第35話  悪役姫初対面でズドン

 私はまだ死にたくない!まだ死にたくないのよ!


 陛下と聖女、どちらを選ぶのかと言えばやっぱり聖女でしょ?聖女っていうのは慈悲深い存在でしょう?


 出会い頭にナイフでズドンってそんなことします?今世では初の顔合わせですよね?


 貴女は聖女教の布教のためにバレアレス王国に来たんじゃないの?

 アデルベルト国王陛下と恋をするために来たんじゃないの?

 なんでいきなり殺しにくるかな?そんなのある?

 いつもだったら、綿密に作戦を企てて、あっという間に私を裁判に引き摺り出して冤罪で処刑をするじゃない?

 いきなりナイフはないでしょう!ねえ!


 だけど・・結局はまた・・私は賭けに失敗しちゃったって事よね?

 私、本当に賭けに弱いのよね。

 ゲームのルーレットでも、絶対に良いのが出ないもの。だから全然、ゲームが進められなくって、ルーレットの時だけ敦史くんにやってもらっていたんだもの。


 敦史くん・・敦史くん?

 そうそう、再従兄の敦史くん、お母さん同士が仲が良かったから、小さい時から私の面倒を見てくれたお兄さん。

 私は一人っ子だから、兄妹みたいな感じで一緒に育った男の子。


 私が『天翔る乙女の聖戦』という乙女ゲームにハマった時も、運がとことん悪すぎてゲームをちっとも進められない私を助けてくれたのも敦史くん。


 あのゲーム、かなりの頻度で運命のルーレットが出てきて、運命の選択肢が自分で選択出来ず、ルーレットでの運頼みで行う設定になっていたの。それで、全然ゲームが進められなくて、

「敦史くん!お願い!ここのルーレットだけやって!お願い!お願い!」

と言って、お願いしていたんだよね。


 ルーレットの時に○ボタンを押すだけの事なんだけど、敦史くんがやると何故だか、私が止まりたい所にルーレットは止まってくれるので、

「敦史くん!ありがとう!ありがとう!大好き!敦史くん!」

と、敦史くんに飛びついて歓喜の声をあげていたのよね。


 たかがゲームでもとことん運がない私は、賭け事も全くうまくいかないし、くじ運すら良くないの。


「嘘でしょう!私、おみくじ凶を引いちゃったんだけど!」

 その年の初詣で引いたおみくじは凶、常に末吉しか引けない私は、遂に凶を引き当てるようになってしまったみたい。

「凶って言っても、最底辺までおっこちてるから、後は上るだけって思えばいいんじゃねえの?ちなみに俺は大吉だったけどね!」

「嘘!見せて!見せて!」


 強運の持ち主である敦史くんは、初詣のおみくじまで大吉なんですね!

 くそーーーっ!本気でムカつくんだけどー〜―!


 凶よ!ここでさようなら!と念じながらおみくじかけに縛り付け、神社で配っている甘酒を敦史くんと二人で飲んで、

「俺、車を取ってくるわ」

と言ってくれたので、神社の駐車場の隅で待つ事にしたの。


 一月三日ともなると参拝客がだいぶ減って来ているので、神社の境内にある駐車スペースに車を停める事が出来たんだけど、駐車場は満車状態。駐車場の空きを待っている車のプレッシャーを感じたのか、一台の車が物凄い勢いで発進した事には気が付いていた。


 高級車に乗っている人とかって、無意味な場所で空ぶかしする事もあるし、ブオンブオン言わせながら発進した車が、まさか私の方へと向かってくるなんて思わない。


 駐車場の隅、参道にも近い松の木の下で私は敦史くんが車を回してくるのを待っていたんだけど、その私の所めがけて車が突っ込んでくると、私は太い木の幹と車の車体の間で押し潰される事になったのだ。


 何度も何度も、松の木が斜めに倒れるまでアクセルを踏んだ車はようやっと停止すると、運転席から降りてきた女性が私を見下ろして、

「敦史くんは私のものなのよ!いつまでも邪魔しないで!」

と、叫んでいる声が聞こえてきた。


 邪魔・・出来ないと思います・・これ・・もう死んじゃう感じですから・・・


 敦史くんは背が高くて、目鼻立ちがはっきりしていて、高校まで剣道をやっていたから姿勢が良くて、頭も良いからとにかくモテる人でした。

 敦史くんにとって完全に妹枠の私だけど、嫉妬してくる女の人もそりゃあ多くって、うまい具合に捌ければ良かったんだろうけど、反感を買うような事ばっかりで・・・


「芹那!・・・芹那!・・・」


 敦史くんの声が遠くなっていく、なんか敦史くん、泣いてそう。

 運がなかったの、おみくじも凶だったし、おみくじかけに縛っても凶とさよなら出来なかったみたい。でも気にしないで、敦史くん・・泣かないで・・敦史くん・・


 毎回死ぬと、暗闇の中に沈み込むような感覚に囚われるの。

 車による事故死一回、処刑六回、犬に噛み殺されるの一回、暗殺一回のスペシャリストだから、だいぶ達観しているところがあるのかも。


 いつもだったら、次に目が覚めたら十歳前後に戻っているんだけど、今回は金色の糸に絡みつかれている状態でなかなか身動きが取れないみたい。


 それにさっきから、

「芹那!・・・芹那!・・・」

と、敦史くんが呼んでいる。


 今気がついたけど、アデルベルト陛下って敦史くんだったよね?途中から敦史くん丸出しだったもの。食事をするときも、仕事を手伝う時も、遠くから気遣う感じで話しかけてくる陛下は、確実に敦史くんだった。


 これはあれなの?もっぱら流行していた異世界転生って奴で?敦史くんも私も、ゲームの中の世界に転生しちゃってました的なアレな奴?

 ルーレットで最悪な選択しか出来ない私が転生したら、そりゃあ、死ぬよね、死ぬと思う。どんなに努力しても、聖国は滅びるし、私も冤罪で殺される事になるわ。


「ごめん、敦史くん、私とことん運がないし、二択となったら絶対に行っちゃならない方に行ってしまう習性なの。ルーレットしても、いつでも破滅の道にしか進めない女なの」

「芹那・・・」


 目の前には涙でぐちゃぐちゃになった陛下の顔が・・・

 ごめんね陛下・・・ごめんね敦史くん・・・


「知らぬ間に異世界転生、生前の記憶に気が付くのが婚約破棄の一日前でも10分前でも5分前でもなく・・なんで今なの・・これってどういう事・・・」


 神様を恨むべきなのか・・・運営さんを恨むべきなのか・・・

 誰を恨むべきなのかと悩んでいると、私の手を自分の頬に当てていた陛下が優しくキスを落としてきた。

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