第3話 王の側近セレドニオ
私はセレドニオ、アデルベルド陛下の側近と言われている。
やっている事は秘書そのもので、陛下がつつがなく国の運営を行う事が出来るように、先に、先にと考えて動いて行くのが私の役割という事になる。
貴族院の承諾もあり、我が国に聖なる血筋を取り込む目的から、聖国カンタブリアのセレスティーナ姫が我が国へ輿入れする事となった。
滅びた国の姫など王家に嫁がせても何の意味もないと言い、自分の娘こそが相応しいと言い出す貴族も多く居たが、そんな事を言い出す奴は自分の無能を曝け出しているようなものだ。
神の子を祖先に持つカンタブリア王家は聖なる血を持つ一族であり、この血を取り入れるという事は、神の加護を取り入れるのと同義となる。
聖国が滅びたことにより、聖人の血を取り入れる最後のチャンスと言っても良いようなこの状況。他国を欺き、出し抜きながらようやっと手に入れた姫君を、毒殺されたと偽って死体と入れ替え、他国に放逐するなど愚の骨頂と言えるだろう。
過去に何があったのかよく分からないが、姫君の陛下に対する嫌悪感が物凄い。泡を吹いて倒れた上に、全身に蕁麻疹が出るなど尋常ではない。
今は距離を置いて、毎日花束を送り、プレゼントを送ってご機嫌伺いをしているような状況なのだが、一向に進展が見られない。お礼の一言もないのはどうだろうかと思うのだが、侍女頭曰く、
「よほどショックだったのではないのですか?今はそっとしておいたほうが姫君の為になると思います」
ということになるらしい。
「とにかく、あっと驚き、これはお礼の手紙の一枚でも書かなければならないと思うような、姫君の心を捉えるプレゼントをご用意しなければ、進む話も進まない」
貴族街を抜け、瀟洒な店が立ち並ぶ繁華街をゆっくりと歩きながら、何が良いかと物色を繰り返す。妹に尋ねて、今、淑女の間で流行となっているものを毎日送ってみたのに、姫様からは無反応。
「姫様は殿方からの真心が欲しいのではないでしょうか?」
妹曰く、女性が求めるのは、殿方が自分の事だけを考え、自分の為だけに用意したプレゼント。忙しい陛下には難しい事だが、補佐の私であれば、姫様へのプレゼントを考えるだけの時間を捻り出す事は出来る。
意を決した私が宝飾店へ入ろうとしたところ、姫様の護衛であり侍従でもあるチュス・ドウランが歩いてくる姿が目に入った。
今日は仕事が休みなのだろうか、パンやチーズ、果物などを抱えている。
「ドウラン殿、荷物を持つのを手伝おう」
私は声をかけると、彼女が抱える紙袋を取り上げるようにして笑顔を浮かべた。
「今日はお休みだったのかな?もしもお時間があるようでしたら、是非とも、姫様が今、一番必要としているものをご教授いただければと思うのですが」
「セレドニオ様・・・」
呆然と私を見上げた男装の麗人は、
「いつか姫様がセレドニオ殿に声をかけられるだろうと言われていたが、それが今日だったのか・・・」
と、ブツブツ独り言を言っている。
そうしてドウランは、涼しげな眼差しを私の方へ向けると言い出した。
「私は休みではありません、姫様の食事の買い出しに出ていたのです」
「はあ?」
「何が必要か・・ですか。もしも可能であれば、是非ともお願いしたい事があるのです」
「なんでしょうか?」
「少し手前の定食屋で鶏の丸焼きを売っているのです。それを買って来るまでの間で良いので、この荷物を持ってくれると有り難いのですが」
「はい?」
「姫様は鶏の丸焼きが気に入ったようで、昼はサンドイッチ、夜はスープに混ぜ、翌朝はホットサンドに加えて食したいと申されているのです。一羽で何度も美味しい鶏の丸焼きこそ、姫様が今、一番に必要とされているものであると断言いたします」
ええええ〜っと。
「今日は姫様が好物の林檎が安売りだった為、たくさん購入したのが仇となり、パンも追加で購入すれば両手が塞がって肉にまで手が届かなかった。だがしかし、貴殿が少しの間、手伝ってくれるというのなら、私は今すぐ鶏の丸焼きを買いに行き、全てを持ち運べるように袋を工夫する事ができる。本当に助かる事になるのだが、如何だろう?」
