第2章
第31話 8ヶ月越しの誕生日プレゼント
クリスマス・イヴに恋人になったのは良いけれども、25日の夜は寮のクリスマスパーティで、26日はクラスの友だちとのパーティが入っている。そして27日はひなのさんの帰省日であった。
「恋人に折角なったのに、すぐに帰省だったら、昨日よりも早い段階で告白を要求した方が良かったんじゃない、ひなのさん」
「良いの、良いのっ!
……あんだけスゴい告白されたから、充分だよ……うん」
ということで25日の昼間はお互い実は空いていたので、集まってみた。
今日行う、恋人としての初めての共同作業は、一晩寝て起きたら、思いついたものがあった。
「というわけで。お互いに年賀状を書こうか」
「ははぁー……朝のメッセにもきていたけど、なるほど?」
ぶっちゃけ年賀状って、なんだか大人の文化って印象がある。というのも、普通そんなに送ることが無いというか、メッセージアプリで事足りるというか。
家の場所は分かっていても具体的な住所名なんて知らないし……ってケースが多い。
だから、なんか大人が送り合っているもの、って認識なのだけれども。
「裏を返せば、どうも私たちの親世代は、年賀状を送るのを友人の証と捉えている節があるみたい。
その認識で送り合いをすれば、律儀とか誠実って印象でぼんやり思われるのなら、高々手紙1枚の効果としてはかなり高いでしょ」
「出たね、明菜の戦略行動」
で、調べたらどうにも25日に出せば元旦に届くようなので。今日しかないということで、書くことにしたのであった。
なお、年賀はがきは談話室にあった。余った人が置いて行って、数枚足りない人が急遽使う用途らしい。寮という小さいコミュニティだからこそ出来る譲り合いの精神だよなあ。私たちは1人1枚だけそれを貰って、その代わりと言ってはなんだが、昨日未開封だったお菓子の一部を談話室に置いておいた。
「……ってか、明菜って絵を描けるの?」
下書きもせずに既にはがきに筆ペンで描き始めているひなのさんから聞かれる。そう言えば、彼女中学時代は一時期美術部だったね。筆の才能は皆無だったみたいだが、筆ペンは使えるらしいと前に聞いていた。
「あ、言ってなかったね、そう言えば。
中学のとき、修学旅行のしおりとか任されていたよ」
「え、普通にすごいじゃん」
そう言って私は、学校用ではない私物のタブレット端末を取り出す。イラスト制作専用用途の機材ではないものの、普通にネットとかも使えるタブレットでありながら、専用タッチペンを使えば筆圧検知も出来る優れもの。
「……元美術部の私よりも本格的な機材が出てきた……」
「書き直しが許されない筆ペンやらボールペンやらのアナログで描けるひなのさんの方が私は怖いけどね」
*
「じゃあ、明菜の完成品から見せて!」
「……ハガキに印刷するにはプリンターに繋がないといけないので、厳密には完成ではないけど……はい」
そう言って、私はタブレットをひなのさんに手渡す。
「はわぁっ……! めっちゃ、可愛いじゃん!! よっ、神絵師っ!」
今年の干支をポップな感じでデフォルメ3頭身にして、それがピアノを弾いている感じの絵。で、周囲には私のスマートフォンのアルバムにあった私とひなのさんが2人で写っている写真を何枚かぺたぺた貼って、タッチペンでの直筆? メッセージを残しておいた。
「ひなのさん、それは持ち上げすぎ。
じゃ、次はひなのさんのを見せ――」
――私は。彼女がハガキ裏面に描いた絵を見て言葉を切って絶句した。
「……どう? 分かる?」
彼女が描いたのは、私たちの学園の遠景と、その空に鎮座する仙人のような姿をした神々しい女性が白絹の羽衣を身に纏っている……というものだった。筆ペンなのに水墨画を思わせるようなタッチ感――その辺の技術力も凄いけれども。
何よりも、ヤバいのは題材である。
私たちの学園の名は『碧霞台女学園』。その『碧霞』とは
そして学園の近くにある山は『衣笠山』と言い、この山には平安時代の帝が夏に雪景色を見たいと言った際に、この山に従者が白絹を着せたという伝承が残っている。
この絵は――その2つの逸話掛け合わせだ。
加えて、恐らく絵自体は、ひなのさんが『天才』と持て囃されるのがイヤになる前に覚えたのだろう……これにはピアノのときのような独学ではない明確な第三者による指導の形跡がみられた。中学で美術部に所属する前から、絵に関しては学んでいたのだろうね。
「……これを見せつけられてしまったら、そりゃ『天才』って言うよ。
そして、その道を志して欲しい、って思っちゃうもん」
