第34話  アデルベルト王

バレアレス王国の国王である僕がわざわざジェウズ侯国まで出向いて行ったのには理由がある。


 侯国はビスカヤ王国の属国のような扱いとなるため、侯国を救うためにビスカヤ王国が出てきた場合の対処をする為。占領下に置いた侯国をビスカヤから切り離す為には僕の存在が必要だ。ある程度の差配が済んだらすぐにでも王国に帰りたい。


 国教を聖女教に宗旨替えしたビスカヤは想像以上に国力が衰えているのは明確な事実だ。国民が重税にあえぐ中で起こったクピ族の襲撃、クピによる堤防の決壊によりビスカヤ東部は多大な被害を受ける事になったのだ。


 ビスカヤ王国へと襲いかかってきたクピ族の恐怖も残っている状態で、王家も貴族も膠着状態となってしまったのは言うまでもない。ビスカヤとしては援軍を侯国に送りたいと考えていても、国民の暴動が起こり始めているような中で、他国への軍の派兵などしている場合ではない。


 ビスカヤが脅威とはならないと判断した僕は即座に王国へ帰る事にしたのだが、その帰路の途中で出会したのが、ビスカヤからやってきた王家の者だと名乗る者であり、

「至高の聖女カンデラリア様が王妃様を殺すためにバレアレスに侵入いたしました!王妃様が危ないです!」

と、聞いた時には目の前が真っ暗になるような思いとなった。


 バレアレスの王妃といえばセレスティーナに間違いなく、至高の聖女が彼女を殺そうと思えば、間違いなく殺す事が出来るだろうと確信めいたものを感じたのだ。


「今すぐ王宮へと向かう!」

 僕が馬を走らす後で、

「私たちもご一緒します!」

と言って馬に二人乗りとなったビスカヤの王家の者が後ろからついて来ているようだったが、あえて無視する事にした。


 セレスティーナが死ぬ、これで何度目だ?

 何度目?

 頭の中で、ありえない光景が浮かび上がる。

 何度も、何度も、彼女は死ぬ。

 誰のせいで彼女が死んだんだ?

 誰の所為って、いつだって僕の所為じゃないか。


 セレスティーナは覚えていないだろうけれど、僕が彼女と初めて会ったのは彼女が五歳の時の事で、聖国の祭典で、家族からも離れた場所で座り込んでいた彼女は、

「誰も私を見てくれない・・・」

と言って泣いていた。


 当時は聖女教会の勢力が拡大している事もあり、能力のない姫巫女を悪様に罵る声も大きかった。そのような悪口雑言が幼い姫にまで届かないようにと考えて、王家の人々は姫を遠くへ隔離しているような状態だったのだが、その隔離された姫自身が、酷い孤独に苦しんでいる姿に胸を打たれた。


 その後、聖国がジェウズ公国からの侵略を受けた際に、

「神の血筋をひく姫君を我が国の王家に取り入れましょう!」

と言い出したのは誰だったのか。


 神の血筋は尊いものとして、セレスティーナは侯国だけでなく周辺諸国からも狙われていた。セレスティーナをわざわざ僕自身が迎えに行ったのは、幼い彼女のあの姿を覚えていたから。


 祖国を滅ぼされて、また泣いているのではないのか。

 孤独に打ち震えているのではないのか。

 彼女を守るのは自分しかいない、そんな思いに駆られて、忙しい合間を縫って国境まで自ら出向いたというのに、その後の僕は一体何をしていたんだ?


