コロナで革命

 陽性判定を受けてから1週間が過ぎた。

 ここは軽症者を収容している都内のホテルの部屋だ。

 日に3回の食事が差し入れられ、一度の健康診断というか自己申告を電話連絡をする。

 治療の薬などは処方されていない、しかし咳は止まらないし味覚はまだ感じない。

 毎食のメニューは変えているようだが、味がしないのだからさほど新鮮さというか、好物を出されても心が動かない。

 だから楽しみやストレス発散のようなことは何も無い。

 体力気力は低いままだし、症状も改善される兆候も無い。

 むしろ悪化するかもしれない恐怖に何度も襲われている。

 寝不足というか、寝ることしかできないので結果的に眠れない。いや寝てはいる、夜に眠れないのだ。

 昼夜逆転のような生活になっている。目が覚めているときはテレビかスマホゲームのみ。

 他人と会話することもない。まだ懲役刑の囚人のほうがましかもしれないと想像すらしている。

 

 このホテルに入ったときは救急車で隔離されながら来た。誰とも会うこともなく、最後に話したのは救急車のドライバーの2人のみ。

 ホテルの外観からすると30室以上はありそうな規模だが、何人が収容されているかはわからない。

 テレビにニュースでは収容施設がいっぱいになりつつあると言っていたので、ここでも同じ状況だと思える。

 

 自宅隔離や軽症者の突然死がニュースになっていた。

 当日の朝までは大丈夫だったのに、夜に急変して亡くなっていたとか。

 勤務中や路上で倒れていた人を検査したら陽性だったという。

 僕もいつ死ぬかわからない恐怖に追い討ちを掛けられた気分になった。

 家族も恋人もいない1人暮らしの36歳の男が死んでも誰も悲しんだりニュースになることも無く、日々の死亡者数にカウントされるだけ。せいぜい年齢と性別が出るだけ。何も世の中に影響がない普通の死でしかない。

 コロナであろうが他の病でもそうだろうな。大きな事故で死ねば名前くらいは載るかもしれない。死因が流行のコロナだったというだけでも歴史に混ざれることも悪くないかもしれない。

 毎日コロナの死亡者数は報道されているが、医療崩壊が始まった影響で満足に治療が受けられず亡くなった人も少なくないはずだ。

 その人たちは直接コロナ患者ではないがコロナに殺された、いやコロナの感染拡大を止められなかった政府に殺されたといってもいいだろう。

 発生直後は簡単に拡大しませんマスクさえしていれば、密室にいなければ程度だったので、皆が普段と変わらない生活を続けていた。

 しかし拡大していくにつれ外出控えろとか言っているわりに検査体制も整備せず五輪までには終息させますと宣言し始める。

 いよいよ世界規模で拡大して日本の言霊信仰も限界になり、ごまかしようがなくなったことでようやく対策に本腰を入れたのは日本各地でクラスターが発生した後のことだった。

 あたりまえだが誰の目で見ても手遅れで、後手後手の対症療法のようなことをやるが、実際は火事にバケツの水で消そうとするような愚作ばかりで、政権支持者でないかぎり自粛の声も空虚になり、むしろ感染拡大は自粛をしない人の責任となっている。

 ほとんどの経済活動が停止してから3ヶ月が過ぎ終息の見通しが立たなくなって初めて補償金が受付られ始め、実際の給付は更に1ヵ月後という。

 総理大臣は感染者数や死亡者数を把握していないことが明らかになり、国民はようやく気が付いた。

 今の政治家には命を託せない、次の選挙など待っていられない。

 

 現在の日本の政治の仕組みは明治維新といわれる政変から続いている。

 武士の封建社会から天皇を中心とした議会政治となったわけだが。

 実際のところ貴族と尊皇攘夷の中心となった藩によるクーデターのようなもの。

 政権を倒すのだから革命と呼ぶのが通常だが、維新としたのは民主的でないから。

 第二次世界大戦後は米国占領によって憲法は変わったが本質的なところは全く変わらなかった。

 戦前からの利権と世襲制は続いて、官僚も仕組みに溶け込み悪質な構造となっている。

 今回のコロナ危機は、それらの日本の欠陥があらわになったうえに、富裕層から貧困層まで直接被害が出てきた。

 大きな自然災害は何度も経験してきたが、それでもやはり一部の地域の不幸であって、自分とは差ほど関係のないことだった。

 だけど今回ばかりは違う。誰もが危機感を持っている。

 日本人特有の美徳として我慢や耐えることこそ誇りだとして政権支持続けている人も少なくない。

 清貧を貫いて死んでいくことを否定はしない。それは個人の生き方であるから。でも強制はしないでくれ。


 これまで選挙に行っていなかった国民は後悔をしていた。僕もそうだが、誰がやっても変わらないし、おかしくはならないだろうと。

 でも違った。

 無能だけならよかったが、愚かな悪行が政治家の本質となっていたことが今回の事態をより悪くしていることに。

 しかも世界を見渡すと米国以外はうまくいっているという現状に。それまでの災害を日本人らしさで克服し賛美されてきた自信を崩された劣等感のような恥ずかしさをも感じていた。

 

