第38話 高級和風料亭風の焼肉ランチ
誕生日が終わって間もなく春休みに入った。京都での桜の開花予測が出るくらいには春が目前に迫ってきており、そして到来する春への期待と比例するかのように、春休みの宿題が私たちには課された。
……。
まあ、不幸中の幸いは冬休みと同じくらいの量でしかなく、夏のときのようにガチガチの日程を組む必要はなさそうというところだけれども、しかし勉強面へのフォローが妙に手厚いお嬢様学園である。
創作作品のように実は私は貴族令嬢だったりして、先生に圧をかけて宿題をなくしてもらう……みたいなことが出来ればと妄想はするが、妄想で課題が減る訳でも無い。
しかも、何なら今の時期の2年生は『春季セミナー』なるものがあるらしく、夏よりかは期間は短いものの、しかし1日の勉強密度は例の夏季セミナーと同等レベルという悪しき行事が執り行われているらしい。邪教か何かとして取り締まってくれないかな。
とはいえ来年の今頃は、もう受験生になる目前だからかえって受け入れられるものになるのだろうか。
「……明菜、明菜ー? 明菜の分のお肉そろそろ焼けるんじゃない?」
――と、まあ半ば現実逃避をしていた私の意識を正面に座っていたひなのさんが引き戻してくれた。
私は2人で使うには少々広々とし過ぎている木目調の机の中央にあるロースターの網から焼きあがったお肉を取って食べる。
そんな私とほぼ同時にお肉を食べたひなのさんから一言。
「――んーっ! 今まで食べてきた中で一番美味しい焼肉かも! やっぱり、お肉の質が全然違うねえ……」
「……まあ。後はタレもかなりさっぱりとした酸味のある出汁に近いものなので、かなり普通の焼肉と雰囲気は変わるけども」
……春休みの平日真っ昼間から焼肉ランチへと赴いている女子高生2人という時点で、もうかなりおかしなことをしているが。
「うんうん! タレもお肉に合ってるねえ……。
お肉を食べるだけで幸せになれる感がすごいっ!」
「……いい加減に突っ込んで良いよね、ひなのさん。
いくら何でもグレード高すぎじゃない?」
私たちが通された部屋は2名用の個室……なのは、まあ良いとしよう。
でも焼肉屋さんなのに畳が敷いてある上に多分8畳くらいのスペースがあるし、個室の中に小さな絵も飾ってあるし、何より窓の外には中庭の和風庭園の姿が見えている……確か、ここ3階だったはずなのに。
まるで高級料亭のような雰囲気の焼肉屋さん。……もちろん、言うまでもないだろうがひなのさんセレクトのお店である。
「だって、明菜が落ち着いてゆっくり話しながらご飯が食べたいって言うから――」
「落ち着きすぎでしょ……。
私としては春休み中のデート予定を決めるくらいのお店で良かったのに、接待とかで使うような場所じゃん、ここ」
多分、ランチだから許されているが、もしディナータイムに高校生2人で来たら下手すると来店を拒否されても全然おかしくなさそうなお店なのだ。
「……とは、言ってもさ。京都水族館のときに行った漬物プレートのお店とか、後は温泉旅館内のレストランとか、ほぼ同じ価格帯のランチはもう行っているよ、私たち?」
私の注文したランチが1500円で、ひなのさんが2000円。正直、高校生のランチとしては出しすぎな値段ではあるが、でも、お店の雰囲気からしたらこれでもまだ『リーズナブル』な価格帯と言って良いラグジュアリー感はひしひしと感じる。むしろ私なんてよく1000円台で済んでいると思うくらいだ。
ひなのさんのランチセットと半々くらいでお肉交換をしているけれども、私の方が味が劣る、なんてこともなく、ただ部位が違う故の違った美味しさがある。高級焼肉を食べていることを考えれば、非常にお得と言って良い。
「それは事実だけども、ひなのさん。
私、恋人の金銭感覚がちょっと心配になってきているよ」
