第58話 京都市京セラ美術館&細見美術館

 私たちがバスから降りて歩いている街の名は、岡崎。

 その地名で、場所がピンとくる人は京都に詳しい人であろう。鴨川と東山に挟まれた地。もっと大雑把に言えば銀閣寺と清水寺の間のエリアなのだが、京都の観光地が地図上のどの辺りにあるかなんて知らない人の方が大多数だとは思う。つまり、うん……右側の方だ。

 私たちの経験的に言えば。春休みに行った桜と線路の名所である蹴上インクラインが近くにあるエリア。


 ここは、京都市動物園や多くの美術館が集まる文化と教育の地区と言って良い。明治の頃に万博とはまた違う別の博覧会が行われたことをきっかけとしてそういうエリアとして発展したらしい。……私の万博関連知識の尖り方は主に小中の総合の授業とお爺様関連のバイアスがかかっているから、この辺の知識はあんまり一般的じゃないかもしれない。


 でも、ひなのさんはひなのさんで。『美術館が集まるエリア』という部分に着目して――。


「……ってことは、ムゼウムスインゼルみたいな感じかな」


「え。

 むぜ……? なんて言ったのひなのさん……」


「『ムゼウムスインゼル』……直訳すると博物館島かな。ベルリンで美術館とか博物館が密集しているエリアのことだよ。

 一応、世界遺産にも登録されているんだけど――」


 と、こんな感じで彼女の知識も中々に偏っている。もっともひなのさんは中学時代、一時期美術部だったから多少は知識はあるだろうとは思う。が、全体的に彼女の独学っぽさのある知識は割とドイツ寄りだ。

 だけど、その博物館島なるもののことを知っている前提で詰められても流石に困る。


 ひなのさんは私に伝わっていないことを感じて苦笑しつつ、話題を変えるように続けて告げた。


「――そんな『芸術エリア』で、明菜は果たしてどこに連れて行ってくれるの?」



「……そろそろ着くけれども――『京都市京セラ美術館』だね」


 京都市京セラ美術館。

 日本史上で二番目に開館した歴史ある美術館で、現存する美術館の建物としては最古。まあ4年前くらいに大規模なリニューアル工事を行ったから建物自体はすごく綺麗になっているはずだけれども。

 『帝冠建築』と呼ばれる洋館に和風の屋根を乗っけた特徴的な建築様式。言ってしまえば屋根だけが日本の城っぽい感じのスタイルだ。これは前に少し話した名古屋市役所と同じ建築様式だ。ついでに言うと愛知県庁もこの様式なので、名古屋城の金のしゃちほこと合わせて、愛知の謎の城推しイメージを助長している感はある。


 ただしそんな『屋根だけお城な洋館』である京都市京セラ美術館に、ひなのさんは目もくれずに着目するものが、この美術館前の大通りにはあった。


「うわーっ! すっごい、大きな鳥居だね!

 これも美術館のやつ?」


「……いえ、それは平安神宮の大鳥居だよ」


 平安神宮鳥居の反対側の参道を進んでいけば拝殿があるが、ここは京都の名所としては珍しいタイプの場所だ。というのも明治時代に『なんか平安京っぽい建物を作りたい!』という着想で出来たいわばコンセプト神社である。


 今、私たちの眼前にある象徴的な非常に大きな鳥居は、昭和に出来たもので京都市役所の設計に携わった例の『関西建築界の父』が建築に関わっていたり。

 ……何ならこの鳥居よりも京都市役所の方が、1年だけ古い建物だったりする。


 ひなのさんはそこまで伝えると、バッと後ろを振り返り、その景色の先に平安神宮が見えていることに満足して。


「おー、ちゃんと神社が見える……」


「公園の敷地をぶち抜いて参道にするって発想は、中々大胆だよね」


「だねえ……」


 とはいえ、今日のお目当ては平安神宮ではなく京都市京セラ美術館。だから美術館の敷地内に私たちは舵を切り、歩み入るのであった。




 *


 京都と、私の地元である名古屋との違い。それは、美術館のシステム面にも存在する。

 一般的な美術館には、常日頃から展示されている『常設展』と、期間限定で開催される『特別展』の2種類が存在している。


 そして名古屋の美術館の場合、普通はチケットを購入すれば『常設展』も『特別展』も見られる。一部の有料エリアとか体験コーナーを除けば、その建物内で開催されているすべてのイベントを楽しめる『共通券』としてチケットを買う。

