第19話 京都駅地下街

「――ってかさ。ここまで来て言うのもなんだけど、明菜って髪を結ぶものって何も持ってないの?」


「あー、一応持ってはいるけどさ。普段縛らないじゃん? だから寝るときにゆるーくまとめて、枕の上に流す用で使っちゃってて。

 だから今、持っているのって何となくそういう寝るとき用って先入観があるから、ちょっと人前でするのが恥ずかしいって言うか……」


「ほへー、寝るときでも髪のことを考えなきゃとか、長い髪も大変だなあ」


「……私も、ひなのさんくらい短くしようかな」


「え、それはダメ」


 一緒に買い物をする土曜日になって、別にヘアゴムとかシュシュみたいなのを探すだけで、特にこだわりも無かったので、ひとまず京都駅の地下街で探すことにした。


 そして今は、学校からそこまで向かうバスの中である。土曜日なのでバスの車内はそこそこ混雑しているものの、京都駅行きのバスはウチの学校が始発のバス停なので問題なくひなのさんと両隣で座ることができた。


「結構重いし肩も凝るし……。委員長からもディーラーやるのに邪魔って言われているから切っちゃおうと思ったのに」


「ダメ、明菜の黒髪が短くなったら勿体ないし。

 ……というかそんなに重いの?」


 どうやらひなのさんはロングの辛さを分かっていないみたい。もしかしたら、子どもの頃からずっとこのショートボブくらいの長さなのだろうか。あ、漁のことを考えたら確かに髪って邪魔そうだけども。


「……まー実際、体感しないとこの重さは分からないかもねえ。

 じゃあ、ひなのさん。持ってみる?」


「えっ。あ、うん……」


 お団子ヘアとかにしておいた方が、他人に持ってもらいやすいのだけれども、軽く手で束ねるくらいでも何となく分かるだろう。

 そして、おずおずと出してきたひなのさんの手のひらの上に私の髪を乗せてみる。


「……うわっ、重っ。ロングだと髪の毛ってこんなに重いんだ……」


「それ……男子のリアクションだよ、ひなのさん。いいけどさ。

 今は乾いているから良いけど、お風呂入ったりして濡れているともっと重くなるからね」


 ちょっとムカつくのは、こんなに重くて肩がこったりする癖に、バッサリ切ったとしても体重的には大して変動しないということ。精々100~200gの世界だろうか。スーパーで売っている豚肉とか鶏肉の内容量とサイズを鑑みれば、やっぱりお肉の密度ってすごい。髪の毛にお肉レベルの密度があれば、ヘアカットダイエットとか爆流行りしただろうになあ、と思う。



 京都駅までは学校から40、50分程度はかかるので、髪の毛の話をしていたら、いつの間にか美容室の話になっていた。


「明菜って、あんまり髪の長さが変わった印象無いんだけど……美容室いつ行ってるの?」


 その質問はやっぱり、ひなのさんがショートボブくらいの長さをずっと維持しているんだな、と思うものだった。


「あー。私、ロングだから多少伸びてもシルエット自体は変わらないし、別にレイヤーとかも大して入れて貰ってないから、美容室って目安3ヶ月に1回くらいしか行ってないのよね。最近は、地元に帰省するタイミングで美容室にも行っているから、頻度はもうちょい高いかもだけど」


