第52話 真野浜水泳場(1)

 そもそも水着って毎年買い替えるものなのだろうか。これは意見が別れる気がするが、消耗とか体型変化とか関係なく、私たちはお互いの好みに合わせる形で再度購入する運びとなった。


 しかも、当日着るまで相手には見せないということになったので、買い物へは別々で行くことに。私は知り合いで水着が欲しそうな子居るかなーと探していたら、去年は同じクラスで今年は別クラスになった吹奏楽部のピアノ奏者の子が、今年はどうやら夏に国際コンクールに出場しないと決めたようで『今年は少しだけでも遊びたい!』と私の誘いに乗ってくれた。あと、その友人が、なんか吹部の後輩の1年生を2人くらい連れてきたので合計4人での買い物にはなった。

 私1人だけアウェー空間で当日まで内心これ大丈夫かと思ったが、実際行ってみたら普通に音楽関係の話で盛り上がった。むしろ後輩2人のうち、1人だけピアノ奏者じゃなかったこともあって、仲間外れにしないように気を付けたくらいだ。

 ちなみに、その残りの子はアルトサックス奏者らしく、高校の吹部でもあぶらとり紙トークで盛り上がれた。



 ……そんな感じで『湖水浴』当日。

 電車移動だから荷物をあまり多く持つわけにもいかないので、リュックサック1個にまとめて、朝食を済ませた後に寮のエントランスへと向かう。

 ひなのさんはもう寮の入り口前で待っていた。


「ひなのさん、おはよー」


「おっ、明菜、おはおはー。

 じゃ早速行こうか」


 朝は割と淡泊な挨拶だけで、早速移動。もちろん、まず目指すのは学校前のバス停だ。

 そこから以前、日帰り温泉に行く際に利用した最寄り駅までバスで行って、そこから京都駅を経由して、東海道本線から直通の湖西線の電車に乗って堅田かたたという場所まで向かう。

 更に堅田の駅前からもう一度バスに乗って、水泳場最寄りのバス停で降りるわけだが、そのバス停から水泳場までは更に歩いて10分という結構ハードな道のりだ。


 これでも一応海水浴場も含めて最寄りのプールじゃない泳ぐ場所なのだが、現地に10時くらいに到着する想定で予定を立てた結果、現在時刻は8時と普段のデートでも中々早めの集合時間となった。


 学園前のバス停では然程さほど待つことなくバスに乗れて席にも座れた。もっとも、最寄り駅までなので10分くらいしかバスに揺られることはないが、ひなのさんが私に話しかけてくる。


「……で、明菜に言われた通りテントを持ってきたけどさ。これホントに使うの?」


「あ、ひなのさん、テントは私が持つよ。

 多分、必要になるんじゃないかなって思うよ。ほら、海岸? いや、湖岸沿いには木陰が少ないって話だったから、無いと炎天下で休憩できないなんてことにもなりかねないし……」


「ほほー、そういうものなんだ」


 そういうところは漁村と港町の中間くらいの場所に住んでいたひなのさんの方が詳しいんじゃないか、と一瞬思ったが、少し話を深堀りしたところで、そもそも『海水浴場』という場所そのものの存在がひなのさんの実家周辺だと希薄だということに気付かされた。

 だから、海で水遊びをするなら海水浴場に行くのではなく、適当に近場の砂浜やら岩場などから飛び込めば良いみたいな考え方だし、着替えとか休憩のことは一旦家に帰れば良いという発想の暮らしをしていたらしく、何と言うか『田舎だなあ』という感想が先行するものであった。そういうこともあって、ひなのさんが海で遊んでいたのって小学校高学年くらいまでらしいけど。


 海の近くに住んでいるのに、海水浴場をあんまり知らないというのは却って不思議な感覚である。



 駅に到着したのが8時半くらい。そこから京都駅に向かう列車は流石に混雑していたが、それでも満員電車と言う程ではなかった。あ、でも名古屋の満員基準で考えちゃだめか。本当に混雑していると3本くらい列車を見送らないと乗れすらしないのは当たり前だし、あの地元は。

 しかし、京都駅から乗る湖西線直通列車は意外と空いていて、座席に座ることもできた。時刻はちょうど9時ごろとはいえ、座れるとは思っていなかった。


「おー、ラッキーだねっ明菜!

 何分くらい座れる?」


「20分ちょっとかな。

 ずっと立ちっぱなしにはならないとは思ってたけど、まさか最初から座れるとは」


 ひなのさんはやっぱり角の1つ隣の席に座り、私を他のお客さんからガードするような動きをさり気なく取ってくれる。私はテントも含めた荷物を網棚の上に置くと、ひなのさんは自身のリュックはやっぱり膝の上に置いている。やっぱり、その持ち方なんだ。