 一方で、京都……少なくともこの『京都市京セラ美術館』については、それぞれの『展覧会』ごとに個別のチケットが販売されていて、『特別展』のチケットを購入しても『常設展』のブースに入ることはできないのだ。なんなら、特別展一本でやっている美術館もあるくらいだ。


 全国的にどっちが一般的か私には分からない。


「特別展が1500円で、常設展は……あれ、どれかな?」


「一応、ここだと『コレクションルーム』ってやつが常設展に近いものだね。季節ごとに変わるっぽいけど」


「なるほど! そのコレクションルームは……300円か。料金が全然違うね、明菜」


 ちなみにこれは高校生料金だ。それとひなのさんが挙げた1500円の特別展以外にもいくつかの特別展が同時開催されているみたいで、それぞれ料金が異なっている。


「あ、ひなのさん。私たちは京都在住だから常設展はタダだよ」


「え……ホントに!?」


 そして大きな美術館って地元の学生に優しさがありがちだ。

 また今日、私がひなのさんを連れて行こうとしていた『理由』は常設展の方にこそ存在していたために、無料で私たちはチケットを貰って進んでいく。




 *


「まー、薄々そんな気はしてたけど。

 ……やっぱり、ピアノの絵なんだね明菜は」


「そりゃね」


 中村大三郎作の『ピアノ』。黒いグランドピアノを赤い着物を着た女性が弾いている風景を描いた――『屏風』だ。更に丸いピアノ椅子、奥にはフロアスタンド、ピアノの譜面台には楽譜が置かれている。


 この屏風絵を見て真っ先に感じる印象は……異質。というのも社会の教科書でもよく見るような黄色を基調とした『和』な感じの屏風絵の雰囲気に、『洋』の象徴のような黒いグランドピアノが鎮座する姿は非常に強調的だから。それ故に引き込まれる。


 そして、ひなのさんは私との付き合いの中で、出会った当初では無かった変化が見られた。というのも、彼女はこの絵を見て真っ先に注目したのが……鍵盤蓋であったからだ。


「……えー、えぬ、てぃー。それで、ぴー、いー……『ANT.PETROF』?

 ――あっ! ペトロフってこと!? 前に明菜が『京都』と『ピアノ』という組み合わせでなら選ぶって言ってたメーカーじゃん!」


「……嬉しいな。ひなのさんの中に、きちんと私の言葉が根付いているって言うのは」


「えへへ……」


 流石に公衆の面前でひなのさんの頭を撫でるわけにはいかないので、軽く右肩で彼女の左肩を小突く。

 最初の頃のひなのさんは、第3音楽室のピアノがヤマハ製であることすら気にも留めていなかった。それが今ではチェコのピアノブランドすらも諳んじられるようになっていた。それは明らかに私の影響であることがありありと分かるから、彼女が話を適当に聞いているわけじゃないというのは分かっていても、こうして何気なく証明されると、すごく嬉しい気持ちになる。


 春休み中のお花見デートで行った哲学の道。その傍にあった『ヴォーリズ建築』風のカフェ。そこに置かれていたアップライトピアノが『ペトロフ』であったことからちょっとだけ触れた『京都』と『ピアノ』の結節点。

 それが、この屏風なのだ。



 この絵の見るべきところは多い。


「まずね……このペトロフのピアノ。実在もするし、現存もしてるよ」


「えっ、そうなの!? じゃあ、こっちの女の人も?」


「それは確か絵師の奥さんがモデルだったと思うけど。

 ……まあ、ピアノの話をさせてよ」


「へっへっへ……ごめんごめん――」



 ……気を取り直して。

 この屏風絵に描かれているペトロフピアノが現在あるのは『京都芸術センター』と呼ばれる文化施設。ただ、そういう文化センター的な場所にピアノがあるのは別に普通のことだ。