「あのですね、如何だろうじゃないんです。何故、鶏の丸焼きを今買うんですか?食べたければ侍女に頼んで料理長に作らせれば良いだけの話ですよね?」
「うん?」
「もしかして、王宮内での料理の味付けが姫様には合わないという事態に陥っているのでしょうか?」
「味については、姫様も朝食を一回しか食していないので、好みかどうかを判ずるのは難しいかと思います」
チュス・ドウランは実にあっけらかんと言い出した。
「王宮へ移動してきて、姫様の為に出された食事は朝食の一回のみ。以降、本日に至るまで、食事が出たこともなければ、侍女が顔を出す事など一度としてない」
そう断言した後、ドウランはそわそわしながら言い出した。
「別に外から買ってくるから食事については問題ない。万が一にも無理を言って作らせれば、残飯だったり、下剤が入っていたり、毒入りだったりするから、城で作ってもらうよりも外から運んだ方が姫様も安全だと断言されている」
「侍女が顔を出さないとは?」
「部屋には侍女もメイドも現れない。シーツなどは私が取り替えられるし、私が洗濯室まで運べば洗濯をしてもらえるので特に問題は生じていない。万が一にも無理を言って部屋の掃除、ベッドメイキングを任せれば、枕の中に毒針を仕込まれる事になるそうなので、掃除も姫様と二人で行うから何の問題もないと断言できる」
「いやいや、そういう事ではなく」
「すまんが、ちょっと行ってきても良いだろうか?鶏の丸焼きが焼き上がったようなのだ。あそこの店は人気ですぐに売り切れてしまう。申し訳ないが、買って来る間、荷物を持っていてくれると助かる」
そう言って残りの荷物を私に渡すと、颯爽とチュス・ドウランが歩き出した。
そうして、すでに人だかりとなっている定食屋の前まで行くと、慣れた様子で先頭へと突き進んでいく。
普段、私は外で食べるのに定食屋を選ぶ事などないので視界に入りもしなかったが、人気の店が立ち並ぶ場所で商売を続けていけるだけあって、店の前には人だかりが出来ていた。
「それにしても・・・姫様が輿入れしてきて二十日が経過しているのだが・・・」
泡を吹いて倒れた姫様の心の安定をまず第一に考えた私たちは、姫様が苦手とする男性の使用人をまずは遠ざけ、心を許せる女性だけで身の回りの世話をするようにしていたはずなのに、何故か、衣食が放置の状態となっていたらしい。
「セレドニオ様!申し訳ありません!お待たせしました!」
香ばしく全体が焼けた鶏の丸焼きを袋に入れて戻ってきたチュス・ドウランのほくほく顔を見下ろしながら、
「侍女頭が姫様の元に伺って」
と言ったところで、
「侍女頭って誰ですか?」
と、ドウランは私から荷物を受け取りながら言い出した。
「姫様がお倒れになり、姫様が与えられたと思しき部屋へと移動する事になりましたが、医者が見にきたのもあの一度だけ。姫様が着ていたドレスを脱がすために、確かに数人の侍女らしき女達が働いてはいましたが、姿を見たのはそれ一度きり。翌朝の朝食が廊下に放置されて以降も、姫様自身は誰とも顔など合わせておりません」
それが既定路線だから良いのです。そんな感じでドウランは私の顔を見上げると、
「セレドニオ様に声をかけられたら渡すようにと姫様からお預かりしておりました、こちらの方をお渡ししておきます」
と言って、一枚の封蝋が施された手紙を渡してくると、
「荷物を持って頂き有難うございました。それでは、私はここで失礼させて頂きます」
恭しく辞儀をして、颯爽とした足取りで人並みの中へ紛れこんでしまった。
姫様からの手紙の中には、今のままの状況で静観するように命じる内容と共に、この手紙を受け取ってから三日後の午後、姫様の元を訪れるようにと記されていて、
「これって、プレゼントの中身を考える以前の問題だったんじゃないのか?」
と、私は頭を抱える事になったのだった。
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