第51話 学園近くのオムライスの名店

 環境変化に弱いひなのさん。

 夏季セミナーを終えて寮に帰宅して、落ち着いてから私は再び彼女のことを考える。


 2年連続セミナーのときに体調を崩したこともあり、流石に今年はサボりをからかい半分で言ってくる相手はほぼおらず、『マジで大丈夫なの?』という不安の声の方が大きいくらいである。

 最初に体調不良を訴えて先生に連絡を取ったのが私だった以上は、セミナー中は私に対してもひなのさんの体調を心配する声が届いていた。


 そんな感じで病弱キャラを確立しつつあるひなのさんなのだが、しかしこのセミナー以外ではあんまり体調を崩している姿を見たことが無い。

 現に寮に帰ってきて数日経った今はひなのさんは健康そのもので、どうにも移動がネックになっているわけではなさそうだ。……言われてみれば年末年始の青森への帰省のときに、私は毎日電話していたけどもひなのさんが体調を崩したって話は聞いていない。


 となると『いつもと違う場所』を割と苦手とするタイプなのかもしれない。……ちょっと、あり得そうだなあ。というのも昨年度の3年生のお別れパーティーに参加した際にひなのさん自身から『人混み』が苦手な理由について『知り合いに気を遣いすぎて疲れちゃう』からと話していたし。


 慣れない場所での泊まりだからこそ、人への気遣いをもっと繊細になりすぎて体調を崩す……そんな仮説は果たして荒唐無稽なものなのだろうか。

 今から、今年の秋にある修学旅行が不安になってきた。私がサポートするにしたって、私の気遣いをひなのさんは見抜くだろうし。でも、私の存在がひなのさんの動揺時には安眠に割と直結するので、同じ班分けで行動するのは必須だろうね、きっと。


 それに。10年は一緒に居るのだから、その間に絶対泊まりの旅行とかにも行くはず……というか、ひなのさん自身が『2人きりの泊まりの温泉旅行』をしたいって話は去年の水着温泉のときに聞いている。それを叶えるためにも、このひなのさんの環境変化への弱さはどうにかして克服できたら良いんだけどな、と思うものだ。



 ひなのさんには助けられてばっかりだし、恋愛的にはむしろリードされたいって思っている私だけれども、もう少し私も頼りになるようになった方が良いかもしれない。




 *


「――というわけで。ひなのさんが、もっと私を頼って寄り添って、安心するためには私は何をすれば良いかな?」


「いや……これ以上明菜が積極的になると私が持たないって言うか……。今でも充分頼りにしてるって言うか……。

 と、ともかく! 折角お昼食べに来たんだし、まずはメニュー決めよ?」


「……まあ、それはそうだね」


 事前に自分で立てた夏休みの宿題スケジュールの合間を縫って、ひなのさんをランチデートに誘って、考えていたことを『2人きり温泉旅行』以外は洗いざらい話してひなのさんの意見も聞いてみる。こういうことをあまり溜めずに相手に話してしまった方がうまくいきそうだし。


 とはいえ、ひなのさんの発言にも一理あったので、先に注文は決めた方がいいかもしれない。私が今日選んだのは、学園から徒歩圏内にあるオムライスの専門店。例のごとく割と有名店な上に、観光地からも比較的近いお店なので、平日でかつお昼よりちょっと早めに来たけれども、ものすごい勢いで席は埋まっていく。夏休み効果もあるだろうが、そもそも人気なんだろうな。


 なんか、おあつらえ向きに2人用のセットがあったので、それを使ってメニューを組み合わせることに。いつも通り女子高生にあるまじき予算のランチとなっているが……その話は高級焼肉屋さんでしたし、デートだし良いでしょ、もう、と半ば最近は諦めがついてきた。


「明菜はどれにする?」


「……うーん、湯葉にしてみようかなあ。写真では卵の上に更に湯葉が乗っていて、気になるし」


「おー、なんか明菜っぽい」


「湯葉って私っぽいのかなあ……。それで、ひなのさんは?」


「私はシーフード!」


「……ひなのさんっぽいね」


「えへへ……、というか、地元でも流石に海鮮のオムライスって食べたことないし。町興しにはなりそうなのにねえ」


 何だかんだで、ひなのさんは実家がイカ漁やっているのに海鮮系を好んで食べる気がする。新鮮さとか違いそうだけれども、単純に好きな食べ物ってことなのかな。いや好きな食べ物・海産物ってくくりが広すぎるが。