 だから、ひなのさんもぽけーっと聞いている感じだ。


 けれども。

 ここに1つの話を付加すると、この『情報』は大きく変わる。



「――『京都芸術センター』は、廃校になった小学校の校舎を利用した建物……って、言えば。

 分かるよね……ひなのさん?」


「……そう繋がってくるのか。やっぱり明菜は本当に予想もつかない。

 それは『京都市学校歴史博物館』――私たちが最初に一緒に見に行ったピアノ、それが飾ってあった場所と同じ来歴を持ってるってことね――」


 加えて言えば。

 このピアノはぽっと湧いて出てきたわけではなく。本来は、その廃校となった学校が50周年を迎えた1918年のときに、地元の有力者が子どもたちに寄贈したピアノである。


 京都市学校歴史博物館にあったスタインウェイのグランドピアノもまた100年物だったように、こちらの絵に描かれているグランドピアノも今では同等以上の歴史を有する。

 そんな学校のピアノを、この屏風絵の作者はモデルに選んだのだ。



 そう。これは『学校のピアノ』だ。

 京都市学校歴史博物館は、私たちが最初にお出かけした場所である。

 そして、同時に『私たちの原点』となるピアノは当然……碧霞台女学園第3音楽室のヤマハ製グランドピアノ。これももちろん――『学校のピアノ』。


 その2つの性質を有するピアノなのだが……私がこの絵を通して、ひなのさんに伝えたいことはもう1つある。


「それと、楽譜にも注目して欲しいかな」


「これね! すっごい細かいよねえー。屏風絵だしどうせ紙じゃなくて絵絹でしょ、よくもここまで精密な作業を……って、まさか。

 明菜……この楽譜も、ピアノみたいに?」


「うん。ちゃんと目視できるくらいに細かいから、この楽譜が何の曲かっていうのも分かっているんだ」


 見開きでそれぞれ別の曲になっていて。

 左側が、シューマンの『小さなロマンス』。そしてもう片方が同じくシューマンの『トロイメライ』となっている。

 特にトロイメライの方は、シューマンの中でも最も有名なピアノ曲と言っても過言ではないし、一般にも知られている曲であろう。


「ははぁー……。絵に描かれた楽譜まで分かるなんてすごいことだねこりゃ」


「そして。

 トロイメライは『子供の情景』。小さなロマンスは『子供のためのアルバム』というどちらも子供に関わる曲集に掲載されている曲、なんだよね」


 まあ……『子供の情景』の方は、シューマンは子供心を描いた大人のための作品、とは言っているが、しかし『子供のためのアルバム』については明確に子ども――というかシューマン自身の娘の誕生日に贈る用途で元々は作られ、そして学習用ピアノ曲として整備されたものだ。


「……『学校のピアノ』で『子どもに贈られたピアノ』だから、楽譜も子ども相手のものを選んで描いたってことなの?」


「さてね。でも実際、トロイメライは私も小学生のときに弾けるようになった曲ではある」


「なんか不思議な感覚だね。古い絵に描いてある曲が弾けるって」



 トロイメライの全音ピアノピースでの難易度は中級上だが、しかし単に音程をずらさず出すだけならもっと簡単と言っても差し支えない。ゆっくりとしたペースだから弾きやすいし、そもそも曲もそんなに長くないのだから。

