第32話 冬桜
「明菜と着物デート! ふん、ふふーん」
「ひなのさん、一応ここバス車内なんで……」
楽しみを隠せていなさそうなひなのさんに、私はやんわりと注意する。女の子同士2人のお出かけのことを『デート』と称するのは、そこまで珍しいことでもないので、今のひなのさんの発言が即座に周囲に対して恋人バレに繋がるものではない。
ただ、ひなのさんは思いっきり私に身体をくっつけてきていて、肩と肩が触れ合うのを気にしない……というか、むしろそれを心地よく思っている節があるので、この近めの距離感も踏まえると、本当にただの友人関係だと周囲に思われているのかはちょっと自信がなくなる。まあそうは言っても、私もバスの揺れのせいにしてひなのさんにわざと密着しているところがあるのでお互い様なのだけど。
とはいえ。そんな感じで結構ひっついてはいるのだけれども、意外と私たちって手を繋いだりはしない。
「――流石に1月になって冷えてきたねー。……手袋、持って来ればよかったかなあ……」
「……青森の実家から帰ってきたときは、暖かいとか寝言を言っていたじゃん」
「言葉のトゲがえぐいっ!」
年が明けてからようやくコートっぽいものを着出したひなのさんだけれども、傍から見るとまだ肌寒そう。手袋に関して後悔しているのか本当かどうかは分からないものの、しかしひなのさんは自身の唇の前で手を合わせて息を吹きかけている仕草をする。
で、そんなモーションを天然でやるはずもないことは、付き合う前から十二分に理解している。つまり、私から手を繋ぐように言ってくることを誘っている。『寒いなら、手を繋ごう』みたいな、言い訳を私側に用意させている周到さ。
そこまで分かっているからこそ。
――私は、我慢ができなくなったひなのさんが私の手を握ってきて欲しいんだよね。
だから、私が取り得る行動はこうなる。
「ポケットに入れてたカイロ貸すから、それで我慢しな」
私はそう言って、自身の洋服のポケットに入れていた使い捨てカイロを乱雑にひなのさんの手元へと放る。
「私への扱いが雑っ!?
……あ。でもあったかーい、明菜の温もり癒されるー……」
……。
ひなのさんはそう言いながら私の使い捨てカイロに頬ずりしていた。
ごめん。それは……普通に恥ずかしい。
*
バスの目的地は、なんというか段々と定番と化してきた四条河原である。着物レンタルをやっているお店は割と京都中にあるのだけれども、学割とか諸々の条件を勘案したらこの場所になった。ちょっと参拝予定の神社からは遠いのだけれどもね。
でも、恋人と一緒に着物でバス移動というのもテンション上がるのでアリ。
この辺りの南北のメインストリートである河原町通から、敢えて一本ずれた
水路のような小川が道に並行するように流れ、その周囲には木々――恐らくは桜だろう――が植えられている。春であれば、きっと見栄えのする光景だろうが、しかして1月の今、そこにあるのはやや殺風景とも言える枯れ木の姿だけだ。
あるいは。夜になれば、この辺りはお酒を提供する『大人の街』へと変貌するために私たち未成年にとっては縁のない場所になるが、しかし昼ならば。そうした賑わいの雰囲気は霧散していて。
つまるところ。
「……静かだね、ひなのさん」
「こうやってただ歩いているだけでも……ちょっと大人になった気分だねっ!」
人通りが全く無いわけでもないし、あるいは飲食店かなにかの搬入のためにトラックから忙しなく荷物を下ろしている人が居たりとかはするけれども。しかし、夜にこの通りを通ったら補導されかねないことを鑑みれば、そこに流れる時間はゆっくりで。まだ営業していない居酒屋などの看板を見て、そういうお酒の席がどういう場所なのか思いを巡らせる余裕はあった。
そうして到着したのは雑居ビルのような建物であったが、正面はガラス張りになっていて入口から、中に着物が飾られているのが一目で分かる場所であった。
「明菜、明菜。ここかなっ!?」
