第23話 夏の延長戦
私が文化祭のときに付けていたモノクルは、使用後にひなのさんに返した。私にくれると彼女は言っていたけれども、そうは言ってもウチの出し物の景品として獲得したのはひなのさんなのだから、幾ら私に付けさせるための行動とはいえ貰うのは何か違うなと思ったので断った。
すると、改めてその銀髪少女の私室に赴いた際には、いつの間にやらモノクル用のケースが購入されていた。いや、これ元は100円ショップの伊達眼鏡だから、そんなに厳重に保管しなくても良いのだけど……。
ちなみに真っ黒い正方形型のケースなので、なんというか指輪やらメダルやらが入っていそうな仰々しさのある入れ物である。普通に恥ずかしいよ、これ。
ちなみに、私はしばらく使用しないヘアアクセサリーがこの文化祭用途で増えたので、それらはウォールポケットを使って壁に掛ける形で収納した。部屋の見栄え的に例のインクボトルで作ったアロマの近くの壁に掛けたのだが、私の部屋にひなのさんが来たときにはそれを目敏く察知して、ちょっと顔を赤くしていたのを私は見逃さなかった。
それはともかく。
文化祭と中間試験の同時攻撃を受けた私たち碧霞台生は、その疲弊状況からハロウィンは殆ど何もしなかったという女子高生にあるまじきイベント意識の低さが出ることになる……一応、文化祭で先取りハロウィンっぽい出し物をしてた部活もあったので、完全スルーというわけではないけどね。
そしてしばらく多忙だったところから、急に秋休みに入ったことで学校すらも無くなって『1日ってこんなに暇だったのか……』という驚きを感じつつ過ごすこととなった。文化祭の打ち上げとして秋休み期間中に、前にひなのさんと行った食べ放題バイキングのお店にクラスで予約して行ったりとか、久々のローズマリー寮でのバーベキュー大会秋版、後は友達と普通にカラオケなどをして、結構ゆったりまったりと休んだ。
で、案の定というかやっぱりなんだけど、ひなのさんはバーベキュー不参加だった。まあゴールデンウィークのときと言い、こういう休みのときって意外と私とひなのさんって遊ばないんだよね。どちらかと言うとクラスメイトの友人とかを長い休みのときは優先しているような気がする。
まあ、お互い帰宅部だからいつでも遊べるか、という気持ちが無いわけではないはず。
そんな感じで秋休み明けを迎えて。
朝食時にメッセージアプリでひなのさんから『今日も清水寺行ってきた!』というメッセージとともに、放課後に彼女の部屋に誘われたため、授業が全部終わってから彼女の居室へと向かった。
*
「……えっと、ひなのさん。部屋でお香焚いてる?」
「だってだってー! 明菜の部屋って、アロマを置くようになってからめっちゃいい匂いがするじゃん!」
部屋に通されると、採点バイトのプリント類が置かれている机とは反対側の棚にちょこんとペーパータイプのお香が受け皿に置かれていた。
「……ペーパーインセンスって、また一般的じゃないものを……。
私の使っているリード式のアロマの方がメジャーでしょうに」
ただ肝心の香りの方は、流石に奇を衒ったものではなく、普通のウッド系の香りだった。……というか、多分これ七夕のときの練り香水にかなり近い香りだね。
ペーパーインセンスの燃焼時間は数分程度と極めて短い。お香初心者の人にピンと来る説明をするならばお仏壇の線香やら、ぐるぐるの蚊取り線香やらが燃え続ける時間と比較してみるとその短さが分かるだろう。
つまり受け皿で燃えているのが視認できた時点で、この不思議少女は明らかに私が来るタイミングを見計らってお香を焚いたことになる。
しかも、その香りが七夕のころから一貫しているとなれば、私の嗅覚にひなのさんのことを条件付けようとしていると考えて良いだろう。……もしかして、練り香水を使った七夕のときから、お香に応用可能なことを考えて香木系の香りを選んでいたのなら末恐ろしい。
ちなみに私のアロマの香りはベリー系なので、割と初心者向きではあるはず。
閑話休題。
香木の香りで満たされたひなのさんの部屋だったが、私はいつもの定位置となった、いつの間にか2つに増えていた座布団に座る。それとともにひなのさんは飲み物を出してくれるが、どうやら私が定期的に補充している紅茶の茶葉も、彼女が普段飲んでいるコーヒーでもなく、温かいほうじ茶だった。
お香のフレーバーとの相性を考えてのことだろう。こういうところをしっかりと把握して飲み物を変えてくる辺りは、繊細さと気遣いを感じる。
そんなほうじ茶を一口。……朝のメッセージ的にはこれも清水寺の清水を使っているはずなんだけど、飲み物が変わっても私の口では水の違いを判別することはできない。美味しいんだけどね。
「で、ひなのさん。今日は一体どんな用事で私は招集がかかったの?」
「ふっふっふっ……。11月に入ってから明菜成分の補給が出来ていないので、給油したいと思いますっ!」
「給油って私は油なのかい……。
――まあ、つまりあれでしょ? 普通にどこか遊びに行く相談ってことね」
「そうとも言う!!」
何というかいつも通りと言えば、いつも通りである。しかし11月ってことを考えるとちょっとなんだろう、あんまりこの時期ってイベントごとは多くないよねえ。碧霞台女学園限定のことなら創立記念日は今月だけども。
「うーん……あっ。
それならちょっとベタなんだけども――」
「明菜、ちょっと待って。 いっせーの、で言おうよ! 同時にね?」
「え、まあ別に良いけども……」
「よし決まり!
じゃあ、早速いくよ! いっせーの!!」
「――紅葉狩り?」
「――プールに行こう!!」
……。
ひなのさんが壊れた。
*
「……11月に泳ぐのは寒すぎない? 狂気じゃんそれ」
もしかしたらひなのさんって北国出身だから、京都のことを東南アジアかなにかと勘違いしているのかな、って疑いの目を向けたら、ジト目で返された。
「屋内の温水プールとかに行こうってことだよっ! 今更屋外とか地獄でしょ!?」
「えーでも、温水プールだとしてももう結構寒そうじゃない? 濡れた髪で寒空に当たる感じがちょっとイヤかも……」
「ちゃんと更衣室で乾かそうよそれは。
ってか、それを言うなら京都で紅葉ってのも、あまりにも王道で激混みするっしょ? 私、混み過ぎている場所あんまり好きじゃないんだよねー」
このやり取りの中で、ちょっと驚いたのはひなのさんが私の意見をストレートに否定してくる言葉をオブラートにすら包まずに言ってきた、ということ。
話を聞きたくない、行かない、みたいな行動の是非については彼女は包み隠さず語ってくれるが、その時の内面というのは実のところ彼女は結構隠していることのが多いというのには私は既に気付いていた。
それは、わざわざ不興を買いやすい発言をしないという彼女の処世術であることは分かる。けれども、私に対してそういう部分をオープンにしたというのは、私がいちいちそれくらいで目くじらを立てることはないと理解しているか、あるいはひなのさんが引いている人間関係の線引きの1本中に入ったのか。
いずれにしても、七夕のときには確実にあった傷つかない距離感の維持が徐々に消えつつあるということであった。
でも、こんな時期にプールは、そんな彼女の頼みでもやだので追撃する。
「……というか、さ。ひなのさん、中学のとき水泳部にも所属してたって夏休みの時に言ってたよね?」
「むむむっ。でも夏が終わったら筋トレと走り込みしかしない部活になって、それが理由で辞めたから、温水プールでも寒いかどうかなんて知らないもん!」
「……なんで、今まで秋の終わりとか冬場でプールに入ったことないのに、突然今回はプールに行きたい、って言い出したの?」
どうやら、この切り返しはクリティカルだったようで、ひなのさんのワインレッドの瞳が動揺からか大きくブレた。そこから数秒硬直した後に、再起動した彼女は瞳に私を写しつつ答えた。
「……だって、明菜は今年の夏にプールとか海って……行ってないんでしょ?