「ひなのさんの地元って、イカ以外には何が獲れるの?」


「漁で言ったらメバルとかタラ……って、オムライスに合わなそう。

 だから、地元に海鮮オムライスのお店は無かったのか!」


 ちなみに釣りだと、タイとかアジとかカレイなどもねらい目らしい。……うーん、オムライスとの相性はこっちも微妙そうだ。ひなのさんの地元飲食店の英断が輝いている。


「――ひなのさん。

 あと、サラダも選べるみたいだけど?」


「ふむむ……って1個しか選べないからこれはシェアするやつだね。

 私が選んじゃって良いの?」


「別に良いけど。

 ってかオムライスもどうせ食べさせ合いするから、全部シェアするじゃん」


「まーそうだけどさ。

 ……って。ステーキサラダ? サラダなのにステーキ乗ってるの?」


 なんでステーキがサラダ枠に居るんだろう。君、主食じゃん。

 とはいえ、面白そうだったのでサラダはこれに決定。


 あとは、セットドリンクをそれぞれ選んで、店員さんを呼んでオーダーはこれで完了。店員さんが去った後に、先ほどの話を続ける。



「……まあ。治せるなら治したいと思ってるよ。

 だって、遠出する度に倒れていたんじゃ、明菜に凄い迷惑かけるだろうし」


「ひなのさんの場合、体力が無いってわけでも無いし。バスに乗り慣れていないってわけでもないもんね。

 だから、泊まりの経験を積めば自然と治りそうな感じはあるけど……」


「でも、高校生で泊まりの旅行はやりたくても大変だしねえ」


 結局はそこに行きついてしまう。

 旅先で睡眠の質が落ちるとかだったら、それこそセミナーとの相性は最悪だ。1日9時間の勉強という頭脳労働の疲労を寝て回復できなかったとしたら、そりゃ体調も崩すわけで。

 ひなのさんは普段の勉強時間も増えてはきているものの、やっぱり平均よりかは少ない感じなので、時間を固定されるセミナーとのギャップも凄い。


 『気を遣いすぎる』という当初の仮説も重なったら、こりゃいくら健康体の人間でも無理だろう。キャパオーバーだ。


「そう言えば。ひなのさんって、入学したときも体調崩したりした?」


「えっ? ……えーっと。

 いや、多分しなかった……と、思う」


「なんか歯切れが悪いね」


「病院とかは行ってないし、1日中寝っぱなしとかじゃなかったのは覚えているけど、細かいことはもう忘れてるしねえ。

 ……入学前後の話よりも、私にとってはもう明菜との思い出の方がインパクトあるし……」


「あー、そういうことね……」


 なんか照れる。けど、引っ越したときに熱を出したりしていないのだったら、まだ希望はありそうだ。『気を遣いすぎる』ことと、『頭を使いすぎる』イベントが重なったからこそ夏季セミナーで体調を崩しているのなら、工夫次第では修学旅行のときは何とかなりそう。



 そんな、私の思考は第三者の言葉によって遮られた。


「――お待たせしました! 湯葉のオムライスとシーフードオムライスでございます。

 サラダは後からすぐにお持ちしますね」


「あっ! 私がシーフードで、そっちの子のが湯葉ですー、どうもー」


 考え事をまとめていたら、僅かに出遅れてひなのさんが全部応対してしまった。こういう普通の人なら割とどうでも良いところでの愛想の良さと心遣いは、本当にひなのさんの良いところだと思ってる。




 *


「んんーっ! うまー。

 明菜っ、明菜! 私のシーフードも食べてみてっ! はいっ、あーん……」


「どうも。

 ……んっ、ホワイトソースが良いアクセントになってるね」


「でしょでしょ!?」


「あ、私のやつもあげるね。

 ほら、ひなのさん? あーん、ってして?」


「あ、あーん……。

 わぁっ……明菜のオムライスの中のご飯、ひじきご飯なんだっ! ワサビも効いててめっちゃ和風って感じじゃん!」


 チキンライスではなくひじきご飯のオムライスは、果たしてオムライスと呼んでいいのだろうか。これは哲学のパラドックス問題として知られる『テセウスのオムライス』である……なんてね。


 あ、ちなみにステーキサラダにはステーキとサラダが乗っていた。いや、これサラダではなくステーキセットのプレートじゃん。なんだか主食が一品増えた気分である。



 で、食べ進めながらひなのさんが口を開く。


「……そーいえばさ、明菜?

 今日のデートは、さっきの聞くためのやつ?」


「うん、そうだね」


「じゃあさーじゃあさー。

 今のうちに夏の予定も決めちゃおうよ!」


「あ、それは名案。

 ひなのさんは私と2人きりでやりたいこととかある?」


 私がそう質問すると、スプーンを置いてから力説するように語った。


「海! 花火! あとは……せっかく京都に居るんだし大文字のやつとかも見たい!」


「内陸だから海は近くに無いし、花火は条例が厳しいし、それと大文字の送り火って確かちょうどお盆期間中だったよね、帰省と被るんじゃない?」


「――全否定された!」


 去年の夏に出来なかったということは、それ相応の理由があるのだ。高校生であるうちは、どうしても色々と制限されてしまう。

 海とか花火は寮の門限が無かったり、車を運転できるようになれば解決できる問題だ。というか高校を卒業して住む場所が変われば、容易に実現可能になるかもしれないし。


 でも、今の私たちは高校生なので、どうしても――。


「……イヤ。私は諦めないからねっ!