「ええ、そうですよ。じゃあ早速行きましょうか……」
入れば、中から店員さんの声がする。
「いらっしゃいませー!」
「あの、2名で学割プランで予約していた『東園』なのですが……」
「――なんで明菜が私の苗字で予約してんのっ!?」
「ふふっ。『東園』様で、いらっしゃいますね? 本日はようこそおいで下さいました」
「はい。『東園』です」
「東園は私なんだけどなー……」
内心してやったりな私と、どこか納得のいっていない様子のひなのさん。そんな私たちを微笑ましそうに見ながらも、店員さんは学生証の提示をお願いしてきたので見せる。
「……これだけあれば、選び甲斐がありそうですねっ!」
「はい。きっとお客様が気に入られるものがあると思いますよ」
私たちはその店員さんの言葉にちょっとバツの悪そうな顔を互いに浮かべてから、私が説明する。
「あー……。私たち、相手が着るものを選ぼうって感じで……」
「あら、そうでしたか。随分と仲がよろしくていらっしゃるのですね」
「はいっ! それはもうっ!!」
ひなのさんが元気よく返事をしたことで、却って恥ずかしくなった私は早々と彼女に着せたい着物の選定に入るのであった。
*
「それでは18時までにお戻りになってくださいね! ありがとうございましたー」
着付けとヘアセット合わせて大体30分と少し。
私たちは荷物や着替えをお店に預けて外に出た。
「……流石に、人目のあるところだと無難にしか褒められなかったけど……」
「……それは、しょうがないよ。明菜」
「ちょっと、待ってひなのさん……。
可愛くなりすぎでしょ、貴方」
私が彼女に選んだのは淡いピンク色の桜柄の着物。帯も目立たないように淡い系統の紫で色味を合わせて、帯飾りもかなり可愛めなレースリボンタイプを選んだ。
ただ着物だけだと寒いので、今はそれにもこもこのファーを重ねて、足元は茶色のロングブーツで防寒をしている。
「……明菜って、もしかしてこういう可愛い系を着せるの好き?
前に水着を選んでもらったときにも、こういう系統の色を選んだよね」
「ひなのさんが自分で選ぶと結構スポーティ寄りになるからね。それも勿論アリなんだけど……。
でも、どうせ私が選ぶのなら、あんまりひなのさんが自分では持ってこない、こういうちょっと過剰なくらい『女の子』しているのが魅力的だなって思っちゃう」
更に、そんなかなりファンシーでキュートな感じに仕上がっているひなのさんの何よりもグッとくるのは、いつもはすらっとストレートに伸び切っている銀色の髪が、今日はふんわりとしたパーマがかかっていて、雲のように軽くて触ったら気持ちよさそうなふわふわ感を演出しているところだ。
首回りのファーと合わせて、もこもこのふわふわなのである。
で、まあここまでは完璧だ。完璧すぎる程に完璧。
しかし、私が全く想定していなかったことが起きた。
「……ま、そんな『女の子していて魅力的な』私と、ほぼ同じ格好をしている感想はあるかな、明菜?」
「本当にしてやられた……」
着物も帯も帯飾りもファーもお揃い。違うのは合わせようがない髪型――主張弱めのウェーブがかったたまねぎヘア――と、後は敢えて異なる色を指定してきた黒色のロングブーツくらいである。
私がひなのさんに合うもの! で意気揚々と選んでいる間に、この子はこっそり店員さんに『あの子が選んだものと同じのを着せてあげてください』と言っていたそうだ。
「正直に言えばさ。明菜が私に今着ているような主張弱めのピンク色辺りを選んでくるかも、って気はしていたんだよね。次点で赤、とかも考慮には入れてたけど。
……でもさ、考えてみて明菜? 確かに私が選ぶ服のセンスにその色はあんまり無いけども、明菜が自分に合わせる色としてはもっと見ないよ?」
「……確かに、自分じゃこの色の着物は絶対選ばないけども」
「明菜が私の可愛い姿を見たいのと同じくらい、私も明菜の可愛い姿を見たいんだからねっ!
