第4話 悪役姫はゴロゴロする

「アデルベルド様は私を愛していらっしゃるのよ」

「亡国の姫君が名前だけ妃となったようだけれど、貴女にはこの王国内に居場所というものがないのよ」

「誰も貴女など守りやしないわ」

「死ねばいいのに」


 アデルベルト国王陛下が愛する人はその都度違うので、誰を警戒しなければいけないのかっていうところが一番わからないんですよね。

 この人と、この人と、この人に気をつけて、なんて呑気な事を考えていると、真打登場!新しいメンバーの紹介です!なんて事にもなるため、関わらないのが一番だと気がついたのは何度目の生だったでしょうか?


 基本、放置なので、誰もやって来る事がない状況。だから、ベッドの上でゴロゴロゴロゴロ、ひたすらゴロゴロしているような現状です。

 たまに誰かが部屋に入って来ようとして扉をノックしてくるし、ドアノブをガタガタ揺らすんですけど無視!大概が嫌がらせ目的なので、相手にする方がバカを見ます。


 そうして無視した時には、チュスに誰かしらが探りを入れて来るのですが、

「散歩に出られていたんじゃないですか?テラスからも自由に出入りが出来るので、姫様は散歩をこよなく愛しているのです」

と、答えさせるようにしています。


 一応、この部屋って重要なお客さんをお迎えするための部屋でもあるので、テラス周辺だけは近衛兵が厳重に警戒をしているんですよね。だから、庭からこの部屋まで侵入する事は出来ないのです。基本的に他人が出入りするのは廊下に続く扉だけ。


 最初から扉が開放状態だったので、自分たちで鍵を作りました。施錠用の鍵なんか誰も渡してくれないですからね、本国から道具を持ち込んでいるわけですよ。


「姫様〜、そろそろお昼ご飯にいたしましょうか?」 


 鶏の丸焼きの購入に成功したチュスが、テラスに置いた携帯コンロで切り分けた鶏肉を炙り、その上にチーズをのせています。芳しい匂いに涎がこぼれ落ちそうよ、王宮の宮廷メシはもういらない、B級グルメがあればそれでいいの。


 テーブルに着くと、可愛い猫がデザインされた皿の上に、炙りチーズ鶏肉、パン、サラダ、皮をむいたりんごが乗せられていく。洗うのが面倒くさいからいつでもワンプレートなの。好きなものを毎回一皿だけ食べられるってなんて幸せなのかしら!今生も牢獄に入れられるまではこのスタイルを貫きたいものね!


「姫様、珈琲、紅茶、どちらになさいます?」

「うーん、今日は紅茶にしましょうか?」

「美味しいハーブティーをお裾分けいただいたので、それにいたしましょうか?」


 チュスは男装の麗人だから、王宮に勤めるレディたちに人気が高いのよ。しかもたった一人で、我儘で横暴で傍若無人の亡国の姫の面倒を見ているという事で、同情票がバッサバッサ入っているような状況なの。


 だから差し入れとして紅茶とか、クッキーとかチョコレートとか、たくさん貰ってくるのよね。中には私狙いで、毒入り、下剤入りが紛れ込んでいたりするから、吟味が必要なのだけど、それを除いてしまえば、無料で美味しい思いが出来るってわけです。


「姫様、午後のご予定はどうなっているのでしょうか?」

「寝るわ」


 今では一つのテーブルで向かい合って食事を取るようになったのよ!祖国にいる間は、一人で食事をとるのが当たり前だったから、今の方が充実しているのよね。


「寝るんですか?」

「そう、寝るの」


 読みかけの小説を読みながら惰眠を貪る日々、ああ、なんて幸せなのかしら!


「太りますよ?」

「いいのよ太っても。どうせ牢屋に強制送還されれば、食べるものも無くなって痩せる一択になるのだもの。今のうちに贅肉を溜めておかなくっちゃ!」


 カトラリーを手に持つチュスの眉がハの字に開く、いつだって、いつの時代でだって物凄く優しい娘なのよね。


「そ・・そういえば、今日、買い物の途中でセレドニオ様に会いました」

 チュスは話題を変えようとしたんでしょうけど、思わず顔をくちゃくちゃに顰めてしまったわ。


「ええ?もう?」

「もうってどういう事でしょうか?」

「もうったらもうなのよ!」


 ため息を吐き出しながら思わずテーブルの上に突っ伏してしまった。

 セレドニオ様は陛下の側近で、私を気遣ってくれる唯一の人と言えるでしょう。


 過去にも、私の境遇を同情し、何度も助けになってくれようとはしたのだけれど、この男、全く何の役にも立たないのよね。

 ただ、セレドニオ様が声をかけてきたという事は、私に対しての重要なフラグが一本立った事を意味している。


「姫様に言われた通り、手紙を渡しておきましたが」

「だとすると、ここに彼が来るのは三日後になるわね」


 セレドニオ様は事を荒立てるのが嫌いだから、とりあえずは誰にも言わずに、私の所を訪れる事になるでしょう。

 私の様子や言動を見て、今後の方針を決めていく事になるでしょうから、私は私で準備を始めなくちゃならないわね。


「ねえ、チュス、使用人達は私の事を何と言って回っているのかしら?」

 私の質問にチュスは簡単に答えた。


「引きこもりの役に立たない姫君。未だに陛下のお渡りもない。すでに忘れられてしまった王妃。そんな所だと思いますが?」

「王妃がすべき事を一切行わない、無能で怠惰な穀潰しとは言われていないかしら?」


「それはまだ聞いたことがないですけど・・」

「近日中に出回るから注意しておいてちょうだい」


 使用人の噂話は一つの指標になっている。

 過去には、王妃として何の役にも立たない、怠惰で無能の穀潰しと揶揄されて、最後には公金横領の罪を捏造されて死刑になったのよ。


 今の時期は、水面下で行われていた横領事件が明るみになろうとしているところで、罪の押し付け先を探しているような状況なのよね。


 今じゃ早すぎる、だけど、バレアレス王国に移動してきてもう少し時間が経った後なら問題ない、王に無視された王妃は格好の生贄になってしまうのよ。


「三日後の午後、セレドニオ様を招いてのお茶会を開くからそのつもりでいて頂戴」

「ファシオンのケーキをご用意いたしましょうか?」


 ファシオンは王都の隠れた名店二十選に選ばれるほどの店に急成長するのだけれど、私が王国に移動したばかりの頃は、あんまり売れなくてパッとしなかったのよね!チュスにお金を渡して初期投資をして、その店が人気店となる原因となった商品の開発を手伝った今では大人気!未来を知っているからこそ出来る事だわー〜。


「イチゴのケーキが食べたいわ!」

「本当に姫様はイチゴケーキが好きですよね、すぐに用意してくれると思いますけど」

「だって!食の楽しみがなければ生きてらんないんだもの!」


 何度も繰り返しながら8回死んで、今は9回目の生になるのだけれど、今までの知識を網羅した今が一番、食が充実しているのかもしれないわ。


 国王と離縁して、この王国から逃げ出すのが一番だけど、逃げ出すのが今現在、困難なのはいつの時でも同じ事なのよ。それなりに楽しみがなければやってらんないのよね!


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