「おやおやー? 料理は値段じゃなくて自分の味覚に合った、というのが明菜の持論じゃなかったー?」
揶揄するかのように紡がれた言葉は、しかし夏休みにご飯を食べに行ったときの何気ない会話すらもちゃんと覚えているという証明だった。
本物の『お嬢様』の1人である、私のお爺様の『盟友』元議員さんの孫。あの方の話をちょっと出したときに、受け売りとしてひなのさんに話した記憶はある。
されど、あれはあの方の考えであって、私も同意したいとは思っているものの100%の徹底は出来ていない……つまり、ちょっと考え方が違う、ということだ。
「……そりゃ、友だち相手なら気安くその価値観を言うけどさ。
今のひなのさんは、最低10年は私と一緒……でしょ? いつからかは分からないけれどもその10年の間で同棲するのは多分確実だから、お金のことは気にするって――」
「……う、うん。明菜が将来一緒に住むことまで考えて……って言うと、ちょっと私も言い返せないなぁ……」
ひなのさんは明らかに照れていたが、しかし結構重要なことだろう。
高校生としては浪費しすぎかもしれないが……けれども、今は良い。だって、私とひなのさんは、実はそんなに高頻度でこうして出歩いていないからだ。
同じ寮に住んでいるけれども、毎日絶対会うってわけでもない。お互いの交友関係で一番接点がある相手なのは確実だが、しかし他の友達と比較してそれが抜きん出ているわけでもない。
でも、将来的に私たちが同棲するとしたら、流石に今のままじゃまずい可能性がある。
今と同じように、特別なデートのときだけ特別な食事をするなら良いのだけれども、日常的な食事までこのクラスのお店に定期的に行くようになったら、食費に使いすぎなのは火を見るよりも明らかだ。
お互い社会人になれば、そういう贅沢も出来る――私としては将来の貯蓄をしたいところだけれども、それは一旦置いといて――だろうが、まあ……何て言うか、うん。
普通に大学に行くことを考えたら社会人になるまであと6年――私、多分耐えられないや。近場に住むくらいなら大学生の間にひなのさんとの同棲は持ちかける。そんなに待てない、出来ればひなのさんと一緒に暮らしたいもん。
「……どうせ。ひなのさんのことだから、私相手なら許される、という考えの下でお店を選んでいるでしょ?」
「……答えにくいところ、突っ込んでくるなあ、明菜は。……ま、そだよ。確かに、明菜なら『多少ふざけて』お店を選んでも良いって気持ちはある。
勿論、明菜とじゃないと、こんなお金のかかることをしようとは思わないし、大好きな恋人だからちょっかいをかけたいってことなんだけどね」
「……まあ、そんなところだよね。
だから、私の心配は基本杞憂にしかならない」
結局は、ひなのさんが今日わざわざ高級な焼肉屋さんを選んだのも、好きな相手にちょっかいをかけたい、という小学生男子レベルの情緒から生まれている悪戯心だ。
普通の女子高生が『お出かけ』や『デート』で選択しないようなお店を選ぶ、という遊び心。そして何だかんだ私はその上限のリミットが緩い。
そういう部分を理解した上でのものなので、別段とやかく言わなくても、きっとひなのさんは問題無いのだろうが――。
「……そーでもないかも。
そうやって、明菜に心配されると『私って愛されてるな』って思って、超……嬉しいよ?」
でも、ひなのさんは。そういう杞憂を喜ぶ相手なことは、私も言われなくても理解していて。
だから、照れ隠しも含めて私は焼肉の網以外の熱さを頬に感じながらこう告げる。
「……高校卒業したら。
すぐに、同棲……しよっか、ひなのさん」
「――うん」
「まあ、全然エリアの違う大学とか行ったら流石に無理だけどね。
――あと、ひなのさんは私と同棲したいがために大学のレベルを落としたりしちゃダメだよ」
「……私への信頼感低いねっ!?」