ここまでの才覚を魅せつけられてしまうと、ちょっと同情もしたくなる。主にひなのさんの周囲の人間に対して。彼女に期待をかけたくなる気持ちは痛い程に分かる。
小さい頃にちょっと齧ってたくらいで、こういうものを出せるのだから。本腰を入れてその道を進みさえすれば、本当に何にでもなれたのだろう。
ピアノの一件で理解していたつもりであったが、しかしそれすらも氷山の一角に過ぎなかったのだ。
「……流石に、題材は思い付きじゃなくて、前に調べてたのを使っただけだけどね」
「いや、そういうレベルの話じゃないよこれ」
「……そうやって『才能』を褒められるのって、これまで嬉しくなかったから、あんまり見せようとしなかったんだよね。でも、明菜は才能だけじゃなくて『私』のことをちゃんと見ていてくれたから別。
……これが、明菜の家族を説得する助けになるのなら私はいくらだって――あたっ」
実際。ひなのさんの年賀状は徹底的に利用するし、私の家族なら私が先ほど気付いたことくらいは察せるとも思うし、違ったら言えば良いだけ。
だから彼女の私への配慮と、助力は本当に有難いし、嬉しくもある。
だけど、私は。
ひなのさんの鼻を優しくちょいと指で小突いて、彼女の言葉を止めた。
「――多分、きっと。ひなのさんのしたいことって、もう私の助けになることと同じになっているんだと思うし、そういうひなのさんの優しさは大好きだし感謝はしている……。
それでも、さ。元々ひなのさんが嫌だったことまで、こうやって無理してやる必要はないからね?」
「でも……明菜が、あれだけ真剣に私たちの関係のことを考えてくれていたなら私もそれに応えなくちゃ、って――いひゃい」
指でつついていたひなのさんの鼻を今度は軽くつまむ。
「……私はまずは10年かけてひなのさんのことを徹底的に愛するって決めたから、そんなに急がなくても良いって。
一気に何もかもを変えようとして、生き急がないために10年勝負にしたところもあるんだからさ。基本は今まで通り行こうよ、『友だち』だけだった頃と同じようにねえ」
「うん……。でも明菜が年賀状で張り切って楽しそうだったから、私も――」
そのひなのさんの言葉を聞いて急速に頭が冷える。
なんだ、生き急いでいるのは私の方じゃないか。それを自覚できないくらいには、私は舞い上がっていたのだ。
「……そうだね。そこは私の方が悪いね。
一気に関係を変えようと先に動いたのは私だった。ごめんなさい。
やっぱり、焦っちゃうね――」
「……しょうがないのかも。私も明菜もお互い恋人初心者だしっ!」
ひなのさんが気負いなく、やりたいことを出来る日が来たら……良いな。
でも、それはそれとして。
「――じゃあ、これからまず10年間は。ひなのさんのことを、じっくり愛していくから。よろしくね?」
「……ひ、ひゃい。お、お手柔らかに、ね?」
*
27日に、青森へと帰省するひなのさんを伊丹空港まで見送り、その次の日には私も名古屋へ帰省した。
お父さんとお母さんにひなのさんのことは一部隠しつつ話したが、しかしそのハードルは低かった。というのも、夏休みのときに既に軽くだけれども話していた上に、和の建築施工業者の自社ブース的な和風アトリエに行ったときに、お爺様から紹介状を頂いていたため、そこと交えて話すことができたからだ。
そのお爺様本人への説明は、年が明けて2日に、お爺様の『盟友』たる元議員一家の邸宅に身内扱いでお邪魔した際になったけれども。
というか、その私の『報告』に最も喜んでいたのはお爺様と、この家の御当主本人で、かなり根掘り葉掘り聞かれた。……同性で、確実に信頼できる一番の『友だち』。そこだけ説明されたら、そりゃ確かにこのお二方の関係性と似ているね。
また、この両名には例の水墨画風年賀状も受けに受けた。……幼少期の私にピアノを教えたがったのはお父さんだけど、美術とか建築の教養を叩き込むように言っていたのはこの2人らしいから、爆受けするのも納得ではあるのだけれども……複雑だ。
だって、ひなのさんは私の教養からそういうバックグラウンドを見抜いて、あの絵を意識的に描いていたのだから。
その後、お酒が入ってテンションが上がったのか、『青森には確か派閥で付き合いがあった奴が居る』とか『確か今でも市議会で働いているあいつの奥さんは東北出身だった』とかそういう話で盛り上がってしまい。
その場でお酌をするマシーンと化してしまった私を救い出して、盛り上がっていた酔っ払い2人を一喝したのが、我等が件の大学生『お嬢様』であったことは付け加えたい。
*