「……そういや、明菜ってこれまでに琵琶湖に行ったことってあるの?」


「うーん……。多分、小さいころに家族で来たはずだけど……あんまり覚えていないんだよね。

 見るだけなら、帰省のときに電車の車窓から眺めるくらいはあるけどさ」


 全く行ったことが無いわけではないとは思うが、しかし琵琶湖単体に用事があることって多分無いから記憶に残っていない。


「あ、電車から見えるんだっ。じゃあ、今日も見えるのかな?」


「路線が違うから、私は知らないよ。

 ってか、ひなのさんのが詳しいくらいじゃない? 電車に乗りまくっているでしょ?」


 私も湖西線に乗るのは初めてなので完全に未知である。だからひなのさんの方が知識があると思って話を振ってみたが……


「いやー、私もこっちの方にはあまり来ないんだよね」


 ……とのことで。まあ、大阪があるから、遠出するならそっちに行くよなあ。



 そんな感じでゆるーく駄弁っていたら、目的地の堅田にたどり着いた。……あ、ちなみに車窓からは琵琶湖はビル街の奥にちらっと見える区間があったがそれだけで、ひなのさんは若干がっかりしていた。

 そんなひなのさんの様子を見ながら私は、これからその湖本体に泳ぎに行くんだから良いじゃんと思っていた。




 *


 堅田の駅前は、ロータリーがあってショッピングモールみたいなのがある、地方都市感のある風景だった。時間があればスーパーとかに立ち寄りたかったが、次のバスの出発時刻が10分しかないので、コンビニで飲み物やちょっとしたお菓子を急いで買う。


「あ、ひなのさん。できればアイスとかも選んでくれると嬉しいんだけど……」


「りょーかい。でもどうして?」


「クーラーバッグと保冷剤は持ってきたんだけど、保冷力の強化をしておきたい」


「おー明菜、準備が良いねえ」


 保冷剤をいくつかと凍らした飲み物は入れていたんだけど、ちょっと『湖の砂浜』というのがどのくらいの気温になるのか見当もつかないので、念には念を入れてアイスも補充する。

 一緒に買った飲み物もまとめて私のクーラーボックスに投入した。……よし、まだこれならリュックに仕舞い直せるな。


 そしてジュースを持ったからか、テントは再びひなのさんが持つことに。2kgくらいだからそこそこ重量はあると言えばあるけれども、とはいえ電子キーボードで持ち運び用扱いな61鍵でも5kgくらいはあることを鑑みると軽く思えてきてしまう。いや、楽器が重いだけかこれは。


「バスを1本でも遅らせられればゆっくり買い物できたのにねえ」


「……次のバスは1時間後だから、乗り遅れたら徒歩かタクシー使うことになったと思うよ」


 朝も8時出発だったから、これ以上早くするのも躊躇った。結構タイトな移動スケジュール組みだったかもなあ、と若干反省。

 それから定刻通りにバスはやってきて。バスに揺られた時間はわずか5分くらいだったが、それでもそこから水泳場まで10分あるから、バスに乗った意味はあったと思う。



 そして、バス停から私たちはテントの荷物を交互に持ちながら、横目に青々と木々が茂っている小川を見据えながら、ひなのさんは時折スマートフォンの地図アプリをチェックしつつ……到着した。


「お、これじゃない? なんか横断幕もあるし」


「住宅街のど真ん中って感じだねこれ……」


 若者向けではない方の水泳場を選択したこともあったので、覚悟していたところもあったが、まさか平成を飛び越えて昭和レトロ感のある雰囲気を醸し出している場所とは思わなかった。逆に今のご時世ならバズるんじゃ……とも思う。


 趣深さを感じる原因はきっとあれだね。BGMに流れている曲が80年代とかの夏ソングだからだろう、多分。一旦、その入り口でひなのさんの自撮り棒を使いつつツーショットをぱしゃり。そしてそのまま中に入っていく。



「うひゃー……。砂浜なのに風が全然内陸って感じで潮感ゼロで脳がバグるなー」


「まあ、湖だし」


「でも景色は海っぽいんだよねー、謎すぎる」


 情緒がバグったひなのさんと共に、湖の砂浜という新感覚の場に足を踏み入れる。午前10時なのでお客さんは居るが、湖岸を埋め尽くすほどってわけじゃない。この真夏の夏休みという時期で考えれば、穴場であることには違いなかった。


 そしてその多くは家族連れで小学生くらいの子どもを連れている子ばかり。女子高生2人という私たちは割とイロモノかもしれない。


「ま、ともかくテントを作っちゃおうよ」


 私の言葉を皮切りに、邪魔にならないような場所にテントを設営することにした。砂浜にはプラペグが思ったよりも簡単に入ったので、ちょっと不安になったから重しになるものを置いておいた。それ以外のテントの組み立てには、以前の『部屋キャンプ』での経験が役立って大幅に時間を短縮することができた。

