第21話 碧霞台女学園文化祭めぐり

「……とはいえ。大体、昨日の時点で他のクラスの出し物は把握しちゃっているんだよね。ひなのさんもでしょ?」


「まーねー。やっぱり、食品系がNGだからどうしてもレパートリーが限られるもん。去年も一般参加で来たけど、ぶっちゃけ内容は殆ど一緒だったような気がするし」


 碧霞台女学園は夏休み期間中にオープンキャンパスを実はやっていて、その時に来年度受験予定の中学生に説明会などをやっている。と、同時にこのときに文化祭チケットなども参加者に配布されていたようなので、中学のときでも文化祭に参加しようと思えば出来た。私は中3のときにオープンキャンパスは参加したが、文化祭には行っていないためよく知らない。

 ……地味に、去年青森から両方見に来たひなのさんのバイタリティが凄い。


「そんなにひなのさんって、この学校に来たかったの? そういえば、聞いたこと無かったよね」


「大した理由じゃないよ? 高校は都会がいいなあ……ってのと、そうは言っても1人暮らしは大変だから寮は必須! ってのがまずあって。

 それで入試で英語の配分が低めで、なおかつ制服がめちゃカワな学校!! って条件で探していたから、ばっちり当てはまったのが碧霞台だっただけだよー」


 本当に大した理由じゃなかった。けれども、それで青森の中学生が京都への進学を志したのだからリサーチ能力と行動力の化身ではある。


 一息ついてから、ひなのさんは続けて話す。


「……それに、さ。制服可愛くてウチの学校選んだんだけどさー。

 今の明菜……めっちゃ、カッコいいし?」


「……なんか今日のひなのさん、すごい褒めるねえ」


「べっつにー?」


 私の印象が普段と大分違うのは自分でも分かっているから、今日の雰囲気を結構気に入ってくれているって感じなんだろうなあ、これ。

 ただ……でも、なあ。お爺様が執事的なことをしてるってことを彼女に話したときに『メイド服を着た私が見たかった』的な食いつき方をされたこともあったっけ。今日のお客様扱いの敬語にもやや喜んでいる節があったし。

 ちょっと、私のことを使役したい欲求が垣間見える点は保留で。ハイソサエティーになりたいのかな、ひなのさんって。



「――まあ、それはともかくとして。部活系の展示とかを中心に回ってみる?」


「そうだねっ! じゃ、エスコートをお願いするね……ナイトさま?」


「いつの間に私はディーラーから騎士に転職したの……。まあ、いいや。……こほん。

 では――お手をお借りしますよ、姫?」


「……。

 うむ! 苦しゅうない!」


「――それは姫様ではなく殿様じゃん!」


 流動的に『転職』を繰り返す私たち。ブラック企業もびっくりの離職率である。


「ほれほれ、明菜よ。もっと近こう寄れー」


「いや、手を繋いでいる時点で結構近いけど……。ほら、行きますよ殿」


「……臣下が冷たいでござる」


「だって、ひなのさんがやっているの敬意集めるタイプのお殿様じゃないし」


「下剋上でござるか!? 明菜よ、よもや殿である私に謀叛を起こす算段でござるか?」


「……ときはいまー。あめが下知る――」


「ちょ……明菜、京都でその和歌はちょっと洒落になってないっ!」


「じゃ、殿。本能寺に行きましょうねー」


「ぎゃああ! 私の天下がーっ!」


 こうして、ひなのさんの天下は終わりを告げたのであった。




 *


「……最初のエスコート先が演劇部なんだ」


「ええ、実際に部活で使った衣装とかを再利用して、それを着てのフォトスポットをやってるらしいよ」


「ここを選んだその心は?」


「私だけコスプレっぽい恰好しているのもアレなので、せめて写真にはひなのさんも道連れにしようと――」


「……良い性格してるねー明菜ー」



 私からはレモンイエローのワンピースタイプのドレスを選ぶ。安直だけど、逆にこういうのこそ恥ずかしいってのはあるし。しかも普通のドレスよりも大分ファンタジー寄りというか……ひなのさんの着替えを手伝っている演劇部の人に聞いてみたら妖精役が使ったやつで、元々はハロウィン用のコスチュームだったものを改造したやつらしい。