 しかし小学生でも音を出せるような曲だが、一般的知名度が高いくらいにはプロのピアニストもこの曲を演奏することが多い。


 その理由は。


「単に音が合っている、ってことよりも。

 表現力がかなり必要になる曲だから、トロイメライは。だから色んなピアノ奏者の演奏を聴いても結構違ったりするんだよね。

 ……ああ。ちょうど、ひなのさんに教えてもらったものだよね? 私の表現力って――」


「……明菜。

 本当にありがとう。それだけの『気持ち』を私に注いでくれて……」


「……当然でしょ?」



 トロイメライとは、ドイツ語で『夢』のこと。

 きっと、今の私のトロイメライ・・・・・・は。ひなのさんと出会う前とは全く違う旋律を奏でることだろう。そう、私は確信している。



 『京都』と『ピアノ』の関係性を語るのに必要不可欠なこの絵は。

 その『京都』と『ピアノ』で繋がった私たちを形容するものとしても、機能するのであった。




 *


 1時間半くらい見学した後。お昼ご飯を食べて。

 蹴上インクライン、そしてその先の琵琶湖まで続く琵琶湖疎水が下に流れる橋を渡り、もう1つの美術館にやってきた。


「美術館のはしご・・・って初めての経験だよっ! なんか文化人になった気分!」


「ひなのさんは、割と元から文化人の素養を感じるけど?」


「もー、そういうことじゃないんだってばー。

 ……で、次は何を見せてくれるの? さっきのピアノ・・・で私の想定を遥かに超えてきたから、すっごい楽しみっ!」


「なんか凄いハードルが上がってるけど、大丈夫かな。

 あ、行く場所は『細見美術館』ね」


 と、言っている間に到着する。

 こちらは、京都市京セラ美術館とは打って変わってややこじんまりとした感じもある現代建築の建物だ。


 入り口から中に入ると結構不思議な構造で、中央部分が吹き抜けになっていて地下の2階部分から3階まで貫通している。

 ひなのさんは興味深々といった様子で、吹き抜け部分の手すりから顔を出して下を覗き見る。


「……ありゃ? 明菜、下のカフェっぽいとこにピアノがあるけど、もしかしてあれがお目当て?」


「いや。今日はそれじゃなくて、ちゃんと展示物の方でひなのさんに見せたいものがあるんだよね」


 細見美術館は古墳出土品から神道・仏教芸術、茶の湯に江戸絵画など日本のほとんどの時代の芸術をカバーしている美術館だ。そしてここは特別展一本で、常設展が存在しないことでも知られている。


 私たちは高校生料金の700円を払って、その特別な展示へと足を踏み入れた。




 *


「あった。これこれ、ひなのさんに見せたかったのは――」


「……また、すごいものを持ってきたね。明菜。

 そう来るとは思わなかったよ」


 そこには2つの掛け軸が並べるようにして展示されていた。

 1つは江戸時代後期の絵師である酒井抱一ほういつ作の『桜に小禽しょうきん図』。桜の木の途中部分が描かれていて、薄桃色の桜が咲き乱れる中で1本伸びた枝に留まった青い鳥が醸し出すコントラストが印象的な絵だ。



 そして、もう1つの掛け軸。


 そのタイトルは――『初音ミク×桜に小禽』。

 酒井抱一の『桜に小禽図』と同じ構図だが少し奥に桜の木と鳥を描きつつ、その手前にブドウが描かれた振袖を着た『初音ミク』が佇んでいるという掛け軸であった。


 私が連れてきた特別展は、江戸の絵画と現代のポップカルチャーの融合をテーマにした異色の展覧会。ひなのさんはまったく想定外の領域を突かれたのか、しばし唖然としつつ、その掛け軸を眺めていた。



 しばしの沈黙ののちに、ひなのさんは絞り出すような声で話し出す。


「……元の絵の時点で青い鳥の色が引き立っているから。

 それを踏襲しての初音ミクの髪色なのかな、たぶん」


「そうかもね。でも、もちろん私が見て欲しいのはそれだけじゃない」


「そう来るとは思った。

 ……今度はどこを見れば良い?」


「元の掛け軸。左側に文字が書いてあるでしょう?」


「あー、そだね。『画賛』っしょ? 絵に漢詩を書く……ってか、有名な詩人に書いてもらったりするやつ。

 古い日本画だと、こういうの多い気がする」


 この辺りの知識がさらっと出るところは、中学美術部以前の指導者の存在が垣間見える。年賀状のときに筆ペンで水墨画を描いたりしてたことも踏まえると、やっぱり日本画の知識は割としっかりあるんだよね、この子。天才と持て囃されてイヤになる前の頃の残滓である。

