第41話 Joker

 新学期が始まって、私たちは2年生へと進級した。


 始業式で、校長先生か教頭先生かどっちか忘れたが『2年生は先輩になるのだから、上級生としての自覚がうんぬんかんぬん』と言っていたけれども、正直に言えば自分の学年が1個上がった実感なんて早々ないわけで。


 寮で妙に挨拶されると思ったら、新1年生の子だったーとか。

 下駄箱の位置が変わった、とか。

 教室が2階になって面倒くさくなった、とか。


 自覚できるものなんて精々そのくらいだ。もちろん、私とひなのさんの関係が昨年の12月24日を境にして大きく変わったように、1日で劇的な変化を迎えることはあるけれども、少なくとも始業式という日はそれに該当することはないだろう。


 ――それでも。変わったことがあるとするならば。


「あ、おはよー。……2年1組・・・・の澄浦明菜さん?」


「……含みがあるね。1組の東園ひなのさん?」


 ひなのさんと同じクラスになれたということ。正直、全く予想しなかったわけではない。2年生以降は、進路志望によって勉強の進みが変わってくるのだから、就職や短大勢と大学進学勢を分離してくるとは思っていた。その上、私もひなのさんもどちらも国公立志望で、進路希望調査を出して特に修正とかを言われなかったのだから、同じクラスになる可能性はそこそこあったとみている。

 あ、ちなみに旧1年2組からは、私の友人からだと時計の子とか委員長など何人かが新1組になっている。逆に結構付き合いがあったのに別のクラスになった相手で言うと、例のシンガポールの吹奏楽祭に出たピアノ奏者の人。


 それで始業式の翌日のロングホームルームの時間に、委員会決めを行って元委員長は今年も委員長になった。立候補が無かった辺りで、委員長は『あっ、自分がなるんだな』って感じの表情をしていたみたいなので、割とすんなり決まった。

 ここまではほぼ既定路線だったが、副委員長にひなのさんが元1組の生徒から他薦されて、それを彼女が受け入れたのは中々に想定外だった。面倒だと内心思っていれば誰も傷付けず断れるのがひなのさんなので、嫌々押し付けられたわけじゃないのは分かるけれども……。


 ちなみに私はICT委員会に所属した。学校用のタブレット端末の新機能とか使い方をクラスに周知するくらいしかやることがない楽な仕事だ。しかももう2年生なのだから、1年間は使っているから今更操作がまるで分からない生徒なんて居ないはず。



 で、まあ同じクラスの帰宅部友だちとなったひなのさんと一緒に帰っても違和感はなくなった。と言っても寮まで数分しかかからないが。

 それでも、一緒に帰ろうかなとか考えてちらりとひなのさんの席を見れば、既に委員長が先客で話しかけているのが見えたので『あー、委員長副委員長コンビ結成でなんかするのかな』と思い、急ぎの用事とかはひなのさんにも委員長にも無いので、さらっと挨拶だけして、今日は久しぶりに私物タブレットでお絵かきでもしようかなとそのまま去ったのであった。


 私にとって人間よりも猫のが嫉妬対象なので。




 *


「……いやー。元2組の委員長さん? 明菜経由でしか知らなかったから、今日初めて喋ったけどさ。

 ――あの子、ヤバいね」


「ひなのさんが誰かのことを悪く言うなんて相当だね」


 夕食後、メッセージアプリとかでも連絡なしで突然ひなのさんが私の部屋を訪れた。内心『ひなのさんが来るならもうちょっとちゃんとした格好しておくんだった』と思いつつ、普段通りの部屋着のまま彼女を招く。

 そして私のベッドに座ったひなのさんの第一声が先ほどの言葉だった。


 グレープフルーツジュースを2つのコップに入れ、取り敢えず座卓に置いてから、私はひなのさんの隣に座ると彼女は話を続けた。


「確かに、普段はそういう陰口みたいなのは言わないようにしているけどさ。

 でも明菜はもう私の中では完全に身内換算だってのと。……後は、あの委員長さんは万が一バレたとしてもそんなに気にしないタイプだよ」


 ひなのさんは陰口を言わない――これは、聖人だからとかではなく本質的に彼女の他者への信用度が高くない……いや、正確を期すならば『信用がほぼフラット』だからこそのものだろう。