 で、私の方はもう半分コスプレみたいなものなので、そのまま素材を活かす感じでそれはもうコッテコテの裏地が真っ赤な黒いマントをつけることに。急に悪役っぽくなったな、私。


「どう、かな……明菜?」


「……大分幼くなったね、ひなのさん。妖精の羽があれば凄く似合いそうだよ」


 逆に高校の演劇部でよくこんな衣装を使ったよ。


「ふっふっ、羽は指定されていないから断った!」


 いや……羽自体もあったのかい。


 で、そのままお互いのスマホを撮影モードにして係の人に渡して写真を何枚か撮ってもらう。……なんやかんやでポーズ指定とかされて10枚くらい撮った。


 その後、写真をチェックして。


「ひなのさん、椅子に座ってるとかなり年下に見えるね……この衣装だと」


「いやこのドレスを誰が着ても幼くなるって、絶対! むしろ大人っぽく着こなすの無理でしょ!

 というか明菜の方は、マントがあると従者ってよりも吸血鬼っぽさもあるね。このあと私、攫われるやつじゃん……」


 まあ、確かに。

 幼いお嬢様に対して吸血鬼が仕えているとか、おおよそ平穏な展開にはならなさそうな構図である。



 それからは私はマントを脱いで返して、ひなのさんは一旦着替えを挟んでクラスT姿に戻ってようやく女子高生に帰ってきた。


「……いい加減、モノクルは外しても良いんじゃない?」


「だーめ」


 しかしひなのさんは、衣装は脱いでもワガママなお嬢様のままであった。




 *


 何というか、今更だけどもこの格好で上履きを履いているのがちょっと嫌だ。

 初手演劇部の後は、他の部活の展示物を色々見て回った。手芸部とか美術部はちゃんと作品が飾ってあってハンドメイドの展覧会感があったけれども、一番可哀想だったのが料理同好会。飲食物の提供も当日の火気使用も禁じられているせいで、家庭科室に陣取っていたのにも関わらず一切の料理が作れないという事態に見舞われていたのである。

 そこで、この同好会が取った苦肉の策が料理の写真を展示するという荒業。そこに部員それぞれが個別レビューをして、レシピも記載という結果的に見れば中々ユニークな展示で楽しめたけれども、しかしこのアイデアを出すまでに波乱万丈なエピソードがあったのだろうな、とは思う。


「そろそろ、一旦ご飯食べに行く?」


「さんせーい! ……って、もう12時過ぎてるじゃん!」


 一応、文化祭期間中も学食は空いているので、そっちでお昼ご飯を食べることも可能だが、キッチンカーがやってきている中で毎日食べられる学食メニューを選ぶ人間は稀だ。昨日はカジノが忙しかったこともあり、クラスの人にまとめて買ってきて貰ったので、ここに来るのは初めてだ。

 かくいう私たちも、キッチンカーやフードトラックが数台停まっている食事エリアへと向かう。屋外用のベンチなども置かれていて、ただの校舎中庭がちゃんと食事スペースになっているが、雨が降ったらきっと地獄絵図になるんだろうな、これ。


 あ、今日の天気予報は普通に晴れです。フラグじゃないよ。

 席を荷物で確保した後に、キッチンカーの群れへと向かう。12時ぴったりからずれたこともあり、行列が出来ていたりはしないのはラッキーだったかも。ひなのさんは既に何を食べるのか決まっていたらしく『別行動ねっ!』と言って既に注文を始めていた。スピード感が違う。


