尊敬できる方です。


 ですが、先日までのルカラ様は違いました。

 いや、尊敬できない方のフリをしておられた。と言った方が正しいでしょうか。

 初めて出会った時は純真無垢と言っていいほどのかわいらしい方でした。


「何してるの?」

「すごい。鳥さんだ。一緒にお仕事?」

「ツリーさんが連れてきてくれたの?」

「僕もツリーさんみたいになれるかな?」


 とよく目をキラキラさせながら、色々な方の話を聞くことが楽しい様子で、教えに来られる方々もルカラ様に教えるのがとても楽しいと話しているのを聞いたことがありました。

 私も、ファチルダ様に続き、これから使える主人としてとても胸を躍らせ楽しみにしていました。


 ですが、七歳になられたその日から、


「おい。不揃いだな」

「こんなので父上が納得すると思うのか? やり直しだ」

「これでよくデグリアス家の庭師が務まるな。これではこの屋敷に人を招くことなどできんぞ!」


 などなど、よく私に小言を吐きかけてくるようになられました。

 目はくすみ、鋭く、人を見下す態度ばかり取るようになってしまわれました。

 私の話を聞いてくれていたルカラ様はどこへ行ったのか、そんな変わりようでした。


 ひどい態度は私以外の者にまで及び、屋敷内での信頼はすっかりなくなり、ルカラ様を嫌う者しかいない、そう言っても過言ではない状況にまで変わってしまいました。


 無論、剣術や魔法を教えていた方々も仕事を投げ出し、久しく屋敷を訪れていません。

 きっとこのままなのだろう。私はそう思っていました。


 しかし、今日、それは全て演技だったのだと確信しました。


「えい」


 そう言って、ルカラ様は一度でスキルを発動させ、魔法陣を放たれました。そうして小鳥を自らの肩に乗せられませした。

 本来ならありえないほどの成長スピードです。

 常人なら三年、天才でも一年かかるものをルカラ様はただの一度で成してしまわれました。


 不躾ながら、

「手合わせ願えますか」

 と自然と言葉が漏れていました。


 ルカラ様はそんな申し出も快く受けてくださいました。


 現役を退いて三十年ほどでしょうか。力は衰えようと、維持を続けてきておりました。

 獣使いとしての訓練を始めたばかりの子どもに引けを取るようなことはありえない、はずでした。


 ルカラ様には本気を出さざるを得ませんでした。

 生物の動きを操るのが獣使いの真骨頂。

 私の全力で動きを止めて、それでなんとかというところでした。


 こんなことをされれば嫌でも、庭師として腐らずにいたか試されていたのだとわかってしまいます。今ようやく私を有効活用しようとしてくださっているのだとわかります。

 これまで、元勇者パーティという肩書きにおごらず、自分を鍛える価値がある人間なのか見極めようとしていたのでしょう。

 ルカラ様ほどの才能を他では見たことがありません。


 剣術や魔法に関しても、神様からの啓示により才能を与えられる前は凡人でもルカラ様に教えることができたのでしょう。

 ですが、与えられた才能さえ超えられない人間では、その役が務まらないからとあえて厳しい態度を取ったのだと思われます。


 そうでなければ形だけの祝宴となった十歳の誕生日の翌日から、態度を以前のような丁寧なものに戻したことに説明がつきません。


 きっかり三年。

 それが、ルカラ様にとっての覚悟の期間だったのでしょう。

 これまで自分が散々当たり散らしたことで、暴言が返ってくることにも耐え、周囲に置く人間を選んでいた。

 私は、そこに残ることができたことが心の底から嬉しいのです。投げ出さず、冒険者にならなくてよかったと言えます。

 才能に狂わされたのではなく、しっかりと乗りこなしていたのです。当時から。


 この方はもっと伸びる。

 そう確信した私は、当時の自分がこなそうとすれば根を上げてしまうかもしれないレベルのメニューを用意しました。




 あれから一年が経ちました。

 並の人間で、最低十年、才能があるものなら三年かかるだろうと思って組んだトレーニングメニューをルカラ様はたったの一年でこなしてしまわれました。


「ツリーさん。これでいいんですか?」


 私が必死に汗水流して血反吐を吐きながらこなした練習を、ルカラ様は笑顔で遊びのように身につけてしまう。

 この人にはきっと全盛期でも勝てない。


「……正直、私に教えられることはもうありません」

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