人知れず造られた僕の為の剣
つくも せんぺい
黄金くじら 前語り〜螽斯〜
彼は
詩人であり、歌い手であり、
いま、彼の眼前には、地平一面に広がる黄金の砂漠。
いま、彼の眼下には、陽を照らし流れる黄金の大河。
手のひらに掬い取ると、指の間を抜け、あたたかく、水のように留まらない黄金。
風が砂のように舞わせ、清流のように滑らす。
「この地で間違いない」
螽斯はそう独りごちる。
つい先日まで、彼は生死の境を彷徨っていた。
左目を保護する眼帯。剃り上げられた頭には、包帯が巻かれており、覆われていない新緑の瞳をたたえる右目の周りに刻まれた傷は、まだ鮮やかに赤い。杖を持ち、ゆっくりとしか歩めない状態であった。
だが彼はここに来た。
覚醒し、灼けるように乾いた喉を潤し、歌えることを確かめ、一日。
立ち上がれないことを知り、強張った身体に意識を巡らし、また一日。
杖を突き立ち上がり、足を引きずれるようになるまで一日。
歌いながら、歌いながら、一日でも早くこの地で謳うために、確かめるために、彼は痛みを殺し自身を奮い立たせた。
そして更に数日を経て、彼はこの黄金の砂漠に自らの足で立っている。途中まではたまたま出会った道連れに、横に乗せてもらったが。
その金色の光景に圧倒されながらも、彼はゆっくりと辺りを調べる。
一面の黄金は所々隆起し、影を広げ、この光景が決して穏やかにここに産まれたわけではないことを物語っていた。
その推察を確信に変えるのは、彼が見舞われたあの一夜の衝撃と、眼前の黄金に不似合いな、一本の杭。
剥き出しの煤けた鉛色に、上部は焦げついたようにさらに黒く汚れていた。中央は穴が空いており、地面に向かう側は空洞だ。
墓標か?
否である。
突き立つ杭に刻まれた文字は、上下反対になっておりその予想を否定する。
掠れて一部しか読み取れないが、こう刻まれている。
『テレジー』
この杭の名か、作り手の名か。
無骨な杭に、ひどく繊細な文字。女性的ですらある。
その文字を見た時、和らいでいた左目が疼き痛み、彼に伝える。
「なるほど」
螽斯はその眼を閉じ、独りごちる。
彼は、これは剣だと理解する。
ここには一頭の黄金のくじらが居たはずだ。
彼は口ずさんだ。
観客は居ないことを忘れているような、情熱的な歌を。
始めはこうだ。
さぁ、物語を始めよう。
私が教えよう、この地の真実の物語を……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます