第36話 アマーリエ王女の役目
「アマーリエ、王女であるあなたがこんな辺鄙な場所にある教会にまでやってきたのには理由もあるし、あなたにはきっと大切な役目が与えられているんだね」
そう言ってシワシワの手で私の頭を撫でながら私を抱きしめてくれたのが、ばば様だった。
至高の聖女であるばば様は、王家から遣わされて修道女となった私の世話役を引き受けてくれて、最初の一年ほどは、寝る時も一緒の部屋を使っていたのだった。
「きっと光の神様の差配だよ、アマーリエはきちんと役目を果たさないといけないよ」
「ばば様、光の神様は聖女の敵じゃないの?」
「ははは、おかしな事を言うね?聖女とは光の神様の御使のことさね。我らは光の神様の僕でしか無いのだから、敵であるわけが無いんだよ?」
「でも、司祭様がそうおっしゃっていたから・・・」
ばば様は私の頭を優しく撫でながら、こっそりと囁くように教えてくれた。
「欲に駆られた奴らの行き先なんかは決まったもので、今は良くても後で悲惨な目に遭うのは目に見えているのさ。王家から遣わされたアマーリエはきっと、見届ける者でもあるのだろうね」
ばば様は、これは二人だけの秘密だよと言ったので、私はばば様の言葉を心の中に仕舞い込んでおいたのだった。
今まで何度死のうと思ったか分からない。
今まで何度、逃げ出そうと思ったか分からない。
苦しい日々は永遠に続くかのようにも思えて、何度も、何度も、心が折れてしまうかと思った。
だけど、ばば様が、私に役目があると言うから、王族である私が見届けなければいけないと言っていたから、歯を食いしばって耐え続けていたの。
時には鞭で叩かれ、木の棒で叩かれ、満足に食事すら与えられない事もあったけれど、誰も助けてくれなかった。3番目の側妃様にはいつでも報告をしていたけれど、決して私を助けてはくれなかった。
末端の王女である後ろ盾の一つもない私が生き残るのは本当に大変で、ばば様の言葉がなければ、ばば様が譲り渡してくれた力がなければ、きっと私は死んでいただろう。
洪水の被害を受けたスブラの街で癒しの力を使ったのも、それがばば様から言われた役割だと思ったから。
バレアレスの王妃を殺すと言って逃げ出したカンデラリアを追ったのも、それが自分の役割だと思ったから。
何かに導かれるように進み、侯国から戻って来たアデルベルト陛下と合流出来た時には、全てが光の神と、死んだばば様のお導きであると理解した。
無茶を言う私の要求に従い続けてくれたのは、スブラの街から私について来てくれたツェーザルで、彼は私を乗せたまま馬を走らせ、王宮の門を突破し、庭園の花壇を飛び越えながら最速で移動してくれたのだった。
聖地とも言える美しい庭園の中では、すでにカンデラリアが死体となって転がり、倒れた女性を取り囲むようにして人だかりが出来ている。
「お願いします!どいてください!どいてください!」
侍女に抱き上げられ、陛下が手を握るその女性はすでにこときれる寸前となっている。
「ああ・・・よかった・・・」
白金の髪を緩やかに結い上げた美しい人の腹部には根元までナイフが刺さっていたけれど、心臓じゃなくて良かった。
「私なら助けられます、少しどいてください」
この国の王を端に押し退け、その場に座り込むと、美しい人の傷にばば様の力を注いでいく。ナイフをすぐに抜いてしまえば失血してしまうので、血の流れを止めながら少しずつナイフを引き抜いていく。
ちょうど、今いる場所がバレアレス王国の聖地とも呼ばれる場所で良かった。
薔薇の枝葉が大きく揺れだし、大地の力を吸い上げるようにしてこちらの方へと送ってくれるのだ。
「貴女が死んではだめなの・・・戻ってきて・・・」
彼女は神の血を引く人、白金の髪色から察するに、聖国カンタブリアの王家の姫なのだろう。姫巫女は神に愛される御子であり、神に仕える聖女とは異なる存在。彼女の魂が奥深くに潜り込み、何処かの世界へと旅立とうとしている。
その魂を光の糸で掬い上げ、この世に残るようにと懇願する。
「芹那・・・芹那・・・」
私の隣に座り込んだ王様が、ほっそりとした御子の手を握って自分の額に押し当てながら懇願する。その願いが新しい力となって御子の魂を呼び止める。
「芹那・・帰ってきて・・芹那・・・」
「敦史くん?」
傷口は塞がっている、貧血症状は残るだろうけれど、それ以外は問題ないはず。
ゆっくりと、輝くような金色の瞳を見開いた御子は、王の頬を優しく撫でながら言い出した。
「ごめん、敦史くん、私とことん運がないし、二択となったら絶対に行っちゃならない方に行ってしまう習性なの。ルーレットしても、いつでも破滅の道にしか進めない女なの」
「芹那・・・」
意識が戻ったみたいだけど、意識が混濁気味なのかな・・・
御子の言う言葉の意味がよく分からない。
「知らぬ間に異世界転生、生前の記憶に気が付くのが婚約破棄の一日前でも10分前でも5分前でもなく・・なんで今なの・・これってどういう事・・・」
全くもって何を言っているからよく分からない。
バレアレス人だったら理解できるのかと、御子を抱き上げている侍女さんを見上げたけれど、侍女さんにも言っている意味が理解出来ていないらしい。
陛下は侍女から受け取るような形で御子を優しく抱きしめると、優しく、御子の唇に自分の唇を落とした。
他国の王族のラブシーン、近くで見てたら不敬で処分されるかも・・
抱き合って咽び泣く二人から離れながら、バレアレス王国では意味不明な名前で呼び合うのが流行りなのだろうかと頭を悩ましていると、
「凄い太刀筋だったみたいだな、首を一発で斬り捨ててしまうんだなー〜」
聖女の死体をあらためていた様子のツェーザルが、呆れたように言いながらこちらの方へと歩いてくる。
ツェーザルはスブラの街の町長さんの息子で、私をここまで連れて来てくれた人。
「それでどう?歩けそうか?」
「いや、腰が抜けて」
治療で力を使い過ぎたのか、立ち上がることができない。
「しょうがないなあ」
ツェーザルが私を抱き上げると、一瞬だけ眩い光に包まれた。
その光は私たちを包み込むと、そのまま空へと飛び上がって、遥か彼方へと消えていく。
「一気に体が軽くなったんだけど」
「あ!傷が消えてる!」
私の体には無数の鞭の跡や切り傷が残されているのだけれど、特に酷い傷跡として残っている腕の傷が消えている事に気がついた。
「最後にばば様の力が治してくれたのかな」
空を見上げながら独り言を言う私に、
「便乗して俺は癒して貰ったって事か?」
と、嬉しそうにツェーザルが言い出した。
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