 門を越えて馬で侵入した僕は、綺麗に整備された王宮の敷地内を馬で駆けられるところまで駆け続けた。

 芝生を蹴散らし、時には花壇を踏み潰しながら走る僕を誰も止める事は出来ない。

 そうして奥宮に位置する薔薇の庭園で馬を降りた僕は、何かに引き寄せられるように、王家のみが歩く事を許される、最奥の庭園へと足を踏み入れる。


 過去に、彼女がこの庭園を訪れた事はない。

 彼女は今世でも、王家の人間が住居とするスペースに足を踏み入れた事はない。


「いいんです、分かっていますから」

「私が選ばれる事はないんです」

「いつだって私は選ばれない」

「死ぬのはいつでも私一人なんです」


 呪いの言葉を吐き出したのはたった一度だけ、その後の彼女は、いつだって、諦め切った様子で僕の顔を見上げていた。

 僕はいつでも居るはずも無い彼女の愛人に嫉妬をして、そうして彼女を自分の世界から排除する。

 何も語り合わず、何も知ろうともせずに、いつの時でも彼女を処刑台へと送り込む。


「セレスティーナ!」


 ピンク、純白、黄色、オレンジ、紫、薄水色、美しく咲き乱れる鮮やかな薔薇の花弁が舞い散る中で、確かに彼女は僕の方を振り返った。

 すでに最奥の庭園にまで侵入したカンデラリアが、セレスティーナの方へと向かっていく。


 僕を見つめたセレスティーナは恐怖に顔を青ざめさせながら、カンデラリアの方へと顔を向けた。カンデラリアが隠すようにして持つナイフが、彼女の方からは見えないらしい。


「セレスティーナ!駄目だ!」


 聖女と僕を交互に見つめたセレスティーナは、何かに迷った素振りを見せた後に、ゆっくりと聖女の方へと体の向きを変える。


「姫様!」


 チュスが叫び、マリアーナがセレスティーナを庇うように前に出ても、何かを決めたような様子でセレスティーナは聖女に向かって一歩、足を踏み出した。


 侍女頭のマリアーナを押し退けながら、小走りとなった聖女がセレスティーナの元へと飛び込んでいく。


 まるで愛しい人物に駆け寄るような素振りで聖女はセレスティーナに抱きつくと、右手に握ったナイフを根元まで深々と腹に突き刺し、ついでとばかりに捻るように動かして、倒れ込むセレスティーナを見下ろしながら、


「セレスティーナがこれで死んだんだからリセットよ!これでリセットよーーーー!」


歓喜の雄叫びを上げたのだった。


 僕が呆然としたのは一瞬の事で、その後は無意識のまま駆け出し、鞘から引き抜いた長剣を走らせ、聖女の胸元から首元に斬りあげる。


「ぎゃああああああああっ!」


 血飛沫をあげて倒れ込む聖女をそのままにして、腹部に突き刺さったままのセレスティーナを抱き上げた。


「待て待て待て待て待て待て!止血!止血!止血!止血!」


 上着を脱ぎ捨て、柔らかい素材の裏地部分を引きちぎり、セレスティーナの刺さった腹から溢れ出る血液を押さえ込んでいく。


「抜いちゃダメだ!抜いたら失血死する!中世みたいな〜っていうクソ設定!ふざけんな!くそっ!医者!救急車!誰か救急車を呼べよ!」


 傷口を押さえながら俺が叫ぶと、血まみれで近くに倒れ込んだままの聖女が嘲笑うようにして笑い出した。


「マジ・・信じられなーい、アデルベルトが転生者とか・・ウケるんですけど〜・・」


 聖女も同じ転生者、ゲームの内容を把握しているからこそ、早急に悪役であるセレスティーナを嵌める事が出来たわけだ。


「悪いけど今回はもうリセットするわ・・今回は本当、マジでクソゲ〜、こんな終わり方絶対に受け入れたくない・・悪役姫の処刑以外のエンドは無し設定になるから・・ふふふ・・今度こそこのループを終わらせてやる・・・」


 血塗れのまま死ぬのを待つ状態の聖女のようだが、俺がおめおめとお前らのリセットを受け入れるわけがない。


「やらせねえよ?てめえらの都合で勝手にリセットだとか、ループだとかやらせるわけがねえだろ?」


 立ち上がった俺は抜き身の剣を持ったままの状態で、口から血を溢れさせる薄汚れた聖女を見下ろした。


「この国にも神話だのなんだと色々とあってだな、てめえらみたいな汚え魂を輪廻させねえようにする御技が存在するのを知らねえのか?」


「はあ?」


「首を断ち、遺骸を燃やす事で神との繋がりを無くすと、魂は転生できねえの、わかる?神の庇護から切り離されるってんで『切り離し』とも言われるんだけどな、てめえみてえな最悪の罪人に執行する罰みてえなモンだな」


「嘘、バカみたい、そんなの設定にも載ってなかったし」


「リリアナもマリアネラも切り離しは行った。マリアネラの方は生首を送った帝国の方で燃やしてもらう予定でいるが、てめえも同じにしてやるぜ」


「嘘でしょ!ループ出来なかったらどうなんのよ!」

「知らねえ、マジで魂のかけらまで滅びろ」

「嘘でしょ!やめて・・・やめて!」


 剣を走らせた俺は聖女の首を切断すると、

「医師を呼んで!」

「早く!早く呼んでください!」


倒れたセレスティーナを抱き抱えたマリアーナが走ってきた近衛に医師を呼ぶように命令し、傷口を押さえたチュスが手を血塗れにしながら早く医師を呼べと叫んでいる。


「芹那!芹那!死ぬな!俺を置いて行くな!」


 芹那が死んだらこんな世界、絶対に滅ぼしてやる。滅ぼした後に死んでやる。

 僕と俺が混ざり合う、彼女が死んだらこんな世界など、破滅したところで何の問題もないのだから。

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