第22話 light music
「ひなのさんってバンドとかを組もう……とか考えたことはないの?」
講堂へと向かう最中、ふと気になったので聞いてみる。中学の頃まで家で電子キーボードを弾いていたって話なのだから、そこから興味を持つルートの1つとしてバンド活動というのは変ではないはず。
グランドピアノなんて高級品、自分で買う気が無ければ学生である今を逃せば、触る機会が無いというこの銀髪少女の動機自体は納得のいくものであったが、さりとて他の活動を選択しなかった点、というのはちょっと気になった。
「うーん……正直、全然考えていなかったかなあ。元々、高校でちゃんと音楽をやろうって意識は皆無だったし」
ひなのさんの場合、答案採点のバイトもやっているし部活とかバンドとかでしっかりと時間を取って練習ってのも難しいか。
今はなんやかんやでピアノに関して触れる機会が増えているのは……私の影響もあるんだろうな、きっと。第3音楽室で弾いている分については当初の彼女の想定通りかもしれないが、それ以外の場所での体験やら経験は恐らく私が居たからこそひなのさんにもたらされたものだろう。
「というか、むしろ私が気になるのは明菜の方こそ、だよっ!
中学で吹奏楽部の指揮者だったんでしょ? 一度経験済みのことだからこそ、吹奏楽自体は続けないのはあるかもだけど、バンドって形で音楽に触れ続けても良かったんじゃない?」
「あー……実は、ひなのさんに出会う前に、これから見に行く軽音楽同好会の見学には行っていたんだよね」
「……そういえば。初対面のとき『部活』とかで弾いているか聞いてきたね。 そっか、確かに明菜は出会った頃は部活探ししていたのか……」
軽音楽同好会の見学時には、緩くやっている雰囲気を見て私が入部することでサークルの空気を破壊しかねないと感じていた。
初心者とか下手な子を歓迎して和気藹々とやっている感じの中では私は悪目立ちしかねない、と思ったのと。それと既に先輩にキーボード担当が居たのであんまり入る余地が無かったという点がある。別にギターとかをやっても良いんだけどさ、新しい楽器を購入してまでやりたいって意欲は無かった。
あるいは吹部楽器系ではサックスとかならバンドでも混ざれはするけれども、私物のサックスは家には無かったはず。それ以外の楽器についても、世の中にはエレキバイオリンがメンバーに居るロックバンドもあるらしいから、割と何でもありっぽさはあるけれども、そこまで普通のメンバー構成から崩してまで入部する気は更々無かったのである。
そんなことを話していると講堂へ到着する。
講堂は体育館とは別の建物で、古さで言えば恐らく旧校舎と同じくらい昔の造りだと思われる。で、座席は固定されているので内装は市民ホール的だと言えば一番近いだろうか。
……まあ、そういう場所なわけだから、京都水族館で『前科』持ちな私は当然――
「……明菜、今日は大丈夫そう?」
――と、肩を軽く掴まれながら声をかけられる。
「逆に、こういう方が私にとっては『欠落』していないから気楽だけどね。
それに、今日なんかは明らか観客サイドだし」
実際イルカショーの舞台で、何故私はあそこまで取り乱してしまったのか、って思うことはある。普通に音楽を聴く場所であれば、今のように全く動じていないのに。既視感の無い場所で無理やり景色を重ねたのが悪いのだろうが。
そして恐らくひなのさんは、そんな自己理解に思考を沈めている私のことを理解して足早に近場の席に座り、意識を引き揚げさせるかのように話しかけてくる。
「――それで、明菜は体験入部のときに軽音部の演奏を聴いたんでしょ? 誰が上手いとかって何となく分かったりしないの?」
そんなひなのさんの問いかけに私は文化祭のしおりを見ながら答えた。
「……部活じゃなくて同好会ね。
この私たちと同級生のドラム担当は、見学しに行ったときには居なかったから実力は分からないけど。
一番上手だったのは、キーボード担当の先輩かな――」
私が見たときにはギター・ベース・キーボードの3人メンバーだったが、今年新たに1人追加メンバーをいつの間にか手に入れていたみたい。で、4月の見学時には88鍵の電子キーボードを使って演奏していた先輩が全体のリズムとかを取っていた。
鍵盤数的にも演奏的にも、ピアノに近いタッチ感のキーボードを選択していたことから、恐らくはピアノ経験者だろうと私は見ていた。
多分ギターとベースの人らは先輩だから1年以上は演奏しているのだろうが、中学の頃からやっていたのか、と言われるとちょっとその辺りは1度聞いただけでは分からなかった。ただ、まあドラムが居ない場合リズムは普通ベースで取るはずなので、キーボード先輩が一番上手いのは客観的事実からも間違いないだろう。
そこまで話したところで、軽音楽同好会の演奏準備が始まる。機材の調整や軽く音出しを行って問題が無いかチェックしているけれども、ひなのさんもすぐに異変に気付いた。
「ねえ、明菜?
