第20話 ディーラーとお客様
9月の終わり、そして10月は怒涛の勢いで過ぎ去っていく。
10月の後半にある文化祭の準備のために、どのクラスも時間をかけるようになったからだ。加えて言えばうちの学園は全寮制なので、寮の門限の時間ギリギリまで残って日が沈み切るまで作業する日もあったりした。
正直、私は高校に入ってから部活動に所属しておらず、わりかし暇であったこともあり、ここ1ヶ月は忙しく感じることも多かった。
そして11月の頭に秋休みが入る都合上、それよりも前に中間テストをやっておきたい、ということで文化祭が終わった翌週はテスト期間という異次元の日程組みがなされていた。夏休み開始直後の勉強合宿といい、この学園って勉強面はちょっとヤバいとこあるよね。
ということで、文化祭準備と並行してテスト対策をやらねばならない。その2属性攻撃は、正直高校に入ってから割と楽をしていた私にとっては、久々に喰らう結構な火力のダメージであった。
もっとも、ディーラー練習で付き合いが増えた委員長と、英語以外は成績優良者なひなのさんという2トップからの情報網を手に入れた私に死角は無い。というか、むしろ学力的には私自身が一番死角である。
だから私は2組の小テスト状況をひなのさんに横流ししたり、逆にひなのさんから聞いた1組の近況を委員長に転売する悪徳商法で何とかやり繰りをしている。多分、どちらも察している気がするけどね。
そうして勉強と文化祭準備に追われて、やっと一息つけるかというときには、もう文化祭は目前に迫っていた。
「――あ、そだ。明菜は文化祭でシフト入っていないのって何日目?」
「一番空いているのは2日目だね。後は初日の2時以降かな。最終日は出たり入ったりの繰り返しになると思う」
「うーん……じゃあ、お化け役は初日と3日目でシフト出しておこっと。
2日目は一緒に回ろうね!」
「うん、それは構わないけど、2日目全部空いているわけじゃないからね?」
「それなら、明菜がディーラーやってるときに一旦2組にお邪魔するからっ!
……私のこともカジノで楽しませてよ?」
「別に来て良いですけど、やりにくいなあ……」
……そうして、ひなのさんとの約束もして。
文化祭当日を迎えるのであった。
*
初日のカジノは盛況であった。というか予想以上に混みあったために、混雑時にはお一人様15分までの上限を設けることになった。最初は委員長が全体を回していたが、1時間くらいしたら、徐々に私を含む他の纏め役が全体を統括するようになっていった。
フリーの時間を貰った午後には、クラスの友達と他のところの出し物を回ったりして、初日は終わった。
そして2日目である。最終日となる3日目だけ一般公開がなされて、入場チケットを持っている参加者ならば一般の人でも入れるが、2日目はまだ学内生徒のみで回すので小康状態と言って良いだろう。
ひなのさんは見計らったように私のシフト交代15分ちょっと前から、私たちのクラスに入り浸っている。夏季セミナーのときに見かけたひなのさんのお友達グループの面々のうち4人で一緒に来ていたけれども、このあと私と行動を共にするということはこのグループとは別行動するのかな。
初日ほどにはお客さんで溢れてはいなかったので、今日のところは時間制限をまだ設けていない。ひなのさんらは、最初に入ったときはお手製ルーレットやらブラックジャックの区画に居たが、たまたま空いていたポーカーの4席についている。
これだけお客さん同士のPvPなんだけど良いのかな……と思っていたら、ポーカー担当ディーラーが困惑しながら私のところに来た。
「――澄浦さん! ディーラー替わってください、お願いっ!」
「え、ええ……。別に良いけど、一体どしたの?」
「今、ポーカーのテーブルに座っているお客様たち、テキサスホールデムのトーナメントをやりたい、って言ってて……。
けど、そのディーラーを出来るのが、この場に居るスタッフだと澄浦さんだけみたいなの!」
「あぁ……そういうことだったんだ」
リングゲームならまだしも、サドンデスというかデスゲーム形式のトーナメントではブラインドがゲーム進行とともに上昇していくこともあってディーラー側も管理することが多くて面倒だ。
そして委員長の決めた1年2組ハウスルールではだれか1人が総取りするまで続ける形のメインイベント扱いになっていて、ディーラー纏め役と、一部のポーカー専属ディーラー役しかこれをこなすことができない。偶然、今この場に出来るのは私だけだったようである。
ついでに言うと『トーナメント』という言葉が出た時点で、他のお客さんの目線も一斉に私の方を向いた。……この理由は単純で、ディーラーの取り纏め役は周囲から見ても一目で分かるような衣装の工夫がなされているためで、初日でそれが知れ渡っているからだ。
ディーラーは碧霞台女学園の制服――アッシュグレイのブレザーと赤白のストライプのネクタイ――をディーラーの制服に見立てて着用しているのだが、取り纏め役だけ、唯一パンツルックなのである。上半身は一緒なのだが、スカートではないために超目立っている。
そして、その一斉に向けられた視線の中には、ひなのさんの流し目も含まれていて。あーはいはい。お客様扱いでちゃんと演技しろ、ってことね。
――スイッチを入れて本気モード。ポーカーテーブルまではほんの数歩だけれども、されど周囲の意識が完全に自分に向いている間の数歩の歩き方というのは、馬鹿にはできない。
一歩――踏み出すだけで話し声は止み。
二歩――歩み出したときには、他のテーブルでのゲームが止まった。
そして、三歩目、四歩目――五歩目にポーカーテーブルに到達したときには、このテーブルに座る4名の挑戦者を除けば、全てを聴衆へ貶めることに成功する。
「……歩くだけでこれとか。
大概、ふざけているよね、明菜も」
「――お客様? テキサスホールデムのトーナメントで遊びたい、という申し出で相違ありませんね?」
揶揄するかのように零したひなのさんの呟きに、私は完全な営業スマイルと敬語で圧をかける。
そうすると、ひなのさんは肩をすくめるようにしたが、他の3人からは同意が返ってくる。
合意は取れたということで、私は文化祭期間中はポニーテールにまとめた髪を少しかきあげ、その直後に改めてルールを確認のためと聴衆への周知も兼ねて説明する。
そして。そこからは。
――ひなのさんが主役の舞台が開幕した。
*
「……はい、残念。……フラッシュは考慮しておくべきだったね?」
「――どうして、あんなに自信無さそうな素振りしてちゃんと役を揃えているの!?」
「東園ちゃん! ここは、勝負! アタシはオールイン――」
「……あ、そりゃフォールドだよ」
「なんで降りちゃうの……」
「チェック」
「……チェック」
「……わたしも、チェック」
「じゃあ、オープン! お、全員ノーペアってことは、ハイカードで私が貰うねー」
「……本当に読めないわね。東園さん」
「ふっふっふー。褒め言葉として受け取っておくよー。で、どうするの?」
「……レイズ」
「じゃー、私もレイズで。勝負する?」
ブラインドが上がって行くにつれて、ひなのさんの1人勝ちの様相は明らかとなっていき。
「あ、もうブラインドだけで全額ベットする感じ?