 車体に貼ってあったり立てかけられていたりするメニューを見てみると、丼ものやお弁当といったものからデザート系まで色々ある。

 迷った挙句で、選んだのは食事系クレープのBLTにした。デザートは食べてから考えよう。


 そうして座席に戻ると、既にひなのさんが座って待っていた。


「ひなのさん、ちょっと待たせちゃ……って。結構、買い込んだね」


「えへへ。塩ラーメンのミニと、牛タン串と、イカの姿焼き! 全メニューは無理だけど3日間で全キッチンカーは巡ろうと思ってるからね!」


 そういえばこの子、バイキングでも全メニュー制覇してたっけ。あるものは全部手を付けたい派閥なのだろう。しかし、まだ2日目なのに場慣れ感がすごい。


「ひなのさんって実家がイカ漁やってるのに、普通にこういう場所でイカ食べるんだ」


 ひなのさんは片手で割り箸を割りながら話す。


「ん……ま、こういうのは場の雰囲気なんじゃない? ……ってか、私はそれよりも関西なのに普通に姿焼きのイカの方が売っていたことに驚きだよ」


 どうやらイカ焼きで姿焼きが出てくるのは関東方面の文化らしく、関西なら普通は見た目お好み焼き風なものが出てくるらしい。でも味はお好み焼きとは結構違うとのこと。よく分からないが、分からないってことは、どうやら名古屋はイカ焼きにおいては関東文化圏らしい。



 また。イカ焼きのことは一旦スルーするとしても、全体的に何というかひなのさんの選んだ食べ物はおじさんっぽい。でも別に全店舗制覇のためだからだよね、きっと。京都水族館に行ったときのお昼ご飯には、映え感のすごい京野菜専門店に彼女の発案で行ったわけだし。


 そんなことを考えたり、話したりしていると、ふと気付く。

 今、ひなのさんが食べているのは塩ラーメンなのだけれども、それが入っている発泡スチロールの容器の持ち方が……なんというか、手慣れているような?


 そんな代物に持ち方なんてものは無い気がするのだけれども、不思議と堂に入っている印象を受けるのだ。……多分、あれかな。ひなのさんとは食事に行く機会が結構多かったけれども、この使い捨て容器の取扱いが際立って上手なのかも。



 ……え。いや、なんで?


 釈然としないものを感じつつ、果たしてひなのさんに私が今感じている疑問を正確に伝えるのにはどうすれば良いのかと悩みながらも聞いてみたら、存外彼女はあっさりと納得がいった様子で次のように答えた。


「あ、多分あれだよー。私の地元って町おこしで、観光客向けのお祭りみたいなのを秋に毎年やってて、それで私も食べ物の売り子としてほぼ強制的に徴集されてたからじゃない?」


 聞けば、ひなのさんの地元は『漁のまち』アピールのために芸能人とかも呼んだりして結構大規模なイベントを開催しているっぽい。しかし、実質強制とか、田舎町内会の闇を感じる。


「……もしかして、それがイヤで高校を都会にしたかったってこと?」


「うーん……そこまで断固拒否ってワケじゃないんだけども……あ。

 でも、あれかなあ……。お祭り用の制服というか統一したスタッフ用の服がいかにも漁師! って感じだったのは……うん」


 ……高校を選ぶ基準に制服の可愛さもあったことを鑑みるに、案外そういうセンスもひなのさんの中では割と重要ファクターなのかもしれない。


 でも、だからだったのか。

 こういう場所に場慣れしていたり、割り箸を片手で割れたり、使い捨て容器にも慣れているのは、地元のイベントで食品の売り子をやっていたからだったということとはねえ。




 *


「――ふいー。ちょっと食べ過ぎた、かも?

 で、次はどこに行く?」


 ひなのさんは目を細めて笑いながら、聞いてくる。


 しかし。

 その質問に対して、私が提案することは既に決まっていた。


「……もし、よければなんだけどさ。

 次は、講堂に行ってみない?」


「……? 別に良いけど、何を見るつもりなの?」


「ええと……軽音楽同好会のセッションがやってるみたい――」


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