――電子キーボード、無くない?」
「……持ってきていない、ということは。
講堂のピアノを使う気、なんだろうね」
「えっ……と。講堂のピアノって、前に明菜がちょっと言っていたよね。
確か、『スタインウェイ』ってメーカーのやつなんだったっけ」
「……よく覚えてたね、ひなのさん」
随分と前にちらっとそんな話をした気もする。……多分、京都市学校歴史博物館に行ったときだったかなあ。暗記が超苦手と言っている割には、こういうことはしっかりと覚えている辺りひなのさんの記憶力は素晴らしい。
準備は手間取っているわけではなさそうだが、まだしばらくかかりそうだったので暇を持て余したひなのさんは更に私に対して質問を重ねる。
「スタインウェイのピアノってどんな感じなの?」
「うーん……調律とかピアノ自体の個体差とかも大きいから一概に言うのは逆に難しいのだけれども……。
それでも。一言で示すのなら『スタンダード』かな。良くも悪くもね」
「……スタンダード?」
「そ。奏者の演奏に応えてくれるし、極端に尖った癖も少ない……まあ、弾きやすいってことになるかな。
他にも良い個性を持ったピアノって幾らでもあるんだけどさ。やっぱり、そうしたピアノの基準となる場所に居るのって、結局このスタインウェイになったりするんだよね――」
例えば、タッチが軽くて力を入れずに弾けるピアノは他にもある。
低い音がダイレクトに心臓に響くような音を出すピアノもある。
特定の部分の音域のハーモニーは他に比類がない程に綺麗なピアノもある。
けれども、総合力というか……。そうした他のピアノの良さの比較対象となる存在として君臨しているのがスタインウェイなのである。
そして――。
「へえー、弾きやすくて良いピアノってことね。それは別に悪いことでは無いんじゃない――」
「――ひなのさん。だからこそ、なんだよ。
……このピアノは。ちゃんと弾けば、しっかりと応えてくれる……つまり。奏者の演奏スキルが如実に反映されるピアノでもあるってこと。残酷な程にね」
「……!」
名だたる著名なホールには必ずと言って良い程置いてあって、国内においてもそうした演奏場所や、音楽大学などにあるのがスタインウェイなのだが、その理由の1つとして『比較対象にしやすい』というのはあると思う。
スタインウェイの新品グランドピアノは1000万円台クラスから、だからこそ一般家庭や、小規模なピアノ教室では所有すら厳しい現実がある。だからこそ、多くのアマチュア奏者はきっとこのピアノに最初に触れるのはコンサートに関するときになりかねない。
先ほどはひなのさん向けには『弾きやすい』とは言ったが、強打した際の響きにはやや特異的な感覚もあり、その辺りの性能を引き出せないと耳障りな金属音が響いたり、逆に芯を捉えていない心に響かない音になってしまうこともある。
しっかりとピアノ奏者に応えてくれるからこそ、ピアノの癖という言い訳で自身の技術の拙さを隠蔽しにくい代物だと私は考えている。
「20世紀に『完璧主義のピアニスト』と呼ばれた世界的なピアノ奏者に――アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリという人が居るんだけど……」
「おおー……、全然名前も聞いたことがない……」
「まあ、作曲家ほどにピアニストって一般知名度が高くはならないから、ひなのさんが知らないっていうのは別に変な話じゃないよ。
ピアノのハンマーヘッドに混入していた直径0.5mmの折れた針の先端部の『重さ』を、打鍵の感覚だけで指摘した……って逸話があるくらい、ありとあらゆる演奏に関わる要素にこだわりがあった人なんだけども。
そのミケランジェリが、調律師とともに世界各国に連れ立ったピアノの多くは、スタインウェイだったんだ――」