「というわけで。ひなのさんはめっちゃ気に入られました」
「うちは明菜のことをお父さんが一番気に入ったよ。どうにも私が付きっきりで勉強を教えている相手、ってところが琴線に触れたみたい――」
順を追って説明しよう。
まず、ひなのさんは新年明けて5日に京都に戻ってきた。
それまでの帰省中の間、毎日ひなのさんと通話はしていた……が。一応、大義名分としては宿題の分からないところを通話で聞く、という体裁を取ったために、恋人関係であることを一切疑われずに長時間の通話を行うことができた。
まあ、ガチで通話中に宿題やっていたし。
ひなのさんって、私に告白されるかもって思ってから寝不足になっていたみたいだし、緊張とか不安みたいなのが混ぜこぜになるとどうも睡眠に影響も出るっぽい。せっかく恋人になったのにすぐにこんな疑似遠距離恋愛じゃ、何だか実家での就寝に影響が出そうな気がしたので、電話は毎日したかったためにそうした。
流石に、大晦日や元旦は時間を減らしたけどね。本当は通話無しにした方が自然だったが、ひなのさん直々に『……ちょっとだけでも良いから、毎日話がしたい』との申し出だったので。それは断れない。
ちなみに、ひなのさんのお父さんに気に入られた理由は『教える相手が居るのは大事』とのことだ。多分、イカ漁の漁師さんだから、教師と生徒よりかは徒弟制度的な方のマインドだと思います。
加えて言えば、ひなのさんって誰かのヘルプに入ったり助力するのを全く苦に思うタイプではないけれども、同時に人間関係のバランスも考えて動くという、真の意味での潤滑剤お化けなので、1対多のコミュニケーションとかのが多かったらしい。
勿論、ひなのさんの友達にも大人数が苦手なタイプとかは居たらしく、そういう子には2人で遊びに行ったりもしているようだが、しかし相手の方が萎縮して逆に申し訳なくなってしまうみたい。しかもそうして離れていく相手を、ひなのさんは深追いしない。
そういう意味では、最初からひなのさんとは2人きりでしか遊んでこなかったし、全く申し訳なさは感じていなかった私は相当図太い。多分、そういうところが海の男? であるひなのさんのお父さんに気に入られた部分なのかな、知らんけど。
そして今日はひなのさんの部屋でお話しているので、真隣にぴたっとくっ付いているわけだが、やっぱり通話じゃこの温かさは感じないからひなのさんが隣に居るんだ……って実感がある。
……私だって、寂しかったのは間違いないのだから。
「……そいえば、さ。私から言ったんだっけ。
クリスマスのとき、今度はひなのさんと一緒に着物とか着たいってやつ――」
「あ、中庭で言ってたやつだね。
……それを1月に言及するってこーとーはー? 明菜、明菜。もしかしてデートのお誘いかなっ?」
「まあデートはデートだけど……ちょっと、1つだけひなのさんに罪滅ぼししたいことがあって……。
ひなのさんって誕生日、もう過ぎているでしょ?」
「あ、うん。そりゃ5月だし――」
今まで全く言及したことは無かった気がするが、ひなのさんはゴールデンウィーク中に誕生日が終わっていた。あの頃は面識こそあったが、偶然のエンカウントでしか会話をしないような仲だったので、誕生日なんて知りようが無かったわけだけど。しかし自分の彼女の誕生日を去年すっぽかしているというのは、中々に心残りであった。
……更に言うと、私が遅生まれな3月生まれというせいで、私自身は祝ってもらえるという事実が更に罪悪感を助長させている。
というわけで。
「――初詣。って、お互い地元で既に行っているから2回目詣で? になるのかな。
どこに行くかはこれから決めようと思うんだけれども……。
そのときの着物のレンタル……私からの8ヶ月越しの誕生日プレゼントとして贈る感じで……良い?」
「えっ。それ、結構お金かかるでしょ? 良いよ良いよ、そんな過ぎたこと――って。
あー……そうじゃないか。……確かに恋人の誕生日を祝えないのは辛いもんね、明菜」
「まあ、ね」
「明菜っ、ありがとっ! じゃあ、一緒に可愛い着物選び合いっこしよーねっ!」
そこには最高の笑顔の私の恋人が居た。
「……あ、ちなみにいつでも予約は取れそうだけど、いつ行く?」
「混んでいるのイヤー」
「……じゃあ、1月の下旬くらいにしておこうか。
3が日は越えて減ってても、まだまだいつもより混雑してそう感はあるし」
「さんせーい」
……まあ、時期がかなり後ろに倒されるのはご愛敬としよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます