第6話 悪役姫とセレドニオ

「セレスティーナ様!誠に!誠に申し訳ありませんでした!」


 這いつくばるようにして頭を下げるセレドニオ様を見下ろして、思わず吹き出して笑い出しそうになってしまった。この方は、いつの時でもこのように床に這いつくばって、私に対して申し訳ないと謝るの。


「陛下と婚姻をさせて、我が娘こそ国母にしようと考える方が多いのですもの。私のような滅びた国の姫など、どうとでもなるだろうと軽く考える方がいるのは仕方がない事ですわよね」


 嫌味にならない程度にコロコロと笑う。

 普通はね、王妃を放置などしたらその日のうちにバレると思うのだけど、二十日以上もばれずに済むし、ばれたところで大した罪にはならないだろうと高を括っている所がこの王宮の異常な所でもあるのよね。


「専属侍女三名と侍女頭については捕縛が済んでおります。裁判の結果を待つ形にはなりますが、侍女頭は死刑、専属侍女三名は死刑または鉱山での終身刑となるでしょう」


 予想外の言葉すぎて、思わず大声を上げてしまったわ!


「まあ!嘘でしょう!今まで、専属侍女も、侍女頭も、罪に問われた事なんてなかったのだけど!」


 私の言葉にセレドニオ様はギョッとした様子で目を見開いた。

 ああ、そうね、余計な事を言っちゃったわね。


「ああ・・その・・つまりは・・ここに来て、ずっとこんな扱いを受けていたでしょう?だから、あの人達が自分の仕事を放棄したとしても、絶対に何の罪にも問われないのだろうと思ったのよ」


 私の付け足したような説明に、セレドニオ様は眼鏡の奥にある瞳を曇らせる。


「侍女頭であるエルナンド夫人から、セレスティーナ様は男性に対して恐怖心のようなものをお持ちのようだから、心が安定するまでは男性は近づかないで欲しいというような事を言われておりました」


 確かに、結婚の儀を行った日に、私はアルベルト陛下に触れられて、恐怖とパニックでその場に倒れてしまったものね。その反応を良いように使われて、セレドニオ様まで遠ざける事に成功したってわけね。


「姫様、今回は陛下にお会いになった当日に離縁を申し出ておりますし、前回とは色々と変わって来ているんじゃないでしょうか?」


 後ろに控えていたチュスが気遣わしげに声をかけてきた。

 そうね、今回は儀式の後の面会の場で離縁を申し出たのだから、向こうも私が妃の地位に対して何の執着もないんだって理解しているのかもしれないわ。


「今すぐ私を死刑にしたいという訳ではないのですよね?」

 私の質問にギョッとした様子で、

「そんな事はありえません!」

 セレドニオ様は断言するように言う。つまりは、まだ、死刑の日程が決まったわけじゃないという事でしょう。


「結婚の儀が終わった後に行われた面会の時に、私の専属侍従であるチュスが申していると思うのですけれど、私は今、この生をなん度も繰り返し続けているのです」


 そこの辺りをきちんと説明しなければ何も始まらないという事に気がついた私が眉を顰めていると、

「姫様、セレドニオ様、今日は天気も良いのでテラスにお茶の席をご用意させて頂きました。こちらの方へ移動してはいかがでしょうか?」

 と、チュスが声をかけてくれた。


 そうだったわね、今日は二人でテーブルと椅子をテラスまで移動して、チュスが買ってきたテーブルクロスを敷いて、お花も外から買ってきた物を飾りつけているのよ。


「最近、人気になっているケーキ店のケーキをご用意いたしましたのよ?」


 夫とお茶会を開く前に、夫の側近とお茶会だなんて、おかしな話だなあとは思うのだけれど、アデルベルト陛下は私を愛さない、視界に入れない、同衾しないの三箇条を掲げている人だものね、大して気にもかけないでしょう。


 王室御用達の高級菓子店から購入してきたと思われる焼き菓子セットをチュスはセレドニオ様から受け取ると、用意したお茶と一緒に並べていった。


 再び謝罪の言葉と共に、向かい側の席につくセレドニオ様の眼鏡をかけたお顔を見つめたの。


 薄水色の瞳に焦茶色の髪を短く切っているセレドニオ様は侯爵家の三男なのよ。


 とにかく真面目な方で、アデルベルト陛下にいつも振り回されているような人。誰も気にしないどころか夫に憎悪を向けられる私に対して、唯一、気遣いを見せてくれる人だった。


「セレスティーナ様、私が目の前に座ってご不快ではございませんか?」

「不快?どうして不快なの?」


「結婚の儀が行われた日に、セレスティーナ様は激しいショックを受けられたように見受けられました。侍女頭が言っていた言葉もあったのですが、男性全般が苦手なのではないかと・・・」

「男性というよりかは、陛下限定でダメなのよ」


 思わず苦笑が浮かんじゃうわ。


「信じようが信じまいが構わないのだけれど、神の差配なのか何なのか、私は過去に8回、陛下に殺されて、その度に十歳とか十二歳とか、それくらいの年齢まで巻き戻ってしまっているの。毎回、問答無用で殺されるので、恐怖の対象になってしまっているのよね」


「毎回、殺されるのですか?」


「そうね、毎回、陛下は私以外の女性と懇意にしていて、その方と結婚したいと考えていたみたいなの。滅びた国の姫である私なんかを何で毎回嫁がせるのか理解に苦しむんだけど、一応、神の血が流れる我が王家の血筋が欲しかったのかしら?周りの貴族の意見を受けて、私を受け入れざるを得なかったんでしょうね」


 紅茶を一口飲んで、思わずため息を吐き出してしまう。


「リリアナ・イリバルネ、至高の聖女カンデラリア、ビスカヤの王女マリアネラ。毎回、陛下には恋のお相手がいらっしゃるのよね。だから、私は毎回お飾りでしかない王妃であり、この国にとっては邪魔な存在でしかないの。王からの一切の寵愛を受ける事がない他国から輿入れしてきた姫がどんな扱いを受けるかなんて、万国共通だから良くわかるでしょう?」


 セレドニオ様が困り果てた様子で視線を下に向けるのもいつもの事。彼に話した所で何かが変わる事なんてないんだけど、今回は侍女たちが罰を受けると言うし、毎日プレゼントを送ってくれたというし、ちょっとだけいつもと違うのかもしれないわね。


「そもそも、なんで専属侍女が死刑か終身刑なのかしら?お飾り王妃に対する業務放棄程度で、そこまで罰がくだるものなのかしら?」


「セレスティーナ様はお飾り王妃ではありません!」


 その部分にセレドニオ様が憤慨するのもいつもの事。だけど結局、彼がどう動いたって私の立場が変わらないのもいつもの事なのよね。


「婚姻の儀以降、陛下は毎日、メッセージカードと共に花束やプレゼントをセレスティーナ様に送っておりました。その送ったプレゼントを全て、侍女頭が専属侍女に下賜していたのです」


 花束やプレゼントを用意したと言っても、セレドニオ様やお付きの侍従が用意したものだろう。メッセージカードといっても代筆でしょうね。それを、侍女頭や専属侍女たちが自分たちの物にしていたというわけか。


「ああ、それで」

 恐らく窃盗の罪で捕らえられたのでしょうね。


「という事は、侍女頭の横領も明るみになったのかしら?」

「何故それを・・・」


 セレドニオ様が顔を真っ青にさせる。その様子から、最近わかった事なのだと判断する。ああー〜!すでに待ったなしの状況にまで来ているのねー〜!


「さようなら・・私のバカンス・・・」

 私が椅子の背もたれに体を預けながら絶望の声を上げると、

「姫様・・・」

 心配したチュスが声をかけてくる。

「大丈夫・・大丈夫だから・・・」


 早い時には、王国へ移動後二ヶ月で死亡とかあるので、待ったなしの状況に陥るのが予想外に早かったりするのよね。


「姫様は、過去、8回繰り返しているというような事をおっしゃっておりましたが、もしかして、横領事件についてもご存知なのですか?」


「ええ。その横領は全て私がやった事にされて、三度ほどギロチンを受けていますからね」

 二人が息を飲み込む音がテラスに響き渡る。


「こ・・こ・・輿入れしたばかりの姫様が横領だなんて出来るわけがないじゃないですか!」

 セレドニオ様の言葉に、私は小さく肩をすくめて見せた。


「私は名ばかり王妃だと言ったでしょう?罪を押し付けて断罪に追い込むのにこれほどうってつけの人物はいないのよ」


「で・・ですが、何故そのような事を陛下が容認されるのか理解しかねます。どう考えたってセレスティーナ様が横領をしたで片付けられる話じゃありません」


「陛下がそうだと言えば白い物も黒になる。私はいつだって、陛下の望むままに死ぬのです」


 真っ青になったセレドニオ様の顔を見つめながら私は懇願するように口を開いた。


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