黄金くじら 「テレジー」

「ピノ、お待たせ。出来た」


 その呼びかけに、僕は閉じていた目を開いた。眠れていたのかは分からない。ずっと耳に、君の槌の音が聞こえていた気もするから。


 今夜は、僕らが迎える最後の夜だ。

 星空は見えない。

 今は部屋の中ってことと、目の前の君の炎のせいだけれど、すぐ外もアイツのギラギラした光でどうせ星なんて見えやしない。

 大地の夜景が、星空のよりも美しいと誰かが言ったけど、その人は昔話を信じているだけだと僕は思っている。


 でも、これから僕が向かう戦いは、星空を取り戻すなんて感動的でロマン溢れるものなんかじゃなくて、ただ自分達がうるおう為に、奪って奪って、一つの命を終わらせる。ただの略奪だ。

 いや、命は三つかな。上手くいけば、だけれど。


「ありがとう、テレジー」


 君が造り上げたのは、そんな略奪の為の、僕が振るう武器だった。僕より頭一つ分は大きい、太く無骨な、柱のようなそれ。君は地面に突き立て、左腕で支えながら僕に渡した。

 もっとも、もう君の右腕は無くなって、深紅の炎をしたたらせているんだけれど。

 キィっと石床と金属の擦れる音。

 重いだけなのか、片腕で支えきれていないのかは分からない。けどその小鳥のような武器の鳴き声は、嗚呼、君が造った物なんだねと、僕を納得させた。





 黒炭の民ねんりょう

 テレジーと僕は、そう呼ばれる種族の生き残り。

 黒髪、黒目という以外はそこら辺の人と見た目に変わりはない。ただ僕らの断面は黒く、身体は石のように硬く丈夫だ。そして血液の代わりに炎が体内を巡る、一人ひとりが、を持ち生まれながらも、国の使い捨てねんりょうにされた種族。


 大昔はもっと居たらしいけど、僕はテレジーと、もう一人の友達しか知らない。

 多分、最後の三人。

 大きな国に仕えていて、その国に富を与えることを使命とした種族だったらしいけど、僕たち三人になってからは声も掛からなくなった。

 忘れられたのかなと、そう暢気に話していたら、君は首を振った。


「違う、国は死にかけてるだけ。に呑み込まれかけてるだけ」


 ふーんと、それくらいの感想しかなかった。このまま君と静かに過ごすのも良いなって思っていたから。でも君はそんな僕に、瞳に炎の意志を宿して断じた。


「ダメ、ピノは名前を残すの。わたしがくじらを殺す獲物ぶきを造るから、国を救う英雄に。のピノが」

「国を救いたいの?」

「違う。怒るよ」

「もう怒ってるよ」


 今日に至るまで、何度かしたやり取り。本気なのはすぐ分かった。いままで君が引いてきたどの設計図よりも大きく、そして不格好な武器が描かれていたから。


「僕にしか使えないね」

「当たり前。これはピノの為だけの剣」

「うん、でもこれを造ったら君は……」

「いいの。きっとあなたも来てくれるから」


 そしてテレジーは造り上げた。その身体を代償ねんりょうに。





「時間がない。聞いて、ピノ」

「うん」


 そう返事をしながら、僕はテレジーから武器を受取る。僕の膂力チカラなら片手で使える。問題ない。

 もう一方で、君のことを支えようとするけれど、


「聞いて」


 と、君は首を横に振る。炎が滴る肩口から少ししかない右腕が、ボロッと崩れる。あっと思わず声が漏れるけど、テレジーは表情一つ変えない。そんなことに構うほど時間はないのだと、こちらを見つめている。

 最後の時間。それは僕も君も分かっていた。


「これはピノの為の剣。だけど、最初は釣り竿、次は杭、最後は花火になる。剣の芯に、わたしの腕が入ってる。それを通して、ピノの着火チカラが通しやすくなる。そう造った」

「うん」

「釣り竿の針は一回だけ。の展開にはわたしの心臓を、使って。……お願い」

「……」

「お願い、ピノ」

「……うん」


 そう説明するテレジーの身体は、無くなった右腕のところから少しずつ崩れ続けていた。滴るだけだった炎が、胸のあたりから噴き出すように上がる。その炎の勢いが、顔まで延び、僕が好きだった君の顔を隠す。

 剣を左手に持ち替えて、炎に構わず右手で頬に触れると、今度は君はそれを遮らなかった。

 僕の手に左手を重ね、じっとこちらに顔向けた君は、ふっと笑う。見えなくても、口元が上がるのが伝わってくる。


「最後の花火、手元の装填口、分かる?」

「……うん」

「そこにはピノが」


 そう告げる君は、うつむいた。申し訳なさそうに。でもそれが嬉しかった。

 一緒に来て。そういう意味だから。


「そう言ってくれるの?」

「……一人は、嫌」

「ありがとう」

「ん」


 僕はそっと武器を置き、君の左腕を君の背中に回す。

 もう、君はそんなに残っていない。


「ねぇピノ」

「なに?」

、連れてこないでね」

「最後にそれ?」


 僕はちょっと拗ねたように言う。君はハッキリと、フフッと笑った。


「うそ。好きよ、ピノ」


 僕も。そう言おうとして、君は居なくなった。煌々と輝く心臓を遺して。

 僕はその炎を見つめ、剣の先端部作られたの装填口にそれを収めた。三角錐状で、まだはない。蓋を閉じると、白熱することもなく収まった剣を確認し、


「さすがテレジーだ」


 そう、一人呟いた。




 それから僕は、二人で過ごした家に火を放った。もう戻らない。もう、君は居ないから。

 寂しいけれど、涙は出ない。僕はから。

 最後に僕は、赤く燃え上がる家を振り返った。工房でもあり、二人の家。


「行ってきます」


 テレジー。君はもう居ないけど、君が造った僕の為の剣を掲げ、また君に会いに逝くよ。





 

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