第18話 秋に向けて
新学期が始まった。
創作のお嬢様学校だと、こういう長期休暇明けは『わたくし、パリに2週間行っていましたわ』とか『ありきたりですけどハワイへ……』とか『モルディヴのプライベートビーチに久しぶりに行ってまいりましたわ』とかそういう海外旅行マウント合戦になることもあると思う。
……まあ、あながちウチの学校の現状と照らし合わせても全部が全部、嘘というわけではない。確かに、クラスメイトの友人の中にも夏休み中に海外へ行っている人はそれなりに多く居たし、国内勢でもお金持ちらしく避暑地に所有している別荘へ行ったみたいな話もちらほら出た。
――ただし。
「両親がすぐ近くに居る展覧会だと、親を差し置いて座れないんだよねー。あれは、マジで太ももがパンパンになるって!」
「ウチは南仏に行ったんだけどちょうどゼネストに巻き込まれて電車は止まるし、渋滞もヤバくて結局ほとんどホテルに缶詰状態とかある? ……おかげで宿題は終わったけど無いわー」
「こちとら、別荘の草むしりで夏休み終わったんだが!」
……こんな感じで、憧れ要素皆無な話ばっかり飛び出てくる始末である。そもそも数日ならともかく1ヶ月丸々に近い期間を海外で過ごすということなら、子どもはともかくとしても両親の仕事関係の話もまとめて向こうでやる魂胆の旅行……というか出張にはなるだろう。
友達の親がどんな仕事をしているかがマジで謎だから、お父さんみたいな勤め人と同じ休みの取り方が出来るかどうかすら不明である。その意味で言うなら、ひなのさんの実家のイカ漁も休みをどう取得するのか分からないが。
また別荘というといかにもなお金持ち要素っぽいが、これも中々地雷である。森の中のコテージとか、オーシャンビューのガラス張りの別荘! とか何も知らなきゃ羨望の極みではあるが、前者は湿気によるカビや苔の繁殖、草による排水障害、つたによる外壁の被害など、後者は塩害によるサビとか強風などによる自然災害などの影響を受けやすいとのこと。
いつも住んでいる家なら雨漏りとかしていればすぐに気付くが、年に数回使えば良い方な別荘だと、知らないうちに被害が広がっていたなんてのはザラにある。
勿論、保守や点検を業者に委託することも可能なわけだけれども、やっぱり普段使いの物件と月1回程度の見回りや清掃では、発見できる不具合にどうしても差が生じてしまう。
だから別荘持ちの人たちは初日は、ほぼまず間違いなく家の総点検からスタートする羽目になるみたい。草むしりの子の家庭は、ちょっとおざなりにされていた部分もあったみたいで、管理会社を変更することを決めたらしい。
まあ、お嬢様学校だなあと内心思ったのは、草むしりの子に近い別荘地を所有している他の子から管理会社の紹介があったことかな。こういうところで庶民擬態が剥がれるのはちょっと面白い。
もっとも、そんな別荘の子たちよりも更に可哀想だったのは、吹奏楽部にも所属している中学のときにシンガポールでの国際吹奏楽祭に参加した人。どうやら夏休み中に国際コンクールがあったらしく、吹部の練習を休みがちになった挙句、コンクール用の特訓を重ねた結果、夏休みの宿題がまだ終わっていないとのこと。確かに、あの量の宿題を並行でやるのは不可能だよね、うん。
逆に一番夏休みを楽しんでいたっぽいのは、クラスでは結構仲の良い腕時計がトレードマークの子で、彼女はオーストラリアの宝飾品展示会に親の付き添いで見に行って、そこで最新の時計を見せてもらったりしてほくほく顔だったみたい。ファミレスとかカラオケとか普通に行くのに時計ガチ勢というね。
まあ、そんなこんなでこの朝の時間はお土産交換会となる。8月中旬くらいにはこっちに戻ってきている子が多いので、基本は日持ちするお菓子。そして同じ寮の相手には既に渡しているケースが殆どなので他3寮の友人に渡すのがメインとなる。多分、ひなのさんは太宰治クッキーを1組の子たちに配っているだろう。
ちなみに私は、お土産としてエビフライの形をしたせんべいを選択している。味はタルタルソース味で、ちゃんとエビフライの上からタルタルソースをかけたような見た目になっているのが高ポイント。
名古屋の日持ちする煎餅は、安牌の金ぴかなえびせんがあるのだけれども、敢えてずらした理由は、見た目の奇抜さと真新しさ。どうにも結構最近登場したお菓子らしく、確かに私もこれまで見覚えがなかった。これを他寮の友達にだけ配布すると、まあまあ高評価であった。
*
夏休みの課題提出と、確認テストが授業の過半を占める。
