第7話 アデルベルト王は肩身が狭い

 私の妻となったセレスティーナは8回も人生を繰り返しているらしい。

 毎度、毎度、飽きる事なく僕が姫君を殺し、殺される度に、姫は過去に戻ってしまうという。


 聖国が滅びる運命は変えられない為、滅ぼされる五年も前から王族の亡命を進めていたというのだから驚いてしまう。


 結婚の儀式を行った当日には、自分と入れ替わる予定の死体を用意して、自分は死んだものとして放逐処分にして欲しいなんて事を言い出すんだもの。やる事が先回りしすぎているし、前のめり過ぎる


 二十日間もの間、専属侍女どころか掃除のメイドすら入らず、食事も与えられない状態で放置されていたというのに、文句の一つもこちらに対して言ってこない。


 王宮で出される料理については、過去にとんでもない目に遭っているので、口にしたくないと断言しているようなので、侍従を厨房にやって調べる事にしたのだが、

「ああ、亡国の姫についてはそれなりの対応をするようにと、きっちりと説明を受けていますよ」

と、料理長は胸を張って言ったらしい。


「カンタブリアの人間なんか舌が肥えているわけでもないから、残飯を与えておけばいいんでしょう?下働きのメイドよりも不味いものを与えておけって事だから、そこらのゴミでもよそって持っていくように言っていますから安心してください」


 料理長から姫の食事を任された下働きの男に、姫の食事をどうしたのかと尋ねてみたところ、


「初日の朝食は下働きに出されるまかない料理をお出ししました。侍従の方が食べ終わった食器を運んで来てくださいましたし、特に文句も言われませんでした。それから昼食以降については、専属侍女の方から何も言われていませんし、侍従の方にも声をかけたんですけど、食事については心配いらないからと言われましたので、そのままにしておりましたが、何か問題があったでしょうか?」

と、答えたらしい。


 バレアレス王国に嫁いできて出された食事が一食だけ、それも下働きに出されるまかないの料理だったわけだ。初日から出されたのがゴミじゃなかっただけ良しとするべきなのか、たった一食の料理すらまかない程度のものだったのだと嘆くべきなのか。


「掃除についても、無理やり他人を部屋に入れると、毒の針などを枕に仕込まれる事もあるという事なので、セレスティーナ様は断固として拒否しております」


 妻との茶会から帰ってきたセレドニオが言うのには、


「姫様曰く、アデルベルト陛下は毎回、姫様を愛さない、視界に入れない、同衾しないの三箇条を掲げているそうでして、放置は当たり前、最後は冤罪で死刑がいつもの事。今回の生ではとにかく、陛下には愛する人と再婚して頂いて、自分は冤罪を受ける前に無罪を主張して最後まで生き残りたいのだと訴えておりました」


 信じられない事ばかりで頭が痛くなってくる。


 神の血を持つと言われるカンタブリア聖国の姫君だからこそ、私の妻としてセレスティーナは選ばれる事となったのだが、その姫はすでに何度もこの生を繰り返しているという事が理由で、死刑になるまでの間の事であれば、ある程度未来予知のような事が出来るのだという。


 まずはセレスティーナが言っている事が世迷いごとなのかどうかの検証が行われたわけなのだが・・・


「閣下、姫様が投資をしていた魔道具屋ですが、誰も見向きもしなかった魔導コンロが王国軍に採用される事となり、無理をして量産化を進めて赤字となるところが、黒字化が一気に進んで喜んでいるとの報告が上がっています」


「そうなの?」


「閣下、こちらも、姫様が援助を申し出たケーキ屋なのですが、姫様がお声をかけて以降、連日、長蛇の列が出来ているような状況にございます」


「へえ、そうなんだ」


「陛下、姫様の侍従が大金を積んで水路を止めた後、別の水路の開放をしておりましたが、以降、パルマ地区の患者が急激に減ったという報告が上がっております」


「はあ、そうですか」


 確かに姫は本当にこの生を繰り返しているのかもしれない。


 王都では下町という扱いになるパルマ地区ではここ最近、下痢と高熱で苦しむ患者が急激に増えている。僕の二人の兄は急速に肺を患って死に至ったのだが、下痢などの症状もまた他人に伝播をしやすい。


 排泄物から感染を広げる事になる為、パルマ地区には患者用の厠を特別に設置したものの、目に見えた効果が出ていない状況だったのだ。


 今はパルマ地区から外には出ていない疫病も、あっという間に他の地区へと広がり王都中に蔓延する事にでもなれば、また、何万人という人間の死を招く事にもなってしまう。


 どうしたら疫病の拡散を防ぐ事が出来るのかと、専門家と頭を突き合わせながら悩み続けていたわけだけど、セレスティーナによってあっという間に解決へと導かれる事になったのだ。


 パルマ地区は地下から湧き出る水を飲料水として使用していたのだが、この水がとにかく問題となったらしい。


古代遺跡の上に王都を建てるという事は良くある事で、我が王国の王都も埋もれた古代の遺跡の上に広がる形となっている。


 パルマ地区の地下には重金属の塊が広がった状態で埋没をしていたらしく、地殻変動によって浅い地層にまで押し上げられてしまった古の金属が、地下水を汚染し、この汚染水を飲む事によって多くの患者が生み出された事になったらしい。


 年寄りの役者を使ったセレスティーナは、パルマ地区の住民に、


「私の国でも同様の症状が出て、娘が一人亡くなっているんですよ。原因は地下水でしてね、汚染された地下水によって人は病を患う事になってしまうのです」


 と、訴えかけ、自分が金を出すからと言って、カブラ山から流れるエブロ川の支流を用水路に引き込み、パブロ地区の住民の飲料水を川の水へと変えてしまったのだった。


「何でも過去に、パルマ地区の疾病は疫病神であるセレスティーナ様の所為なのだと言い出した輩がいたらしく、多くの者の賛同によって姫は陛下の許可の元(・・・・・・・)、ギロチン刑に処せられる事となったそうです」


 側近のセレドニオは眼鏡を人差し指でクイッと押し上げると、蔑んだ眼差しで僕の方を見ながら、

「また、陛下に殺されてはたまったものではないと考えて、先に手を打たれたそうでございます」

 と、冷めた声で言うと、周りの者までジトッとした眼差しで僕を見る。


 ここまで来ると、僕が過去8回に渡ってセレスティーナに対して冤罪にかけて殺すような事をして来た話に信憑性が出てくるわけだ。


「未来が読める妃など、黄金の塔を建てて寄進したところで手に入れる事など出来ぬ存在」


「そんな貴重な方を毎度、毎度殺すなんて、ああ!おいたわしや!セレスティーナ様!」


「陛下が愛さぬのなら私が愛しましょう!なあに!次男といえども公爵家!亡国の姫君を娶るのに何の問題もありませんよ!」


 勝手な事をほざくのも大概にしてほしい。


 お茶会に誘われたセレドニオが聞いた話によると、僕はその都度、恋人を変えて、妃であるセレスティーナを退け、無関心を貫き、邪魔者扱いをしながら、最後にはありもしない罪を被せて殺すのが常套手段。


「陛下ならやりかねない」

「誠にセレスティーナ様が哀れで仕方がない」


と、側近達が言うんだけど、酷すぎない?今生の僕は、妃に冤罪なんかふっかけていないよ?


 ほぼ初対面のセレスティーナの拒絶具合が尋常ではなかったので、少しの間は距離を置いて対応をしようとしていたのだが、それが仇となってほぼ初日から放置。


 現在、姫が使用しているのは一枚60ミルの子供が描いたような絵柄が入った皿一枚、

「ワンプレートは洗うのが楽なのよー〜!」

と言っていたらしいのだが、王国の妃が言うセリフでは到底ない。


 さらに言うと、側近のセレドニオとの交流を開始するのと同時に、セレドニオの補佐官としてセレスティーナは働き始める事になったのだ。

それというのも、


「これから横領事件が王宮内で大問題になるんですけど、その横領した犯人が私という事になって、問答無用でギロチン刑行きになるんです。ここで、横領事件の黒幕を探すために私が働けば、私は犯人ではないという証明にもなりますし、働かない怠惰で無能な穀潰しという事で殺される危険性も下がるかと思うんです」


 という事なのだそうで、ひっつめ髪に眼鏡姿で、女官の格好をした妃が、そろばん片手に朝から晩まで事務官として働く事になったのだ。


 偽名を使っているとはいえ、真面目に文句も言わずに働く姿から、周囲からの評価も鰻登りに上昇中。だというのに、夫である私の評価は雪崩のように崩壊中。


 みんながみんな、

「陛下、そういう所ですよ」

 と言うのだが、一体どういう所だと言いたいのか?


 僕は理解に苦しむ事となるのだが、

「陛下!お疲れ様!」

 悩み、苦しむ僕の腕に飛びつくようにして、乳母の娘となるリリアナ・イリバルネが飛びついて来たのだった。

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