じゃあ、純粋に運勝負だねー。
……はい、ツーペア」
「……ワンペア。
負けたーっ!」
終わってみれば、あっさりと勝者は決まった。
「あ、じゃあ。ひなのさん。
希望すればクラス内掲示の高額配当者のところに名前が乗るけど、どうする?」
「明菜、明菜。……私、お客様」
「――はぁ。
……お客様。どうなされますか?」
「じゃー、折角だし載せてもらおうっかな! ……ちなみに、何位になる?」
「……東園ひなの様のチップを精算いたしましたところ――4位ですね」
「おぉー……。思ったより微妙だ……」
今更だけど『チップ』とは言っているが、お客さんからお金を貰っているわけじゃなくて、入場したときにチップコインを渡していて、それを元手にして皆増やしていくのを目指すって感じの出し物である。まあ学校でマジの賭博をやったら大問題じゃ済まないし。
「……あ、それと。
東園ひなの様。高額配当者には景品もありますが、どうなされますか?」
これもまた多くのチップコインを手に入れたお客さん用である。さっきの掲示を拒否する人も居るかもと思って、ささやかなプレゼントを用意している。まあ100円ショップで買ったものか、その加工品なので大したものじゃない。
一番オーソドックスなのは『碧霞台女学園文化祭1年2組』と書かれた白紙カード入りのトランプで、作るのが手軽な癖してこれが一番選ばれていたが……。
ひなのさんは、別のアイテムを選んだ。
「うーん……。じゃあ、1つはこれ!」
そう言いながら、銀髪少女が取ったのは――モノクルである。
もっとも、モノクルとは言っても100円ショップで売っていた伊達丸眼鏡の片方をニッパーで切り取ったやつなんだけども。
割とネタで入れていた景品だが、ネタであるが故に工作の完成度は高い。でも、欲しがる人が居るとはあんまり思っていなかった。
「お客様。持っていける景品は1つだけなのですが――」
「まあまあ、取り敢えず聞くだけ聞いてよ。
――だって、私が欲しいもう1つの景品は……ディーラーさん? 貴方なのですから――」
やけに芝居がかった口調でひなのさんが話すものだから、私は完全に演技の仮面が剥がれて素で反応してしまう。
「いや、元々約束してたじゃん。
……というか、私。着替えずにこの格好のままで学校回るの!?」
ちなみに、ひなのさんはクラスTにスカートという一般的文化祭学生の出で立ちをしている。うーん……幾ら上着は制服とはいえ、下はパンツスーツだと目立ちそうだなあ……。
「……なんで七夕で着物を勝手に着てきたのに、こっちは恥ずかしがるの。
それに! 私が持っていける景品は1つだけ――なんでしょ?」
「えっ……と。ひなのさん。それは、どういう――」
彼女は、私が言い切るより先に、ぐっと顔を近づけてきて『危ないから、動かないで』と至近距離で放った後に、ゆっくりとひなのさんの手にあった先ほど渡した景品――モノクルを、私にそっとかけさせる。
「――はい。これで、景品はちゃんと1つになった」
モノクルとか現代社会においてはあんまり使わないものを景品に選んだ辺り、ちょっとヘンだな? とは内心で少しだけ思っていたが、今の私に付けさせるためだったのね。
モノクルはおろか眼鏡をかけることだって初めてなので、目の前の景色の異物感が凄い。ちょっと自分でモノクルの位置調整をしても、完全には違和を拭えなかった。
なんか、この服装のまま行く流れになっていて、大丈夫かと思って一旦ひなのさんの側を離れて、クラスメイトに訊ねたら『むしろ、宣伝になるからそのまま行け』という主旨の言葉を紡がれた上に、既に別のディーラー纏め役の生徒が戻ってきていたために私が休憩に入っても全く問題が無かったので、その恰好のまま私は文化祭を巡ることになったのであった。
「……あ、言い忘れてたけど明菜さ」
「なぁに、ひなのさん?」
「ポニーテールになると、全然雰囲気変わるね」
「……まあ、髪型ってそういうものじゃない?」
ポニテモノクルとかいう、かなり尖った格好をしている私だけども。
ヘアゴムはしているが外から見えるポニーフックの金具は330円で、モノクルは100円ショップ伊達眼鏡の改造品なので110円なので。
自分自身が外見440円のコスプレ女だと思うと、ちょっと悲しくなってきたのであった。
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