 だから、それを私に口にするくらいの運命共同体だと見られていることは素直に嬉しい。でもやっぱり、それ以上に後者の気にしないってところが大きいと思う。


「――後は、こういう告げ方をすることで私の危機感も煽ってるよね? 普通、ひなのさんはこういうことしないし」


「まーね」


 そしてそれだけ委員長のことを警戒して欲しいってことではあるのだが……一体、ひなのさんにここまで言わせるって委員長何をしたんだ?



 ……と、その疑問が心の中で生じたとき。

 それを待っていたかのように、ひなのさんはゆっくりと告げた。


「明菜。

 あの委員長さんは、私たちが付き合っていることを分かってたよ」



「……えっ。どうして――」


「『ほとんど同時期に綺麗になり出したから』……だって。ほら、恋人が出来たら女子は可愛くなるってよく言うじゃん? あれの延長線だね、これも」


「それだけなら、ひなのさんなら上手く返せそうだけど」


「――11月に一度と、クリスマス後に更に、で。

 しかも2人は連動するように同時に変わってた、って言われちゃったからねえ。

 いやー、人のことなのによく見てるよホント」



 ……温泉プールのタイミングと、付き合い始め。そこを完全に言い当てられてしまっては誤魔化すのは無理か。

 『綺麗になった』のが原因ということは。普段の学校用のナチュラルメイクの変化か、スキンケアとかだけで気付いたってことか。委員長がディーラー仕込みだったのはどうやら弁舌能力だけではなく観察眼もだったらしい。


 春休み中に、哲学の道で聞いたように、ひなのさんは言動については自身の恋愛感情すらも手玉にとって掌握していたが。まさかビジュアル方面から見抜くことができるとは私たちはお互いに想定すらしていなかった。

 しかも、こればっかりは原因だと分かっても易々と手を抜ける分野じゃない。……やっぱり、ひなのさんには可愛い私を見て欲しいもん。


「これからどうする……ってか。

 委員長に対して、どうした・・の?」


 一瞬対応策を練るためにひなのさんはやってきたのか、と思ったが。しかし考えてみれば委員長とひなのさんの話し合いはもう終わった後である。だからもうこれらの話は過去のことだ。


 私たちの関係は『10年間』バレないことが前提だった。しかし、飾城先生以外の相手――それが例え親交のある委員長だとしても――にバレるのはかなりの痛手である。


 しかしひなのさんは朗らかに語る。


「まあ、大したことにはならないと思うよ、うん」


「そんなに楽観的な状況なのこれ。いや、委員長が周りに公言するとも思えないけどさ――」


「ああ、ごめんごめん明菜。

 ……ちゃんと『釘』は刺してきたから」


「……んんっ?」


 ひなのさんがポジティブすぎて不安だったが、しかし中々に穏やかじゃない言葉が飛び出てきて、私はそのギャップに一瞬思考停止してしまう。

 ひなのさんは私の脳の再起動を待ってから語る。



「私はちゃんと話したのは初めてだけど、委員長さんは明菜の友達でしょ? だから、こう言ってきた意図を探ると分かるはず。

 あれだけコミュ力ある人が、まさか何の意図も計算も無しに、本人に『あなたたちは恋人ですね?』って問いかけするわけないからねえ。


 ……つまり、先手を打っただけ。私たちが委員長さんの弱みを見つけても、それをバラされないようにってことだと思うよ、きっと」


「こわー……」


 コミュ強同士の心理戦怖すぎる。委員長がひなのさんだけを対象にしたのも分かる話だ。私じゃ相手にならないというか、委員長はひなのさんを特に脅威と見ている。

 ……確かに言われてみれば、委員長は『11月とクリスマス』で気付いている。だから、ただ私たちが本当に付き合っているかの確認ならば1年の3学期のときに私にすれば良いだけだ。特に私は期末試験のときなんかは委員長に勉強を教えて貰っていた訳だしタイミングには困らないはずなのに。