 まずは、両親に帰省する時期を1週間早めていいか聞くから、明菜も親に聞いてみて」


「……そういう決断力と行動力の高いひなのさん、割と好きだよ」


「夏季セミナーで制服を誰にもバレずにこっそり交換した明菜ほど、私は度胸は無いけどね」


 この後、メッセージアプリで事情を説明する文面を考えるにあたって『お正月のときに話した親友・・のひなのさんと一緒に京都の大文字を生で見たいから』という内容をひなのさんが考えてくれたので、ほぼそんな内容で帰省時期をずらす提案を親に送った。

 結論から言えば、夜に電話で話し合うことにはなったけれども、私もひなのさんも無事お盆前の帰省で許してもらえることになった。

 京都の大文字っていう知名度の高いネームバリューのある行事を見たいって気持ちは親世代にも理解できるものがあるし、最初から帰省時期を変更するという代替案を提示したのも良かった。

 何なら、寮からでも大文字が見えるというのもポイントだったのかもしれない。




 *


 しかし、両親からOKが貰えるのはランチ中の私たちにとっては未来のこと。

 だから他2つのひなのさんのやりたいことについても考える。


「海……海水浴だよね?

 ……まあ、ぶっちゃけ私もひなのさんと2人でなら行きたいのが本音ではある」


「……明菜のそれは、私の水着が見たいだけだよね?」


「あら? 去年のひなのさんも全く同じ理由で、例の水着温泉行かなかったっけ?」


「……ぐぬぬ、それ言われると反論できない」


 とはいえ、海水浴場はどこも遠いからなあ、と半ば諦めムードになりつつある中、私は湯葉オムライスのひじきご飯を口に入れながら考えていたら、ふと思い出した。


 ……ごはん。そう言えば、和風なご飯で言うならひなのさんと一緒に混ぜご飯を食べたこともあったっけ。

 あれも確か、夏の出来事で……あ、そうだ京都水族館に行く前だ。おしゃれなオープンダイニングの漬物プレートを食べに行ったときだ。


 あの時、確か頭によぎったことがあったはず。

 それは――。


「……琵琶湖の、湖水浴――」


「……へ?」


「そうだ。琵琶湖なら京都からでも行けるんじゃない!?」


 お隣の滋賀県にある琵琶湖なら海よりも圧倒的に近いはず。そうしてひなのさんに調べてもらったら候補地が2つ出てきた。


「『近江舞子水泳場』と『真野浜水泳場』……。

 この2つのどっちかが良いかも」


 更に続けるひなのさんの話では、かなり対照的な水泳場らしく。

 単純な距離で近いのは『真野浜』、一方で駅から近くて利用しやすさで言えば『近江舞子』。

 水泳場の混雑で言うなら『真野浜』の方が空いている。しかし、『近江舞子』の方が圧倒的に広くて色々遊べるものもあるし賑やかだし、休憩スペースとなる木陰も豊富。


 だが、『真野浜』は遠浅なので『近江舞子』よりも遠方まで浅瀬が続くし、それは水が極端に冷たくならないことと安全性に直結する。


 総合すると『近江舞子』の方が若者向けであり、『真野浜』は小さな子供向けと言えるような特性を有しているわけだが、となれば私たちが選ぶ水泳場は必然的に決定したようなものであった。


「『真野浜』だねっ!」

「『真野浜』になる……よねえ。やっぱり」



「……ちなみに、明菜は私がこっちの水泳場を選んだ理由とか……分かってたり、する?」


「……まあ。

 どーせ、新しい水着を着て欲しいんでしょ。そんなのもう分かるって」


「バレるよねー、やっぱ。

 あ、でも。真面目な話をするなら、去年の明菜の水着のロング丈のワイドパンツだと多分泳ぐのはダメだと思うし。

 ……ま、上に合わせて中に履いていたビキニで行くなら去年通りでもいいけどねー」


「……ひなのさんは、私が肌を露出するよりもロングパンツ姿の方が好きなくせに。

 私を恥ずかしがらせるためだけに、自分の好みからずれたこと言うんだ」


「ど、ど、どうしてそれを、明菜が知ってるの!?」



 ……そんなことだろうと思った。

 ロングパンツ云々は、そりゃあの文化祭のときのディーラー衣装を絶賛してきたことからも露骨だったでしょうよ。

 恋人になってからでも半年以上、最初に出会ってからなら1年半も過ぎているのだから、いい加減彼女の好みくらいは把握している。


 で、そういう服装になることは分かり切っていたから、空いている方が良いという選択でもあった。


「……あ。なら、せっかくだし私からもひなのさんの水着に注文しておこうか。

 ひなのさんは、今年泳ぐときにはラッシュガード禁止ね」


「なっ!?」


「その上で、セパレートタイプにすること」


「えっ、ビキニじゃなきゃダメ……?」


「あ、別にそれは自由で良いよ。

 ただ……それを守ってくれるなら――私は、今年も肩が出る水着にしてあげる」


「……明菜ってホント……小悪魔だよね。断れないじゃん、そんなの」


「いまさらじゃない? ……お互いに」



 そこで途切れた私たちの会話。

 無言の私たちのテーブルには、ひなのさんが飲んでいたパイナップルジュースの、氷の『からん』と鳴った音が響いていた――。

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