「――ってことは中学のときから美容室変えてないんだ? 良いなー、私はそりゃ無理だー」


「ひなのさんは青森だもんねえ。

 それに、その長さじゃ月1回……はちょっと多いにしても2ヶ月待ったら伸び過ぎるでしょ?」


「まーねー。だから、美容室難民やってるよ」


「難民って……、まだひなのさんに合うとこ決まって無いんだ」


「いや、初回来店クーポンの恩恵を浴びたいだけ」


 割引のために美容室を転々としているんだ。中学のときにそういう人は周りに居なかったけど、理屈は分かる。美容室にもよるけど、確かに割引率凄いもんね初回クーポン。

 でも、私個人としては毎回探す方が手間って思っちゃうなあ。幾ら安くて1回だけしか行かないって分かっていても、外れは引きたくないって気持ちが先行する。



 それから少し話していたら、ふと気になったことが出来たのでひなのさんに聞いてみる。


「……毎回美容室を変えている割には、ひなのさんって髪型全然変わらないよね。どうして?」


 前下がりのショートボブは、そんなに珍しいヘアスタイルではないとはいえ、お店や美容師ごとに手癖があって然るべきだろう。にも関わらず、ひなのさんの髪型はこれまでずっと一貫していて、これまでの間彼女がいつ美容室へ行っていたのか分からなかったくらいだ。

 その質問を聞いたひなのさんは、笑みを浮かべながら答える。


「ふふふ……実は、髪を切った直後の写真をスマホに残してあるから、それを見せて『これを完コピしてください』って頼んでいるんだよ!」


「ひなのさん……。その髪型、そんなに気に入っていたんだね」


「……まあ、うん。今更長くするのはなあ、ってのも理由の1つではあるんだけども……」


 ひなのさんは、私の瞳をじっと捉えながら若干ジト目になりながら話す。何か他にも理由があるのかな……って思いながら、何となしにいつものように私はひなのさんの銀色の揺れる髪へと視線を移したら、彼女の頬が僅かに朱に染まったような気がした。


 ……あ。

 もしかして、私が彼女の髪先をたまに見るから、私が彼女の髪型を好んでいると読んで、変えるに変えられないってことだろうか。些細なことから色々見抜いてくる手腕がひなのさんにはあるから、そういう思考回路はあり得そう。やや自惚れっぽさもあるが。


「別に私は、自分も含めてそこまで髪型にこだわりって無いよ、ひなのさん?」


「……あ、気付いた? たまに鋭いときあるよね、明菜。……まあでも、うん。

 それでも、しばらくは髪型変えないままでおくよ」



 そこまで話していたらいつの間にか終点の京都駅前まで来ていたようで。思った以上に時間を忘れて話し込んでしまっていたようである。




 *


「……なんというか、どこにでもある髪を結ぶ系のアイテムを探しに、こういう専門店街まで来ちゃうと、却ってどこまで真面目に探せば良いか悩むよね。

 妥協すれば多分5分で終わる買い物だし、今日の予定」


「あはは。一日探して見つからないようだったら、新幹線乗り場の方にファストファッションの量販店があったはずだから、最終手段ではそこに行けばいいよ」


 カジノのディーラーっぽいアイテムとなると難易度は爆上がりするが、しかしそこさえ妥協してしまえばこうしてお出かけするまでもない買い物だ。

 極論、文化祭用途のアイテムだからこの際、普段使いのことは考えなくてもいい。文化祭後は、使い道が無ければナイト用品の仲間に入れればいいだけなので、多少奇抜であってもカジノというテーマにある程度沿っているならそれでいい。



「まあ、色々見て回ってみようかな。……ひなのさんも、寄りたいとこあったらすぐ言ってね?」


「もち! というか3割くらいはそのつもりもあって来てるし!」



 その言葉を皮切りに広い京都駅の地下街の探索がスタートした。

 最初に入ったのは京雑貨や京コスメの専門店。


「まー、折角京都住みなんだし、まずはこういう明らかに京都! ってやつも見ておこうよ!」


「多分、観光客向けだよね、このお店……。

 ……って、あー。かんざし、この発想は無かったな」


 髪のまとめ方としては、京都在住ならまず真っ先に思いついて然るべきアイテムが完全に抜け落ちていた。実際、便利ではある。お団子系の髪型を作るのは勿論のこと、ちょっと工夫をすればポニーテールの亜種みたいなことも可能だ。