例のピアノコンクールの子を始めとして何人かの生徒は、授業時間割とにらめっこをしながら、どの課題を『やってきたけど持ってくるのを忘れた』枠にして、どの課題を無理やり間に合わせる枠にしようかという脅威のタイムスケジュール組みをしていた。彼女たちのスケジュール管理能力は、普通に社会人としても即戦力レベルの見極めができているように思える、知らないけど。
そして、夏までの授業がこれまでの準備期間というか中学のおさらいであったか、と思うくらいに加速度的に難易度が上がってきている。夏休みまでは暗記ばっかりであった古典の授業とかが、少しずつ着々と応用編に入ってきたというか、覚える内容もありつつも、暗記だけでどうこうなる世界ではなくなってきた。
そんな高校の勉強の恐ろしさをひしひしと感じつつ数週間。9月の半ばくらいに入ってからのホームルームの議題は専ら……これであった。
「……じゃあ、今日今まで出し合ってきた中から、文化祭の出し物決めるよー」
教壇の前に学級委員長が立ち副委員長が黒板の板書を担当する、いつものスタイル。ちなみに委員長も副委員長も私の友達グループの人間ではないので、大人数で1回遊んだことがあったか……? というレベルの付き合いしかない。日常会話くらいはするけどね。
こういうとき、お金持ち学園創作あるあるでは文化祭準備を業者に委託したり、家のとんでもない私物を持ち込んだりして学生のハンドメイド感を破壊してくるパターンがあるとは思う。
ただ碧霞台女学園では3日間の文化祭にかける準備において、クラスごとに使用できるお金の上限が決まっていて、過度な私物持ち込みは禁じられている。……まあ、そういう意味では普通の文化祭、というわけだ。『過度』って辺りに若干の自己裁量制を感じるが、そこは『庶民擬態する気があるなら分かっているよな?』という学校の無言の圧力だろう。
そして本物のお嬢様的は、文化祭に煌びやかで高価な代物を持ち込むことよりもそういった不文律をしっかりと遵守する方に動く。暗黙のルールを守れないお嬢様ということが露呈してしまう方が彼女たちとしてはヤバいからである。……まあ、ほぼ執事お爺様が務めているとこの、件の『お嬢様』情報ではあるのだけれども。
閑話休題。
そして更にこちらは成文化されているルールだが、火気の持ち込みは文化祭においてもやっぱり生徒主導では不可能で、飲食物の提供もアウト。火災や食中毒リスクを鑑みればそれはそう。ついでに言えば、食品系は学校側でフードコート的なのが用意されるとのこと。
後は、ミスコンみたいな生徒同士で優劣をつける催しなども禁じられていたり、完全に光を遮って内部を真っ暗にしたりするのもNGだ。この辺りは風紀的な問題だろうね。
そうなると、結構やれることが絞られてくる。
……とはいえ。連日の話し合いで実質的にはもうほぼ決定していると言っても良かった。副委員長が今まで出てきた案を全部書き出して、委員長が多数決を取りさくっと決まる。
「というわけで私たち1年2組は『カジノ』で決定でーす、拍手ー」
定番、とまで言えるかは分からないが、けれども割とあるあるなところに落ち着いた。すんなり決まったのには理由があって、実はこの学級委員長、親が海外カジノにおいてピット・ボスをやっているらしい。そこで出てくる親御さんの職業がディーラーではなく管理職の方な辺り、ウチの学園って感じがするよ。
ただ委員長の弁舌能力は本場のディーラー仕込みなので、コミュ力はとんでもなく高い。
で、その流れのままに文化祭当日までの役割分担を決めることとなる。
カジノ接客は一応ローテーションを回して全員が一度は接客につく感じで。まあ裏方含めて10人ちょいくらいは常駐する必要がありそうだが、その辺りの日程調整はおいおいって感じになった。
問題は事前準備の方。
取り敢えずトランプゲームとルーレットをやることになったのだけれども、トランプは100円ショップから調達してくるとして、ルーレットはそう易々と手に入るものじゃない。……まあ、クラスメイトの中に私物持ちが居る可能性はゼロではないが、それは碧霞台女学園においては禁じ手なので、DIYすることになった。だからまずはルーレットやベットするチップコインの作成班が1つ。
次にメインのディーラーは、そのまま学校の冬服着用でいけば良いか、ということになった。アッシュグレイのブレザーに真紅と白のストライプのネクタイだから、雰囲気さえあればディーラーっぽく見えないこともないだろう、たぶん。
で、裏方の人員はクラスTで構わないが、そもそもクラスTのデザイン自体も大分カジノに寄せようということで、黒を基調としたポロシャツになった。……どちらかと言うと、カジノというよりカラオケボックスのスタッフ感はあるんだけど、まあいいか。
