第5話 セレドニオは捕まえる

 バレアレス王国は、お二人の王子が流行病で相次いで亡くなり、国王陛下が失意のうちに退位をお決めになられ、王位継承争いからも退いていた形となるアデルベルト殿下が即位される事となったのが二年前の事になる。


 王の側近である私、セレドニオの前に引き出され、衛兵にとり囲まれた侍女頭は真っ赤な顔となって小刻みに震え出すと、

「このような事をして!フェルミン様が黙ってはいませんよ!」 

と、怒りの声を上げる。


 フェルミン様とはこの国の宰相であるフェルミン・ジョンパルトの事を指しており、侍女頭は彼とは二十年に渡り不倫関係を続けていた事になる。


 私の背後から現れたエルナンド伯爵は捕えられた妻を見下ろしながら、

「このような窮地に陥った時でも・・お前が呼ぶのは宰相殿の名前なのか・・」

 と、悲痛の声を上げた。


 王宮の侍女を統括するだけに、代々高位の貴族女性が侍女頭に就く事となる。今まではエルナンド伯爵の妻がその地位に就いていたのだが、夫人は長年、宰相であるフェルミンと不貞関係にあったのは有名な話だ。


「セレドニオ殿、私は持ち得る全ての情報を引き渡す事をここに宣言いたします」

「爵位剥奪は免れないが」

「妻は死刑が確定となるでしょう。でしたら、私の方は命があればなんとでも」


 夫から死刑の言葉を聞いて、侍女頭は真っ赤だった顔を一気に真っ青にさせた。

「嘘でしょう!私が死刑だなんてそんなの嘘よ!」


 後ろで数珠つなぎに縛り上げられた侍女たちも悲鳴のような声を上げる。

「わ・・私は何もやっていません!何もやっていません!」

「私もです!何もやっていないわよ!」

「侍女頭様の言う通りにしただけじゃないですか!私は何も悪くありません!」


 アデルベルト国王と婚姻の儀を行なったセレスティーナ姫は現在、バレアレス王国の正式な王妃となっている。


 王妃には三人の専属侍女が付き、必要に応じて補佐の侍女やメイドが追加される形となっていたのだが、その三人の専属侍女は王妃に対して挨拶一つ行っていない。


 調べてみた所、毎日、おしゃべりをしながら何の仕事もせずに、ただ、楽しく遊んで日々を送っていたらしい。


「お前たちは侍女頭から受け取った花を仲の良い騎士に売り渡し、下げ渡された菓子を貪り食い、流行の化粧品などは自分のものとして随分楽しんでいたようではないか?」


 陛下から毎日送られていた花や菓子、化粧品の類は、王妃の元には一切届かず、侍女頭から専属侍女たちに下げ渡されていた。王宮に出入りする下級兵士たちの間では、最近、高値がつくような花束を安く譲り渡してくれる侍女がいるという事で、その花束を使って料理屋の娘を口説いたとか、パン屋の娘を口説いたとか、枚挙にいとまがない。


「王妃の専属侍女の立場を放棄しただけでなく、王妃が受け取るべきものを、己の欲求のままに消費した。王族の私物を盗むなどあってはならぬ事であるのは分かっているだろうに?裁判の結果を聞くまでもなく、まずは死刑、良くて死ぬまで鉱山労働となるであろうな」 


 悲鳴をあげ、侍女の一人が失神をしたが、そもそも自分たちが罰を受けるだけで済むような話ではないのだ。


「もちろん、家族も連座で罰を受ける事になるだろう。王族の私物を盗むような者を血族に持つ者など、信用が置けるわけがない。全ての縁者は王宮からの追放処分となるだろう」


「ひいいいい」

ひきつけを起こして白目を剥き、残った二人も失神した。


「わ・・私は・・王妃様の物を盗んでなどおりませぬ!」


 もはや顔面が土気色となった侍女頭が目を血走らせながらこちらを睨みあげたのだが、なぜ、私を睨みつけるのだろうか?そもそも、どの口が言う?状態なのだが?


「王妃へプレゼントされた物を専属侍女に勝手に下げ渡すのは盗み同様の行いであるし、お前はそもそも、宮廷管理のために支給された費用を横領しているではないか?その金で王都に若い男を囲っているだろう?」


「・・・・」


 がくりと項垂れた侍女頭と失神した侍女たちを運び出すように命じると、近衛兵たちが引き摺るようにして外に連れ出していく。この時点ですでに罪人扱い、彼女たちはこれから地獄より恐ろしい目に遭う事になるだろう。


「エルナンド伯爵、夫人の愛人は捕らえて牢に押し込めておりますが、顔を見て行かれますか?」

 後ろを振り返ると、伯爵はへたり込むようにして床に座り込んでいた。



 我が国へ輿入れしてきたセレスティーナ妃のあり得ない状況を調べていくうちに、侍女頭と宰相の姿が見えてきた。侍女頭は女性を取りまとめるトップの役割を担う事となる。この侍女頭が宰相と長年親密な関係を築いているというのは、その界隈では有名な話。


 前の侍女頭は二人の王子が流行病で亡くなったのを理由に解雇された。二人の殿下の身の回りの世話をするのは侍女の役割であり、国王陛下は誰かしらの所為にしたかったのだろうとは思うのだが、理不尽な解雇の後に新しい侍女頭となったのがエルナンド伯爵夫人だった。


 疫病で疲弊した国の建て直しは並大抵のものではなく、外にばかり目を向けていて、内側を疎かにしていたといえばそれまでの話となるけれど、今回、セレスティーナ妃への待遇が明るみにならなければ、目の前の夫人は更に長い時間、甘い汁を吸い続けていたことだろう。


 侍女頭に横領を勧めたのは宰相。侍女頭以上の大金を宰相は裏で横領し、動かしていた。では、その宰相が横領した金が何処に行ったのかというと、前国王の弟であるデメトリオ殿下の元だというのだから頭が痛い。


 アデルベルト国王陛下の叔父となるデメトリオ殿下は、自分こそが王位を継承すべきであると考えている。アデルベルト陛下を何かしらの方法で殺害したとして、スムーズに王位を継承するためには大多数の貴族の賛成意見が必要となる。


 大多数の賛成意見を手に入れるためには賄賂が必要であり、賄賂をばら撒くためには金が必要になる。


 アデルベルト陛下はフェルミン宰相と相性が悪く、別の者に宰相職を任せようと考えているのだが、フェルミン宰相はまだまだ宰相職に就いていたいし、甘い汁も吸いたい。そこに目をつけたデメトリオ殿下が声をかけ、二人がタッグを組んだという事なのだろうが、ますます頭が痛くなってくる。


「今日は姫様とのお茶会か・・・」

 姫様に直接お会いする前にと、急ピッチで専属侍女や侍女頭を捕まえたのではあるが、姫様に敵意を向ける者はこの王宮内には、まだまだ山のように残っているのだ。


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