 ただ……。


「……やっぱり完全に和、って感じなものばっかりだよねえ」


「最初に100円ショップを回っておくべきだったかも」


 言われてみれば、まず真っ先に行くべきは100円ショップだったかもしれない。かんざしも含めて全アイテムあったと思うし。むしろ京都観光客向けに特化し過ぎていないだろうから、カジノに似合いそうなものもありそうだ。


 で、マップをスマホでチェックするとどうやら100円ショップではないが、近くに300円均一ショップはあるようだったので、次はこちらへと向かう。



「……なんか、もうここで良くない明菜?」


「思ってた以上に品揃えがちゃんとしてる……」


 正直、シュシュからヘアコームまで何でもあった。どこからどう見てもカジノのディーラーだ! ってなるアイテムは流石に見つけられなかったけれども、違和感が無さそうなハイクオリティなものはもうここで充分な気がしてきた。


「というか、明菜さ。そもそもディーラーっぽいアイテムってどういうの想定してたの?」


「え? あー……うーん。

 ……なんか、トランプの柄とかそういうやつを考えていたけども……」


「ちょっと違うかもだけどさ。私、たまに百貨店のマジックグッズ売り場で実演販売を見に行ったりしているんだよね。そこのスタッフさんの顔なじみになっているんだけどさ……。

 マジシャンとディーラーは違うかもだけど、普通のヘアゴム付けてたよ、その人」



 ……なんか、急に情報の暴力が来た。

 まず、ひなのさんが定期的にマジックを見に行っているのも謎だし。マジシャンの知り合いがいるのも謎。そして、別にマジシャンは特別なアイテムを付けているわけじゃないというのも新情報である。


「……ってか、どこの百貨店でやってるの?」


「え、梅田だけども」


 聞いたらどうやら1人でマジックの実演販売を見るためだけに大阪までちょくちょく行っているらしい。

 前々から思っていたけど、ひなのさんのフットワーク軽っ!




 *


 というわけでメタリックなポニーフックと、ヘアゴムを購入して終了。合計税込みで660円。

 スマホの時計を見たらまだ30分も経っていないのにメインの目的が終わってしまったのである。


「――あの。このあとどうする? ひなのさん」


「……これで解散したら、めっちゃ面白くない?」


 まあ、分からなくはない。片道40分以上かけてやってきたのに30分だけの滞在でとんぼ返りするとか、話のネタとしてはウケると思う。

 もっとも、買うものが買うものだっただけにそんなに時間がかかるものでもない、というのはそれはそうなんだけど、女子高生としてこれで良いのか。


 とはいえそれは流石に悪乗りが過ぎると思ったのか、ひなのさんは一旦『冗談、冗談』って笑いながら言って、


「――明菜が何も無いなら、ちょっと私、秋用の部屋着をそろそろ買おうかなって思っていたから見ても良い?」


 と、言ってくれた。その申し出自体はすごく助かるものだったし、ひなのさんの部屋着は結構気になるからラッキーって感じだが、しかしそれって普通にちゃんとした買い物であることから、思い付きにしては準備されていたような気がしてこう尋ねる。


「……もしかして、私の用事がすぐ終わるって思ってた?」


「そりゃあ、そうでしょ。

 一瞬で終わりそうな感しか無かったもん」



 それからは、ひなのさんの買い物にも付き合う形で。


「やっぱり、もう秋物も在庫処分セールの時期だよねえ」


「そりゃ9月だからね。ちょくちょく今年の冬の新作出しているお店ももう結構あったし」


 ひなのさんの秋用部屋着は、既にセール品で割引されていたモコモコ系のルームウェアを購入した。

 そして、その足でコスメ系の雑貨屋さんも回る。


「……そう言えば、あぶらとり紙って京都の名産品だったっけ。完全に吹部アイテムとしてしか見てなかったから忘れてた」


「え、明菜? 吹奏楽部とあぶらとり紙って全然関係なくない?」


「あー……、経験者じゃなきゃ分からないか。サックスとかフルートとかああいう楽器は、歯とかマウスピースのせいで下唇が痛くなるんだよね。それを防ぐために口の中にあぶらとり紙とかクリーニングペーパーとかを入れたりするんだよ」