 けれども、委員長はそれを選択しなかった。……野次馬根性の恋バナとしてではなく、交渉カードとして使う気満々だったということなのね。


 と、同時に私は気付く。

 ひなのさんは『釘』の内容についてまだ言ってないことに。


「……それで、ひなのさんは委員長にどんな『釘』を――」


「――多分、あの委員長さんは。私たちよりもバレたらもっとマズい恋愛をしてるよ。

 片思いで誰かに恋心を抱いているだけとかってレベルじゃない。

 例えば――」


 ひなのさんがいくつか例を挙げる。

 私たち同様、この学園の生徒と付き合っている可能性。それなら、私やひなのさんとは違う『本物のお嬢様』が相手かもしれないこと。

 あるいは、学外の恋人の可能性。別に性別は問わないが、大学生・社会人、はたまた年齢が大きく下ってパターンでも、中々バレたら危険なとこだろう。

 あるいはそういう『相手』ではなく、関係が既にプラトニックじゃないってパターンもひなのさんは想定していた。


「……それを仄めかしたら、動揺してた。カジノ関係の人って明菜から聞いていた割にはポーカーフェイスは苦手っぽいね、委員長さん。

 いつかバレるとは思っていても、即座に見抜かれるとは思っていなかったっぽい。口車ならまだまだ私の方が分があるみたいだから明菜も安心して」


「……安心できる要素がどこにもないんだけど」


「ま、明菜も大丈夫でしょ。口の上手さは私が保証するし?

 ヘンに警戒せず、これまで通り接してあげた方が、委員長さんも助かると同時に私たちのことを怖がると思うから」


「……まー、ひなのさんのお墨付きならそうするけどさ。

 本当に大丈夫だよね? 私に黙ってひなのさんが何か抱えてるとかって無いよね?」


 コミュ強相手にポーカーフェイスが苦手という超絶辛口評価をするひなのさんのことだから、能力的には心配していないけれども。

 ひなのさんが無理していても、即座に見抜けないかもしれないからちょっとだけ不安になる。


 ひなのさんは私の言葉に少し考えてから、決心したようにこう言い放った。


「よし! そういうことなら、1週間で解決しちゃおう!」


「へ……?」




 *


「あの、澄浦さん。本当にありがとう! 東園さんにも感謝の言葉を伝えたら、貴方もお手伝いしてくれたって聞いたから――」


「え、委員長……。あ、うん……」


 数日後。全く身に覚えのない感謝を告げてきた委員長から全ての顛末を伺うことになったが。

 委員長はどうやら小学5年生の男の子と付き合っていたようで。もうそれだけで業が深いが、ひなのさんは自身のお友達ネットワークを盛大にぶん回して、その小さな彼氏さんと同じ小学校に通っている妹が居る子を見つけ、その小学校の年間の行事予定のコピーやら、時間割やら――しかしパーソナルでプライベートな情報はしっかりと取り除いて、入手して委員長に横流ししたらしい。それがあれば委員長も小さい彼氏さんにお姉ちゃん面がやりやすくなるし、下校時刻合わせとかも楽になるからね。……いや、ヤバすぎ。


 その結果、委員長カップルの恋愛はより進展したために、ひなのさんは恋のキューピッドとなり頭は上がらない存在となった。

 しかも私が去年のクリスマスに提示した『全てを味方につけて私たちは恋愛をする』というオーダーすらも完遂。超絶技巧すぎる。


「ひなのさん……やりすぎ」


「ふっふっ……もう私は、恋愛相談だけで稼いでいけそうだね?」


「本当に出来そうだから何も言えない……。

 それがひなのさんが本気でやりたいことなら、もう私は止めないよ」


「いやー……流石に、もうちょっと安定した職に就きたい」


 ついでに言えば。

 ひなのさんと委員長も仲良くなり二大コミュ強が協調路線となったので、2年1組は最高に円滑なスタートを切る、という副次的効果すら付いてきたのであった。


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