問題は、そんなクラスTと制服の着替えスペースがバックヤードに必要になったこと。そうした教室全体のレイアウトと、カジノっぽい装飾を任せる内装班が2つ目。
そして、委員長の提言で接客自体はクラス全員のローテーション管理だが、支配人というか全体を見渡して、忙しいところにはヘルプで入れるディーラーの責任者を置こうということになった。これには勿論、知識のある委員長がメインで携わることになったが、文化祭日程自体は3日間あり、3日間ずっと委員長をクラスの出し物に拘束するわけにもいかない。だから、ローテーションも鑑みて5人程度このディーラーの取り纏め役を置くことになった。
基本は準備期間はこの3職に分配されるが、作成班・内装班にてメインで動く人員とディーラー責任者だけを固定して、そのほかの子たちは一応どこに所属するかは決めるものの流動的に動いて良いことにすることに。
そこまで来て、委員長から鶴の一声があったのである。
「――それで、ディーラーの取り纏めなのですが。私から推薦したい人が何人かいて、嫌じゃなければできれば受けてもらえると――」
*
「……それで。明菜は、ディーラーの責任者になったわけ?」
「まあ、うん。そうだね、ひなのさん」
久方ぶりのひなのさんとのティータイムにて、お互いのクラスの文化祭についてのトークに花が咲く。ちなみに、ひなのさんの居る1組は、一番ベタなお化け屋敷を取っていっている。上級生との抽選バトルに勝ったとのこと。ついでに言うと部屋を暗くするのが規則的にアウトなので、お客さんにはサングラスを着用してもらうことになったらしく、これは碧霞台女学園の文化祭お化け屋敷に伝わる代々の伝統らしい。
「――でも。いくら明菜とはいえ、流石にカジノでバイトしてたー、なんてことは無いんでしょ? じゃあ、何で2組の委員長さんは明菜に薦めたのさ?」
「……姿勢の良さ、だって」
「あー……そういう……」
文化祭のカジノのディーラーに技量なんて誰も期待していない。だからこそ、重要なのは見た目、見栄えである。
としたときに、ピアノ奏者として、あるいは指揮者として歩き方の特訓を積んできた私が、姿勢の良さで抜擢されてしまえば、正直納得感しか無かった。
そこに、楽器が弾けることの手先の器用さだとか、指揮者として観客の前に立つ胆力だとかを並べられてしまうと断りにくい。現に例の夏休みに国際コンクールに命を懸けたピアノ少女もまた、委員長から直々の指名を受けていた。
「というわけで、ディーラーのメイン組は準備は手伝い半分くらいで、ウチのクラスの出し物になる全部のゲームでディーラーになれるように、委員長から特訓を受ける感じに……」
「それはそれで面白そうじゃんー。2組の出し物も楽しそー!」
「ひなのさんは、お化け役に立候補したんでしょ? そっちの衣装選びとかも面白そうだけどね」
「えへへ、まーねー!
……あ、でもでもっ! 明菜の方が、何か色々大変そうだから、クラスは別だけど、私に出来そうなことがあれば手伝うよっ!」
ひなのさんは銀色の髪を左右に揺らしながら私にそう言ってくれた。彼女のことだから、若干の誘導も含蓄された言い回しであり、それは即ち私がある程度その類の小さな悩み事を抱えていたことを看破されていた、ということの証左なのかもしれない。
……いや、どこまでこの不思議少女が戦略的に動いているのか分からないわけで。
「……委員長からねえ。『澄浦さんは、邪魔になるかもしれないから本番のときだけ髪を縛った方が良いかも』って。
ひなのさん、ディーラーっぽいヘアゴムとか知ってる?」
「えぇー! そんなのあるのー?
別に普通のでも良いと思うけどなあ……って、でも明菜って髪長いけど、縛っているとこ見たことないね」
「まあ、もうこの髪型で慣れちゃってるし……」
そう言いながら私は、自分の黒髪を軽くいじる。そうしたら、ひなのさんが思いついたように私に提案してきた。
「あー、じゃあそういうことならさ。ディーラーっぽい……ってのは、ちょっとよく分からないけど、探しに行ってみる?
平日……は、お互い文化祭の準備があるか。なら、今度の週末でどう?」
「あ、なんか私の買い物に付き合わせちゃって悪いね。
土曜日で良い、ひなのさん?」
「おっけー」
何というか軽いノリで決まったのは良いんだけど。
「……ってかさ。ひなのさんとまともな買い物に行くのって……初めてじゃない?」
「うわっ! ヤバっ、私たち!」
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