「多分、昔にあぶらとり紙を発明した人たちも全く想定していない使い方じゃない、それ?」


 そうかな? そうかも。

 確か元は芸者さんとか舞妓さんが化粧を落とさずに汗を拭く用のアイテムだったんだっけ。それが今じゃまさか、口に入れて使うなんて用法が一部界隈でできているなんて、昔の人は思い浮かばないか。




 *


 そうやって京都駅の地下街をずっと回っていると、いつの間にか連絡通路か何かで別のビルのショッピング街に入っていたらしい。

 地下にはご飯屋さんしか無かったので、地上へと出ると、京都のお土産屋さんが並んでいた。


 そしてその地上階にて飲み物を買って、また地下に潜りイートインスペースの2席を借りて、私たちは腰を落ち着けることにした。


「……まさか、こんな抹茶が売っているとは。ひなのさんは知ってたの?」


「まあ、うん、一応。SNSでバズっていたし!

 けど、今日寄ったのはマジで偶然だよー。お店がどこにあるのか知らなかったもん」


 私たちが飲んでいるのは抹茶ラテ。ただし、容器がインクボトルの形をしていて見た目的に可愛い上に、お持ち帰り用のビニールの手提げバッグも可愛いながらも結構しっかりとした造りでダブルに見た目が珍しいものだ。

 お店には私たちと同世代っぽい感じで制服を着ている人も結構居た。もしかしたら修学旅行生なのかもね。


 そんなことを考えていたら、ひなのさんが口を開く。


「……ってかさー。明菜ってもしかして、買おうって決めたもの以外にお金を使うのって苦手だったり?」


 ひなのさんがそんな指摘をしてきた理由は自明で。結局、今日私が使ったお金は元々の予定だった髪を結ぶアイテムとこの抹茶を含めても、合計2000円に届かないくらい。小物をちょっと買ったくらいである。

 そんな感じだから、ひなのさんとお揃いの洋服とか、アクセとかそういう感じのものを購入してはいなかった。


「私の手持ちのお金って全部お小遣いだからねえ。

 それにご飯とか飲み物とかそういうのって全部寮で何とかなってるから普段はお金使わないし、スマホ代とかも家族割にしているから自分で払ってないからさ。私の貰っているお小遣いって、必需品とかに一切使ってないんだよね」


「遊ぶ金欲しさに節約ってこと?」


「……ひなのさん、言い方。

 というか、万が一足りなくなったら、どんだけ遊んでいるんだーって話になっちゃうから、どうしても気持ちの面でセーブしちゃうってのはある」


 正直、お金の面に関しては、ひなのさんの方が気軽に使えている感覚はある。もっとも、それは彼女が採点アルバイトで個人的な収入があるからで、金銭感覚の面においてはむしろこの銀髪少女の方が私よりも遥かにしっかりしているだろう。


「明菜の言いたいことは何となく分かったような、分かんないような感じだけどー。

 でも、ね?

 ……実は、今日1個だけお揃いで買ったものがあるんだよっ!」


「えっ、あったっけそんなの――」


 ひなのさんは、私が言い切る前に、持っていた抹茶のボトルを掲げる。


「このインクボトル風の容器……こんなに映える形なのに、ここで捨てちゃ勿体ないよ、明菜。

 これは持ち帰って、一緒に部屋に飾ろうよっ、ねっ!」


「……そうだね」



 ちなみに、この余談としては。

 私はリードディフューザーとしてアロマ用途で使うことにしたのだけれども。ひなのさんはキッチンで砂糖入れとして使っていることが分かり、何というかインテリアとしての使い道1つでも全然性格って出るもんなんだなあ、とお互い笑い合うことになる。

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