しかも、着物でお揃いって中々無いと思うし!」
「それ言われたら、もう何も言えないじゃん」
1つ、気付いたことがある。
自分が綺麗であろう、ひなのさんから綺麗だと思われたいという気持ちを欠かしたことはなく、それはひなのさん側も同じであろう。
けれども、ひなのさんの方が『自分の可愛さ』を演出するのが上手だ。彼女が時折……しかし頻繁に見せる『あざとさ』は、間違いなく自己演出能力に起因している。
しかし、それが同時にひなのさん本人が、自信を持って自分のことを『可愛い』と思っているかとは別問題だ。というか、彼女は他者分析においては卓越した手腕を有するが、自己分析や自己評価においては必ずしもそれと同様の能力を有しているとは言い難い。全くもって的外れ、というところまではいかないが、でも些か自己を過小評価しているときは散見される。
けれどもひなのさんは自分に自信がなくても。それでも私に『東園ひなの』という人物が可愛いことを証明し続けてきた。ヘタレていても、この点については覚悟と意志でどうにかしてきていた。
「……ひなのさん、一緒に写真撮ろっか」
「ナイスアイデアだよ、明菜! 私のスマホで撮って後で送るねっ!
……って、ただの道じゃ微妙かな」
「いえ。小川に石橋が架かっている風景で充分に『アリ』なんじゃない?
まあちゃんとした場所で撮るのは、追々ね」
「そうだねー」
そして、スマートフォンを構えたひなのさんに私はぐっと近付く。
「ちょ、ちょっ! 近くない!?」
「どうせなら着物もしっかり画角に収めたいじゃん。だったら近付いた方がよくない?」
「まあ、それはそうなんだけどさ……」
「それに。
――ひなのさんは私の彼女なんだから、もっと近くていいでしょ?」
そうして撮った写真は。お互いの頬がしっかりとくっついているくらいには近いわ。私もひなのさんも真っ赤で照れているわ、で。
とても、SNSなどにはアップロードできる代物ではない
*
バスに乗って、目的地の神社へと向かう。
「……明菜。他の乗客に、二度見されたね」
「着物だけならまだしも、お揃いだと流石に見るでしょ。私が普段使いしているときに同じ感じの人たちが乗ってきたら二度見はするよ」
いくら京都とは言っても限度はある。それにこっちを見てきた……というか現在進行形で食い入るように私たちを見てきている女子中学生のグループは、まあ何となく修学旅行生っぽい雰囲気なので仕方ない。
とはいえ、京都でこういう可愛い系の着物を着て練り歩いているのって普通は観光客で、私たちみたいな一応は地元民であることの方がレアかもしれないが。
「……ひなのさん」
「なあに? 明菜」
「髪……触ってもいい?」
そう言えば写真を撮るのにいちゃつきすぎて、肝心のふんわりとしたひなのさんのウェーブ銀髪をまだ触ってなかった。
「急だね。でも……許可取る必要はないんじゃない? 私たちの関係でさ」
「……そういうことなら遠慮なく」
いつもと違う形でセットされているひなのさんの銀髪の毛先を触れるか触れないかの位置でぽんぽんっって触る。……うわ、手のひらがとっても気持ちいい。ちょっとヤバいね、癖になりそう。
そんなことをしていると、ひなのさんも私の髪を触ってきた。無許可で。
「やっぱ、私と明菜って髪質結構違うよねー。使ってるコンディショナーが違うからかな?」
「……今度、同じシャンプーとコンディショナーを使ってたら同じ髪質になるか試してみる?」
「えー? 絶対一緒にならないでしょ、それー」
バスに乗っている間ずっと、ひなのさんの髪を触り方を変えていじり続けていたのは言うまでも無いことだろう。
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