 ……部屋キャンプ、まさか役に立つとは思わなかった。




 *


「ふーん、海の家で更衣室の貸出とか貴重品ロッカーとかあるんだー。

 なんでも有料なんだね、海水浴場って」


「あ、ひなのさんが良いならテントの中で水着に着替えても良いけど?」


「いや、それは明菜もイヤでしょ」


「まーねー」


 私のからかいはあっさりと返された。というか湖にあるのも『海の家』で良いのかな。でも『湖の家』と言ってもなんのことか分からないから海の家のままにしよう。


 そして家族連れが多いためか、あるいはそういう人たちは車とかで着替えたりしているのだろうか、偶然にも私たちが借りた更衣室には誰も居なかった。


「おー、貸切状態じゃん! ……本当にテントで着替えている人ばっかりなの、もしかして」


「まあ、今日が平日だからだとは思うけども、パッと見た限りでは私たち以外に女子高生らしい女子高生って居なそうだったし……」


 そんなことを言いながら私たちは水着に着替えて……うん。2人きりだからこそ、却って私たちの緊張感は否応なしに高まってしまう。

 だって……さ。恋人の着替え、なんだもん。気になるか、気にならないかで言ったら……そりゃ、気になるよ。


 寮のお風呂とかは、同じ寮の他の子も居るから気にしようがないというか。

 同じ気持ちだったのか、ひなのさんは顔を赤くしつつも、


「……別々の場所で着替える?」


 と助け舟を出してくれたので、私もそれに乗って、同じ更衣室だけれども、遠く離れた場所でお互いのことを見ずに着替えることにしたのであった。



 ……2人しかいないから。

 今、聴こえている音って、ひなのさんの衣擦れの音……なんだよね……。




 *


「……ひ、ひなのさん……。どうかな……私の水着?」


「いや、明菜……セリフの破壊力ヤバすぎでしょ。

 ……しかも。わざわざピンク選んだの……。普段は絶対自分で選ばないくせに」


「――『七夕』のときの浴衣で、ひなのさんに煽られたから……その、お返し」


「浴衣の仕返しを水着でするのは、攻撃力の差が凄いんだけどな……」


 私が選んだのは、アシンメトリーデザインの薄桃色のハイウエストなフレアワンピース。結構ふんわりとした感じで、スカートはAラインで太もも辺りまではカバーしている……が。以前の水着のように長丈ではないので、水着としては長めだが、多分私がひなのさんに見せた中では一番脚が出ていると思う。


 そして肩は紐だけで、その肩ひもはアジャスターで調節可能な上に、通常とクロスの紐で二重になっている構造だ。

 髪はさっとローポニーでまとめておいた。


「ひなのさん。水着の感想……まーだ?」


 私はその低い位置のポニーテールを揺らす……というか、意図的にひなのさんが目で追うようにと、首を傾げながら聞いたら、彼女はただでさえ赤みがかり続けていた頬が更に熟れながらも、途切れ途切れでこう言い放つ。


「……明菜、可愛い系もめっちゃ似合ってる。

 なにより……私のために、わざわざそのデザインにした……とか、凄い……きゅんって来た」


「……流石に照れるね、これ」


「それと、肩のケアもホント頑張ってるよね明菜。これが私に見せるため……にやってると思うと……ヤバいね」


「……ヤバいでしょ?」


 その事実は自分でもヤバいと思ってるね。たった1人の特別な人のために自分を綺麗にする感覚は今でも尚、むずがゆいところがある。私、ひなのさんのこと愛しすぎでしょうよ。


「……まあ、一旦ここまでにして。

 ひなのさんはやっぱり、スポーティにまとめてきたね。去年のラッシュガードとはまた違ったアクティブさを感じて良いと思うよ?」


「……そ、そう? まあ、やっぱりこういう動きやすいっぽいイメージのやつのが、自分でまとめやすいからねー」


「自分の魅せ方を良く分かってる感じ」


「明菜、言い方よ」


 目立つところは、サイドで裾結びされた白いVネックのオーバーサイズシャツ。このぶかぶか感というかゆったり感は、ひなのさんに似合っている。

 そしてオーバーサイズのシャツと色を合わせるように、白いキャスケット帽子を被っていて、銀髪であることも重なって非常に薄い色味で揃っている。


 が、タイトではなく見た目ではゆとりがありそうに見える黒いホットパンツによって、全体としての活発さが演出されている。



 だけど、ひなのさんは1つルール違反をしている可能性があったので、私はそこを突く。


「……でも。

 予定を話したときに、私はひなのさんに対してセパレートタイプの水着を要望したんだけど、シャツは反則じゃないかな?」


「え、あ、いやー流石にこのシャツを着たまま水に入らないって。

 中にトップスちゃんと着てるから、泳ぐときはこのシャツ脱ぐから。

 ……ほら、トップス見えるっしょ?」


 ひなのさんはそう言いながら、大きめのサイズのシャツを下からまくるようにしてたくし上げながら、自身がトップスを着ていることをアピールした。

 確かにセパレートタイプで、トップスとホットパンツはどちらも黒で、水着でありながらもフィットネスとかジムにも使えそうな雰囲気で、ひなのさんのスポーツ面を更に押し出した服装ではあったのだが――。


「……いや。ひなのさん。

 それは……ダメでしょ。無防備装って、私のことを煽るにしたっていくらなんでも限度があるって」


「……えへへ」


 ただセパレートの水着を見せるよりも、シャツをまくって見せた方が破壊力があることを分かっていながら、ひなのさんは意図して見せつけてきた。

 しかもそれを指摘したら、照れるように笑うという反応まで含めて……うん。



 ひなのさんはずるい。

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