「だって私よりひなのさんの方が、寂しがり屋なのは確かじゃん?」
「ぐぬぬ」
でも、同棲したらしたで、お互い恋人モードではないときのパーソナルスペースは結構広いから個室2つは持つんだろうなあ。寝る場所は別々で用意してその日の気分でどっちかの部屋で一緒に寝たりする感じだと思う。
*
焼肉って、網があったらその網を埋め尽くさんばかりにお肉を敷き詰めて焼くのが好きな人と、1枚ないしは数枚ずつじっくりと焼くのが好きな人の2種類の人種に別れると思う。
この価値観は結構断絶していて、前者の人々は後者の焼き方を『貧乏くさく卑しい』と感じたり、逆に後者の人々は前者を『下品』と捉えていたりすることもある。まあ、そこまで露骨に反感を抱いていなくても、ここの考え方が違う人同士で焼肉に行くと、概ねどちらかは譲歩せざるを得ない状況に追い込まれ、楽しみきれない人が出る。
ちなみに、私は3枚くらいを時間差で焼きたい派だ。ゆっくりは食べたいが、しかし1枚1枚焼きあがるのを待つほど悠長にはしたくないって感じ。ひなのさんが焼肉に『哲学』を持っているかは全く分からなかったが、しかし私のやり方に近い感じであった。
もっとも、彼女は人に合わせることを意識的でありながら悪目立ちせずに出来る人だから、実は大量に焼きたい派閥な可能性も考えられる。
でも、今日のところはそんな感じで少しずつ焼いていたこともあり、時間はゆっくりと過ぎていた。
「あ、そだ。そろそろ春休みデートの予定も決めなきゃね」
「思えば、そのためにここに来ていたんだったね。
ひなのさんは行きたい場所とかある?」
まずは、聞いてみる。
「場所ってワケじゃないんだけどー。
久々に……明菜にデートプランを考えて欲しいかも」
あー……、そう言えば最近はひなのさんが考えることが多かったっけ。今日のこの焼肉屋さんしかり。後は私の誕生日もあったか。
最後に私が主導したのって……ああ、六孫王神社のときか。確かに結構日が空いているかも。
「りょーかい。
私としては、そろそろ桜の時期だしお花見っぽい感じのものが良いかなって思ってる。ほら、ちょうど春休みだし平日に行けば多少空いているでしょ」
「いいねー!」
「ひなのさんは何か要望無いの?」
そう言うと、彼女は焼肉のトングをカチカチと鳴らしながら思考の海に潜る。
その間、私はひなのさんのお肉も含めてひっくり返していると、結構な長考をしていたひなのさんが閃いたように語った。
「なんというか、さ。2人でブルーシート開いてお花見って、ちょっと殺風景じゃない?」
「まあ。もっと大人数想定だもんね、お花見って」
多分実際やってしまえば私たちは楽しいだろうが、しかし客観的な絵面を想像すると苦笑いしか出てこない。お花見会場みたいに整備されていて他のグループが揃っているところだと、特にかも。
「――だからさっ! そういう食べるタイプのお花見じゃなくて!
お散歩みたいなの、しようよ。ほら、着物を着たときにちょっと歩いたけどさ、歩いて回るのがメインって意外と今まで無かったよね、私たち」
「……確かに」
言われてみれば盲点だったかもしれない。そしてただ歩くだけなら、多少メジャーなところに行ったとしても、平日ならそう極端に混雑はしないだろう。
……そして、まあ。あれだけ色々言ったけれども、私もひなのさんの為ならちょっと背伸びをした場所とかお金がかかる場所を選ぶことがあるかもしれないな、と今日の自分を否定するかのような考えもちょっぴりだけ芽生えたりして。
「じゃ、任せたよ! 明菜っ」
「おっけー」
……なお。この日はその後、そのまま寮にバスで帰ったのだけれども、寮のエントランスで出会った友達から『澄浦さん達、焼肉くさっ!』と言われたのがショックだった。
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