第8話 気になる人間:聖獣の長視点

「長。先ほど帰った若いのが長に話をしたいと訪れております」

「長はやめろと言っておろう」

「長は長です」

「うーむ。まあよい。通せ」

「はっ」


 おそらく先ほどの出来事じゃろう。


 余も近くに実力者がいることは察知していた。が、まさか、あれほどまでとは……。きのみの効果を高める逸材か?

 いや、そんな優しいものではないじゃろう。それくらい雰囲気でわかる。

 ここからは遠い建物の中にいてもなお、その隠しきれないオーラがひしひしと伝わってくる。

 人としては優れているが、完全なる悪そのものだったはずじゃが、いつからか善のオーラを放ち、すさまじい速さで成長していた。

 聖獣の若いのの怪我を治してくれたのは、どういう風の吹き回しなのじゃろうか。


「長、お伝えしたいことがあります」

「長はやめろと言うておるのじゃ」

「しかし、長は長です」

「みな口を揃えて。まあよい。その前に、一つ確認しておこうか」

「何でしょうか」

「余たちと人間についてじゃ」

「はい」


「聖獣は元は人とともに暮らす存在じゃった。かつては人を導き、人からの貢ぎ物で生活していた。じゃが、ある日、人は余たち聖獣を拘束し無理矢理言うことを聞かせ、暴れ回らせるだけの戦争の道具とした。どの国も聖獣を所有し、その強さで国の強さが表されていたほどじゃ。じゃが、そんな時代も剣術や魔法の洗練によって過ぎ去った。数の減った余たちは、次に見せ物にされた。拘束により力を抑えられ、抵抗できないまま売り買いされた。そんな中人間から逃れられた余たちは、人と関わらずに生きていく道を選んだ。今でも売買される仲間たちに心の中で謝りながら。そうじゃな」

「はい」


 新たな存在は脅威となるか、それとも……。


「して、何じゃ」

「はっ」


 戻ってきた若いのは、いつもよりも帰りが遅かった。

 にしては毛並みがよく、表情も気力に満ちている。

 おそらく、謎の実力者が手入れを施したからじゃろう。


「人間に怪我させられた後、人間に怪我を治してもらいました。その時にこれを与えられたのですが」

「見ておったわ」


 余の簡易的な魔法で一部始終は見ていた。

 連れ去ろうものなら撃退してやろうかと思ったが、そうではなかったことで、一つ学習のいい機会だと思ったが、ことの運びは思ったものとは違った。

 怪我をした子を人間が治したのだ。

 与えられたのは今差し出されたきのみ。


「これは、きのみの効果だけではない。あやつの獣使いとしての才能が成せる技じゃ、常人が同じだけ回復させようとすれば、三食食べても足りないじゃろう」

「そうだったのですね!」


 ここまでの逸材、しかも、今のところは友好的、余としてもできることなら協力していきたい存在だ。

 しかし相手は人間。これが必ずしも良心からの行動かどうかはわからない。元はと言えば悪のオーラを放っていた男。油断させ、余たちと接触を図り、これまでの人間同様余たちを道具とすることが目的やも知れぬ。


 そうじゃ。もし仮に怪我をさせたのが知り合いなら?

 自作自演という可能性もある。


「どちらにせよ、少なくとも一度会っておくべきじゃな」

「そう思われます。あそこまでのなで、……いえ、なんでもないです」

「ふむ。そうか?」


 にしては興奮したように尻尾振っているのじゃが、どういうことじゃろう。

 何を言いかけたのかはわからぬ。気にはなるが、そこはよしとしよう。


 喫緊の問題は謎の実力者じゃ。

 脅威となるならば排除せねばならないじゃろう。ここまでの獣使い、我らをそう遠くないうちに強制的に使役できるようになるじゃろう。

 じゃが、もし協力を仰げるならば、ここでの貧相な暮らしも少しはよいものになるのではないか。今まで苦しませてきた分、少しは他の者たちにも自由を与えられるのではないか。


「長よ。人間と会われるならご同行いたします」

「よい」

「ですが!」

「余がよいと言っておるのじゃ。余とこやつだけで行く」

「しかし!」


 やはり、余の腹心は頭が硬いな。

 さて、なんと言おうか。


「あまり大勢で出向いては、もし敵意がなくとも警戒されてしまう。そうなっては逆効果じゃ。せっかくの友好関係を結べるかもしれない相手がいなくなってしまうじゃろう?」

「そうかも知れませんが」

「そもそも余たち聖獣は人間にとって探してでも捕まえたい存在じゃ。大金を使ってまで余たちを売り買いするのじゃからな。そもそもこやつをさらわなかったからと言え、信頼できるとは限らない。そうじゃろう?」

「はい。わかりました。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「うむ」


 納得するのは苦しそうじゃが仕方がないことじゃ。

 余たちはあくまで戦いに行くのではないのじゃからな


「行くぞ」

「はいっ。お供させていただきます。でも長が人間と会って大丈夫なのですか?」

「大丈夫じゃ。問題ない」


 さて、その人間とやら直にこの余が見定めてやろう。

 取るに足らない人間なら見逃してやってもいいじゃろう。

 しかし、敵意があれば即座に殺し、真に友好的ならぜひ人となりを知らせてもらうとしようか。

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