第8話 悪役姫はウンザリする

 ゴロゴロごろ寝の怠惰な生活は、今のところ中断だわね。


 私が食らった冤罪なのだけれど、疫病で衰退した領地に対する復興支援費の中引きが、まずは第一の横領になるのよ。


 バレアレス王国の王妃(形ばかり、認知度ゼロ)となった私には、復興?なにそれ?美味しいの?状態なのだけれど、お前が犯人だと陛下が言えば、証拠なんか偽造で用意出来て罪に問えるんだから、バレアレス王国って本当に恐ろしい国だわ。


 セレドニオ様とのお茶会を終えた私は、横領の証拠を突止めるまでの間は、毎日、セレドニオ様の補佐官として働く事にしたわけ。


 陛下の秘書官みたいな役割を担っている方だから、結構重要な書類でも用意出来ちゃったりするのよね。


 私としては、まずは二年間の復興支援金の調査を行えれば御の字なので、最初の横領犯が判明した時点で、元の怠惰な生活に戻りましょうって思っていたのだけれど、結局はずるずると仕事が長引いてしまって、十日を過ぎた後も、私は仕事を続ける事になってしまったの。


 セレドニオ様が、

「セレスティーナ様にはあともう少しの間、ご協力頂けると助かるのですが・・・」


申し訳なさそうに言うから、ついつい、仕事を続けているんだけど、良くもまあ、こんな滅びた国の姫を王国の中枢みたいな場所に置いてくれるわね〜とは思うわよ。


 私は他の事務官さんと一緒になって働いているのだけど、皆さん気を遣って紅茶とか用意してくださったりするのよね。王国には最低最悪の人間しか生存していないのかと思っていたけれど、意外と普通の人間も生きていたのね。知らなかったわ。


「姫様、明日も朝から事務官としてお働きになるのでしょうか?」


 護衛としてついてくれるチュスは私の補佐をしてくれているのだけれど、彼女の顔にも疲労の色が濃くなってきている。

 それもそうか、本日で十四連勤だもの。


 事務官として働き始めてからは、セレドニオ様が職場に食事を運んでくれるので(王宮で用意したものではない、ご自宅の料理人に頼んで持ってきたお弁当である)食に困る事はないし、私の与えられた部屋もセレドニオ様の家で使っている使用人がわざわざ城までやってきて掃除をしてくれるようになったので、何の問題もなくなったのだけれど、連日勤務は確かにつらいわ。


 ギロチン刑を喰らう前に過労死なんて事になったら目も当てられないわよね。


「姫様、あれってアデルベルト陛下じゃないですか?」

 廊下を歩いていたチュスが窓から外を眺めながら声をかけてきたので、外から見えないように気を配りながら、こっそりと、チュスが指し示した方を覗き見る。


 一階の回廊の外はバラ園となっており、美しい女性を腕に絡みつかせた陛下の姿が窓越しに見える。


「あの方はどの方になるんですか?」


 チュスには陛下の歴代の恋人(過去8回分に渡っての)については説明しているので、今回の生ではどの令嬢が本命になるのかと問うているのかもしれない。


「今回の生では、乳母の娘であるリリアナ・イリバルネ子爵令嬢がヒロインなのかもしれないわね」


「ヒロインってなんですか?」

「ヒロインっていうのは陛下のような物語の主人公みたいな人の恋人の事を指すのよ」


「それじゃあ姫様は何になるんですか?」

「そうね・・二人を引き裂く悪役・・・」

「悪役?」

「それか、二人の恋を燃え上がらせる当て馬・・」

「当て馬?」


 なんだか言っているだけで頭が痛くなってきちゃったわね。

 とにかく、横領の一部が表沙汰になってきているし、陛下がリリアナ嬢と親密な間柄となっているのであれば、早々にここから逃げ出した方が良いのかもしれない。


「とにかく今日はもう仕事を終わりにして、この後、三日は休む事にいたしましょう」

「そうですか、流石に十四連勤は堪えますよね」

「これだけ働いたら三日くらい休んでもいいわよね?」


「それじゃあ、姫様、今すぐにお部屋に戻りましょう。セレドニオ様には私の方から休む事は知らせておきますので」

「そう?お願いしても良いかしら?」


 確かに私は疲れたのかもしれない。連日、計算の間違い探し、横流しされた大金が移動した先を探し出して目がしょぼしょぼしてきているもの。疲労困憊とはこの事を言うのかもしれない。


 後に、私の信頼するチュス・ドウランがセレドニオ様に対して、


「今回の陛下の恋人はリリアナ・イリバルネ様だという事が判明し、姫様は過去に、イリバルネ嬢によってギロチンニ回、絞首刑一回を行われたことを思い出されて、部屋へと引きこもってしまいました。しばらくの間は、とてもお手伝いなどは出来ないという事を重ねてご報告させて頂きます」


と、慇懃丁寧に説明し、


「重ね重ね申し上げますが、私どもは陛下がどのような女性を愛そうが何とも思いません。姫様自身、陛下の早期の再婚を願っているような状況です。離縁された亡国の姫の今後の行き先を心配される事が万が一にもあるかもしれませんが、離縁後、すぐさまバレアレス王国を離脱する事はお約束いたしますので、何卒、お互いに良い決断を下されるようお願い致します」

 と言って、地面に頭がつくんじゃないかって思うほど頭を下げてきてくれたみたい。


 本当は、冤罪回避のためにもう少し調べたほうが良いのかもしれないけれど、お金をネコババした奴が誰か分かったし、その後ろにいる奴も分かったんだからもういいわよね。


「はーーっ馬鹿馬鹿しい・・早くこの国から出ていきたいー〜―」 


 私はベッドに飛び込むと、ゴロゴロ転がり続けていたのだった。

 しばらくの間は仕事なんかしなくても良いか!

 どうせ殺されるのが分かっているのにコマネズミみたいに働き通しだなんて馬鹿みたいだわ!



  

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