 拍車をかけたのは現在進行形で広がって終息の見通しが立っていなのににもかかわらず終息後の復興予算が数倍の規模で通ったということだ。

 医療崩壊は既に手遅れで、癌や急性の疾患の治療にまったく体制が行き渡らず身近な人が亡くなっていることや、マスクをはじめとする物資と薬も用意できていない。

 いくら自粛を頑張って耐えても明るい未来が見えない現状に国民の多くが自己判断で活動を始めている。

 院内感染など専門的な防疫環境であっても危険なので、一般人がマスクや手洗いでは戦時中の竹槍特攻のようなもので、むしろ裸で外を歩かないくらいのレベルでマスクを着用という、材質やデザインなどに凝ってオシャレアイテムにまでになってしまった。


 ある日ネットに連絡が入った。しかもツイッターやラインなど全てのアプリに一斉に。

 送信者はどれも同じで「コロナ革命」となっていた。内容は、

 「みなさん明日から国会と議員開館周辺に集合しましょう。全国からお待ちしております。陽性判定され動ける方も歓迎いたしますが別グループになります。

集合解散日時は決めておりませんし、集会の許可もされていません。違法です。それでもどうにかしたいとお考えのみなさんお待ちしております。

周辺を歩きながら集まることにより排除されません。もし政府がバリケードなどで妨害行為がありましたらそのつど活動場所を変更します。

目的は保障給付金の増額と終息後の復興予算の撤回、五輪の完全中止、医療関係者への援助と保証になります。

 このままではもれなく全員が遅くなく倒れることとなります。

 10万人以上を目標としています。職種や年齢は関係ありません。

 各自で装備や飲食は用意してください。

 それでは成功させましょう。」


 僕は携帯をポケットにしまいこんで部屋を出た。

 とりあえず隣の部屋をノックした。

 現れたのは僕より年上の男性だった。


 「見ましたか?」


 僕は挨拶もせず尋ねた。

 その人は「見たけど、どうしますか」


 「まだ決めていないけど、そもそもここの場所がよくわからないんですが」

 「それは私も同じですよ、じゃあ各部屋の人たちに声を掛けてみますか。幸いと言うか同じコロナ感染者だから遠慮もいらない。むしろ気になるけど」

 「じゃあ、とりあえずこの階の人たちに声を掛けましょう」


 僕ら2人は一緒に行動した。

 この階は僕らを含めて10人になった。そして更に2人ずつで組になって各階をまわった。

 予想通り30名が揃った。

 常駐している管理者は除いているが、その方々にも今回のメールは届いている。考えていることは皆同じだ。ただ防護服を着ているが。

 

 自然にリーダーらしき人が数名ほど出来上がっていた。

 そのうちの1人が発言した。

 

 「メールの内容はみなさん読んで理解していると思いますが、私達感染者は、幸いにも軽症となっていますが予断は許さない状況で待機しています。長い方は10日以上はいるでしょうし昨日来たばかりの人もいるでしょう。これ以上悪化すれば入院ということになるのでしょうが、報道を見る限りベッドや機材、スタッフの不足で満足な治療は受けられない可能性があります。もちろんこのまま回復することが最善ですが、急変することもあるそうです。

 僕はここに来て2週間になります。比較的落ち着いてきて体調も元に戻りつつあります。あと何度か検査をして陰性を3回でれば出て行ける状態です。

 ですが明日始まる革命行動に参加しようと思います。健康になったからといって仕事も失い、まともな生活は保障されていません。

 みなさんはどうでしょうか、最近では復帰しても差別があって退職せざるを得ないこともあるそうです。

 いますぐの決断は強要しません、僕たちと共に向かおうと思うかたは明日の朝にここを発ちましょう。

 以上ですが何か質問はありますか」


 1人の女性が手を挙げた。


 「私はここが東京のどの辺りかわからないんですが」

 

 「ああそれは管理担当者の人に聞いてありますので、出発時にわかります。行かない方には知らせないほうがいいかと思います。このホテルの風評被害や思い出したくない人もいるでしょうから。

 残ると判断しても大丈夫です。これまでどおりになるそうです。僕らは勝手に脱走となるのですが、たぶん騒ぎに紛れてうやむやになることだろうと考えています。担当者の皆さんにも協力をいただいています。」


 集まった人々は各自の部屋に戻っていった。

 僕は最初から決めている。ただ1人では不安だっただけだ。

 翌朝になり食事を各自済ませロビーに行くと20人以上はいた。

 リーダーが話し始めた


 「僕達がこれからやろうとしていることは日本の歴史上まったくの初めての出来事になるでしょう。国民が自らの意思を選挙などではなく直接の行動表明で要求することはなかった画期的で未知なことです。どういう結末になるかは誰もわからないと思います。でもやらないよりましというより、絶対やらなくちゃいけない。

 実は僕の友人知人に連絡を取り合流することになっています。たぶん想像以上の人たちが集まっているはずです。渋谷のハロウイン以上になるでしょう。みんな自粛で時間はたっぷりあるし、娯楽も制限されていますから爆発したいんですよ」


 僕らはおしゃべりしながら歩き出した。

 なんか楽しい、生きてきた中で一番わくわくしている。

 みんなも同じようで自然に歩く速度が速くなってきている。

 信号待ちで落ち着き再び盛り上がるを繰り返している。

 コロナで自暴自棄となったのに、こんなに生きたいと思うなんて。

 革命最高!コロナ万歳!

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