 でも、その知識をひなのさんはあまり誇りたがらないと思うので、知っていることを褒めたりはせず、そのまま話を敢えて進める。


「……さて。『1枚絵に詩を添える』――そのテイストは、ひなのさんにとっても、よく馴染みのある手法じゃない? 特に『初音ミク』の近くには……」


「――あ。ひと昔前のボカロMVってそういうの多かったよねっ!?」


 江戸時代には、絵師が詩人に頼んで詩を添えてもらっていた。

 しかし、ひなのさんが『ボカロMV』と形容したインターネット音楽においては、絵に歌詞を添えているものも多い。


 絵師が、自身の絵に『歌』を詠んでもらったのが江戸時代。

 逆に『歌』に、絵をつけてもらっているのが現代、という対比。


 私たちの文化は逆転している。

 しかし全く違うはずの文化が、この2枚の掛け軸という『架け橋』を通して繋がっていた。



「画賛をボカロMVに喩えるとか……やばいこと言うよ、明菜は」


「あくまでも、私の個人的な解釈だけどね」


「……でも、明菜はまだ隠し玉を持ってるでしょ? この掛け軸に明菜が込めた『情報』を」


「うーん……この掛け軸ってより、先にペトロフのピアノを見せたってことかな――」



 屏風のグランドピアノは、いわば『過去の音楽』だ。100年も昔のグランドピアノが、現在においても脈々と受け継がれていることの証明である。

 一方で、初音ミクの掛け軸は、その対比とするならば『現在の音楽』の象徴ともいえよう。今現在はもっと他のソフトが主流になっていると思うし、あるいはそうした『ボカロ』と共にしていたDTM作曲家たちも、もっと別の領域で華々しい活躍をしている世界が『現代』だ。

 しかし、その象徴は間違いなく初音ミクであり。美術の方向から見た『過去と音楽』の繋がりを見せたのであれば、同時に美術の方から働きかける『新しい美術と音楽』の関わり方を見せたいと思ったから、この2つの美術館を訪問することを私は選んだ。



 さらに。


「じゃあ、ここでひなのさんにクイズ。

 屏風のピアノの絵と、この初音ミクの掛け軸。共通している要素が音楽以外にも1つあります。それはなんでしょう?」


「それは……うーん、なんだろ――」


 ひなのさんは突然の私の振りにも考えを巡らせてくれる。こういうノリの良いところは心地いい。

 そして、ひなのさんは十数秒ほど、可愛らしい銀髪を揺らしながら考えて『……あ』と声を漏らす。気付いたようだ。


「――『着物』でしょ? どっちの絵も着物を着てる」


「正解。

 だからこそ、この初音ミクが着ている『着物』にも、実は意味があるんだ」


 果物のブドウが描かれた着物を初音ミクは身に着けている。実はこの着物の柄にすらモデルの絵が存在するのだ。

 それは1759年に伊藤若冲が金閣寺の床の間に描いた『葡萄小禽図』という障壁画である。


 そして、元の掛け軸の神絵師と。着物のモデルとなった障壁画の神絵師。

 同時代こそ生きていたが、この2人はあまりにも離れていた。住んでいる場所も、身分も、家柄も、当時の画家としての知名度も。

 けれども、若冲から抱一が影響を受けていたことが分かる絵などは残されている……直接的な交友は無いのにも関わらず。


 この掛け軸は。そんな同時代の絵師2人を初音ミクという名の『現代の音楽』によって1枚の絵として結びつかせることに成功した絵だ。


「……去年と今年の七夕、あるいは初詣で、『着物』で手を繋いだ2人の人物と。

 ポップスという『現代の音楽』によって結びついた2人の人物が……どこかに居たような気がするよね?」


「……どう考えても、それって私たちのことじゃん」



 それから。

 美術館の中というこの場においては、ひなのさんは特に何も仕掛けてくることは無かった。が、帰りのバスで彼女が学校に到着するまで決して指を絡めて離さなかったこと、そして無言で私に肩を預けてきたことから、きっと何か感じるものがあったのだろうと私は確信している。



 繋いだ指先から少し辿ったお互いの手首には、同じデザインの『葵紐』のレースがずっとバスに揺られていたのであった。

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