ミケランジェリは何台もピアノを用意してコンサートに臨む人物であったが、その中で多く選ばれていたのはスタインウェイのピアノ。別に、彼に限った話ではなくスタインウェイは数多くの世界的ピアニストに愛され、現在進行形でもピアノ奏者に愛用され続けているが。
完璧さを求めるあまり不完全な演奏をしなかった『キャンセル魔』としても知られるミケランジェリという完璧主義者でさえ、好んでいたピアノメーカーの1つがスタインウェイなのである。
――そして。
ちょうど、そこまで話したところで。講堂の明かりは暗くなり――それから間もなく、軽音楽同好会の演奏が始まった。
*
……。
うん、正直に言おう。軽音楽同好会の発表は、可もなく不可もなくといったところだ。元々の演奏スキルが云々という話以前に、実力を過不足なく引き出せているかと言えば、そういう感じでもないように思える。
新たに加入したドラムは、案の定というか自身の演奏に手いっぱいといった様子で、リズム取りや全体の牽引をピアノ担当にまかせっきりだ。
しかしそのピアノを弾いている本来はキーボード担当の先輩も振るわない。
ひなのさんの演奏とはまったく違う。隣に居る銀髪少女の演奏は、指が電子キーボードの軽い鍵盤に慣れ切った故の筋力不足の動きだが、今目の前で披露されているそれは、一応は重力奏法とハイフィンガー奏法の交雑のような様相は示している。
つまり、まあ普通にグランドピアノ経験者の弾き方ではある。もっとも88鍵キーボードを見学のときに使っていたことからも、ある程度は想定はしていたが。
問題は、その演奏が探り探りというか、妙に不安定なところ。そしてこの感覚は私は小学校時代に散々見てきたものであり、強い既視感を感じるものであった。
何曲かあった演奏が終わり。観客らが一斉に拍手をしている中で、ひなのさんは私の微妙な表情に気付いたのか耳元に小声でささやく。
「どったの、明菜」
「……いや。音感で弾いているんだろうなあ、って思っただけ」
この場で話すことでもなかったために、軽音楽同好会の退場後に合わせて私たちも席を立ち、校舎内を当ても無く移動する。その中でひなのさんと話を重ねていく。
「音感……って言うと、絶対音感! みたいなやつ?」
「そうだね。きっと、あの軽音楽同好会のピアノの先輩は……絶対音感をどこまでの精度かは分からないけど、持ってはいると思う……多分」
「絶対音感ってすごいじゃん!」
恐らくピアノ奏者よりも世間一般の人の方が評価している概念の1つがこの絶対音感である。別に特異的な才能であることには間違いはない。幼少期の訓練で習得率を高めることも出来る、と言われている一方で、それでも才能は才能であるし、多くの場合には便利な技能である。
少なくとも、持っていて損になるというものではない。
だが注意点として。絶対音感は大事にするべき技能だが、しかし絶対音感だけに依存し続けるのは間違いなく良くない。
絶対音感は曲を『音階』として認識することができる。だから、音感だけで曲を弾けるようにはなるのだ。しかし、それをするとその演奏可能な曲の音は、練習や耳コピに使用した楽器の音によってチューニングされてしまう、これが問題だ。
大前提として人間の耳は、低音はより高く、高音はより低く聴こえるという特性を一般には有している。なので数学的に等間隔で周波数を下げていったとしても感覚としては等間隔に感じにくい。
だからこそ調律師は数学的に音階を一律にするのではなく、『人間の耳』にとって一定になるように『補正』を施す人もいる。低い音はより低く、高い音はより高く、そうやって補正するこで人間の耳には初めて一定に聴こえるようになるのだ。
……問題は。この補正方法は調律師ごとに意見が割れている部分で、補正を強調して行う人、物理的調律を重視する人、と割と千差万別な現状があるというところだ。
つまり『同じ音だと思っている音が、調律師によって周波数が異なる場所で調整されている』。即ち絶対音感で曲を覚えた人間は、この別々の楽器の同じ音を『別の音』として認識するのだ。すると、楽器が変わっただけで、同じ演奏をしても同じ曲を弾いていると認識できない。
