味覚障害が多数派になった世界

ここは郊外にあるファミレス。

 若いカップルが入店した。


 「久しぶりの外食だからいっぱい食べるか」


 「そうね、でもほどほどにしてよ」


 メニューを眺めながら二人の会話が続く。


 「これなんか歯ごたえがよさそうだな」


 「私はシャキシャキ感が好きだからこれにする」


 男性はミックスカツ定食、女性はサラダの盛り合わせにした。


 「そんなんで足りるのかい」


 「もちろん足りないからいろんな種類のサラダを食べるよ。

 この店はサラダメニューが50種類以上もあるしね」


 男性は追加メニューでカキ氷をオーダーした。

 シロップはかかっていない無色だが削り方が特殊で、炭酸水が付いている。


 「いやー食べた食べた、やっぱり家で作るのとは食感が違うね」


 「サラダが食べ放題も魅力よね」


 「ファミレスの良さは僕たちにも合わせてくれるからいいよな。

 街中の老舗というか大人たちの行く店なんか味にこだわりがあるだろうけど、僕らには意味が無いうえに高いからな」

 

 「私らは子供の頃から味なんてわからなくなっているからね。

 食感とか口当たり、冷たい温かいだけだもんね」



 彼らが子供の頃に感染症が大流行し後遺症の多くが味覚障害になってしまった。

 今の20代前半から後半までの半分はそうらしい。

 だから食道楽のようなことはしなくなり、たまにファミレスに行くくらい。

 回転ずしや居酒屋も行かない。

 お菓子やケーキなども食べることは無い。

 たまに安いだけのアルコールを炭酸で割って酔うくらいだ。

 だからなのか会社の先輩社員とかと飲みに行くことはない。

 行ったとしてもメニューのほとんどを楽しむこともできないし、高い酒を飲んでも意味が無い。

 それでいて支払いを割り勘なんてなったら損するだけ。

 じゃあ先輩がおごるかといえばそうでもなく、そのうちに誘われなくなっていく。

 付き合い遊ぶのは同じ世代で味覚障害がある人間だけ。

 マーケティング的には無視することもできず、大手飲食店は専用メニューを開発している。

 基本的に調味料を使わないというものだが、調理過程でどうしても不可欠なのはその旨を提示している。価格に影響しているからだ。

 だから食感だけに特化したものが現れだした。

 またスーパーの商品棚には無味を表示したり、独特の食感をアピールするようなものが並ぶようになった。

 次第に味覚障害でない一般の人間も好むようなものが出て来て購買層が広がった。

 味付けを個人で調節できたりするので、健康面やダイエットにいいそうだ。

 だけど弊害も出てきている。

 塩分など必須のミネラル不足や、糖分不足で体力が減少しているようだ。

 そのためのサプリも売れている。

 わざわざサプリなんぞ買わなくても普通の塩や砂糖を舐めればいいものをと大人たちは言うが、サプリを持ち歩くことがステータスになっている。

 いい車を乗るような感じらしい。

 調味料メーカー売り上げは当然のごとく減少したが、新しいタイプのサプリを開発したりで業績をカバーしている。

 まさか感染流行時にこうなるとは誰も思っていなかった未来が来ている。

 毎年感染ピークが季節ごとに来るのが10年近く続いた。

 次第に感染力や後遺症は減ったが、30歳未満の半分は味覚障害になっている。

 それ以上の年代はちょうどワクチンをしていたので後遺症は少ないようだ。

 当時子供だったゆえの後遺症。

 それでも彼らは特別な障害とは考えず、自分たちに合った生き方を模索している。

 参考になったり教えてくれる大人がいないので、お互いに繋がり合い情報を共有している。

 だからなのか、他の世代より価値感や考え方が統一されている。

 それが政治にも影響しだすのは更に10年後というのは今は誰も知るよしもないことである。

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