ちょっと時期は外れてるけどさ。やっぱりそれはもったいないって――」
「――ひなのさん。
……もしかしてだけどさ。
私の水着……見たいだけ、だね?」
「……。
……それもあるっ!」
私は嘆息しつつも、納得する。
今年の文化祭において、ひなのさんは妙に私のいつもとは違う服装・髪型を褒めていた。これもまた、きっとその延長線上にあることなのだろう。もっと、私の普段と異なる姿を見たい……そう彼女が考えたときに、きっと繋がったのだ。
私が今年は海水浴などに行っていないと話していたことに。一石二鳥というか一挙両得というか、ともかく気付いたのだ。これからでも、通年でオープンしている温水プールに行けば間に合うということに。
概ね私の為を思っての行動だし、それ以外の私利私欲の部分にしろ私の異装を求めてのことだと考えれば……まあ、そんなに悪い気はしない。それが水着であるという点にさえ目を瞑ればね。
だけど……うん。
お互い様なのかもしれない。今年、夏っぽいことをあまりしていないのは自分でも感じていたし……、その最後の夏の思い出である京都水族館も、ハプニング続きだった。
その『夏の延長戦』だと思えば……まあ――。
「――いやでも、11月にプールは無い」
「今、完全にOKしそうな雰囲気だったじゃん!!」
「だって、やっぱ寒いのイヤだし。
ひなのさんはショートボブだから良いけど、私は髪を乾かすだけでも時間かかるから」
「ぐぬぬ……明菜が髪型を変えないように口出ししたのは私だから、そこ言われると弱い……。
――よし、じゃあこうしよう! 私の希望と明菜の希望。両方同時に満たす場所なら……どうよ?」
「えっと……つまり?
温水プール的な場所で、紅葉狩りもできる……そんな場所ある?」
「……無さそう」
――しかし。
私たちは京都という場所を舐めていた。
「……京都市の隣にある山間の場所。紅葉シーズンはこれから」
「――それでいて、水着着用必須の温泉。日帰り入浴も出来て1000円台……」
「何より市内から電車と送迎バスで大体1時間半くらい。休みの日に行けば夕方には学園に戻って来れる」
「まさかここまで条件に合致した場所があるとは……」
「プールじゃないけれど、水着は着れるから夏の残滓は一応あるし。
温泉なら寒くはないから明菜の条件もクリア。この辺りが落としどころじゃない?」
妥協……というには、あまりにも高回答すぎるが、しかして私たち2人だけの11月メインイベントは決定したのである。
「……となると。いつ行くかだけど。
実質一択だよね、ひなのさんが混雑があまり得意じゃないって言うなら」
「まあ、並の混み具合なら大丈夫だけどさ。でも避けられるなら避けるに越したことはないから。
平日だけど私たちは学校が休み――創立記念日しか無いでしょ!」
創立記念日温泉日帰りが確定した瞬間であった。
*
「――あ。
でも、その前に明菜の水着も選ばなきゃだね」
「ひなのさんは新しいの買わないの?」
「いや、私は夏ので良いでしょ。明菜はまだ私の水着の実物は見てないわけだし」
なんかナチュラルにひなのさんが買い物についていく流れになっているけど……まあ、良いか。
「……というか、この時期に水着なんて売ってる?」
「あ、それなら問題なし!
四条河原にある百貨店の中に、通年で水着が売っていることは確認済み!!」
「……やっぱり、ひなのさんの中で私に水着を着せるのが確定事項だったぽいね」
四条河原……京都でも随一のショッピングに適した繁華街。ちゃっかりリサーチ済みであったひなのさんの計算通りであるところには、ちょっとだけ思うところがあるけれども。
――その場所は、偶然ではあれど私たちが初めて一緒に学校外で行動を共にした『京都市学校歴史博物館』があるエリアであった。
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