これが第一点。
そして、更なる別の問題として。
同じ楽器から出ている音でも、人間の耳は同じ音と判断することは必ずしもできない。
音とは空気の振動である――とすれば、音は『空気』に依存するのだ。
いつもピアノやキーボードを練習している場所。演奏会の会場。屋外。晴れの日。雨の日。夏と冬。昼間と夜中。それら全ては空気を変える……つまり、音も変わる。
特に、演奏する場所の空間というファクターは大きくなりがちだ。反響音はその場所の構造に強く影響を受ける。人間の耳には楽器から出てきた言わば『素の音』だけが届いているわけではない。様々な場所で反響した音が折り重なった音の合成という形で耳に届く。
ここまで言えば絶対音感だけで曲を覚えることの怖さは何となく理解できると思う。耳で曲を覚えていると環境次第で、練習とは全然違う音が練習と同じことをしているのに耳に届くのだから、混乱もするわけだ。だから調子が崩れやすいということになる。
……ただし、忘れてはいけないのは、それくらいのことは大体の音感持ちのピアノ奏者にとっては通過点であるということだ。小学校や中学校などのコンクールで経験しているのだから、そのまま崩れて演奏中止となるのは高校生にもなればレアケースと言って良いだろう。
「……つまり、明菜はあの演奏で何を感じたの?」
「ちょっと……ピアノの先輩が抱え込み過ぎていたかな、って。
あのメンバーの中で一番の楽器経験が長そうではあったけどさ。講堂での演奏。普段使いのキーボードを封印したこと。その状態で他のメンバーのサポートもしなきゃなんだからオーバーワークだよ、それは」
つまりは今日の演奏の完成度を高めるためにはピアノが持っていた負担を他のメンバーが肩代わりすべきだった、ということ。
いつもと違う場所で実力が出せないのはしょうがないことだが、しかし傍から見ていた他人の意見として、もっと色々やれることはあったんじゃないか、とは思う。
ひなのさんはそこまで聞いた上で、私が考えていたことに納得した様子となり。そして逡巡して物思いにふける素振りをした後にこう述べた。
「――むしろそういうの全部分かった上でやってるんじゃない?
多分、スタインウェイを弾きたかったから、とかそれくらいの理由でいつもと違う楽器を使っているんだと思うよ?」
「……え? それで『失敗』するリスクがあるんだから、そういう選択はしないんじゃない?」
「……なるほど……ここかあ、明菜と私の違うところは。
あのね、明菜? そもそも、だよ? ……『文化祭ステージ』という舞台はさ。
明菜の考えているような『音楽経験者から見ても目に分かるような成功』を、必ずしなきゃいけない場所、なのかな――」
「あー……。そう言われると……」
私は軽音楽同好会の演奏を技術的には失敗と捉えていた……が。しかし、観客は普通に盛り上がっていた。
このとき、このステージは果たして成功? それとも失敗?
「音楽のことは多分私は全然分かってないと思うけども。
少なくとも明菜がお客さんに見せる場所に立っていたときは、そういう『失敗』が許されなかったんだよね?」
「……そうだね」
私が大勢の聴衆の前で楽器を演奏するときには、必ずその技量を審査された。他の奏者と競い合った。だからこそ、技術的な『失敗』というのは即座に看破される世界であった。
「――明菜は多分、正しい。
けどね、そこまで気負わずに演奏できる場所もきっとあるはずだよね」
そのひなのさんの口ぶりが指し示すものは、まさしく『気軽に楽しめる音楽』――『
――そして、その音楽は。
時に『完璧主義』と称されるようなピアニストが生まれるクラシック・コンサートとは、ある意味では対照的とも言えた。
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