第2話 悪役姫は放置される

 王国に到着した途端、身を清められ、純白のドレスに着替えさせられ、神殿に連行されるように連れて行かれて、神の前で宣誓を行うのはいつもの事。


 花嫁として王家に嫁ぐ際の結婚の儀は、極々うちわで行われるものであり、他国を招いての披露目は後日、大々的に行うのが普通らしい。過去8回、大々的な披露目というものは行った事がありません。


 国が滅びたといえど、亡命中の両親は健在という事もあって、結婚の儀を行った後には両者の立場のすり合わせが応接の間で行われる事になる。


 聖国の姫は巫女となるため、豊穣の祈りは国をあげて行うのか行わないのか。巫女の加護によって国としての利益が上がる場合は、利益率の何%が亡命中の王家へ支援金として送られる事になるのか等。


 聖国は神の血を宿すと言われているだけに、お金の繋がりとはいえ太いパイプを持っていた方が後々有利に働く事もある。そのため、取り決めの詳細を共有する意味で、顔を合わせる事になるのです。

その顔合わせが私にとっての最初で最後の特大チャンスになるわけなのよ!


 過去、何度も悲惨な死を繰り返している私なのだけれど、アデルベルド国王の隣にはその都度、美しい女性がはべり、私を蔑み、嘲笑いながら私の死を眺めているわけですよ。


 結婚の儀を行った事により、正式な妻は私、セレスティーナという事になるんだけど、陛下は他の女性を娶りたかったんでしょうね。


 毎度、白い結婚ですし、放置ですし、無関心なものだから、私の王城内での待遇は土砂崩れのように悪いものになっていくわけです。

 聖国は滅びたわけですし、亡命中ですし、何の後ろ盾もない状態の王妃ですからね?そりゃあ、そんなもんだろうって8回も繰り返せばわかります。


 そこで毎回思いますの。

 そんなに嫌いなら、王国まで連れて来る必要ありませんでしょうって。

 ほっといてくださいませと、離宮まで迎えに来る必要もございませんでしょうって。

 早々に結婚の儀とか行わないで、もっと吟味いたしましょうって!あんなうんちみたいな儀式、そこら辺のドブにでも捨てておしまいなさいって!


「滅びた国の姫君なんでしょう?」

「敗戦国の姫なんか、何故、迎えることになったのかしら」

「どうする?朝食をここまで運んで来たけど、中まで持って行く?持って行かない?」

「どうせ護衛の兵士もいないんだし、部屋の前に放置でいいわよ」

「そうよね!行きましょう!」


 王宮に移動してきた私が与えられる部屋は4パターンありますが、今回の部屋は比較的上ランクのお部屋という事になりますかね。もちろん、陛下の部屋と続き部屋となる王妃の間ではございません。


 毎回、私付きの侍女として何名かは配属されているらしいんですが、高位貴族の身分だけに敗戦国の姫君の世話など嫌って、顔を出すような事など致しません。


毎回の恒例行事となるんですけれど、彼女達はよっぽど暇なのか、わざわざ私の部屋の前までやってきて、今日は陛下が誰々とお庭を散歩して楽しそうだったとか、今日は仲良く誰々とお茶をして楽しそうだったなどの報告を、扉越しにしていくんですね。


まあ、本日は結婚の儀の翌日という事もあって、王様のゴシップは流していかなかったみたいですけれど。


 侍女頭なんか過去8度、顔を見た事もありません。こちらは敗戦国の姫君、捕虜の扱いとしては上等だろうと言いたいような扱いが今後続く事となりますが、聖国を滅ぼしたのはジェウズ侯国よと、侯国に行った方がよっぽど待遇が良いんじゃないかと思うわよ。


「姫、一応は朝食が届いたようですが、本当にこれが最後の食事になるのですか?」


 外に放置されたワゴンを部屋に運んできたチュスが、眉をハの字に広げながら問いかける。


「信じられないけどそうなのよ、お昼は来ないから買い出しに行って来てちょうだい」

 本当は食欲なんかないんだけど、これが王宮で出る最後のまともな食事なので、食べないわけにはいかないのよね。


 うんざりした様子で私がテーブルにつくと、形の良い眉をますますハの字に広げたチュスが、テーブルに朝食を並べていく。


「昨日、姫様が倒れた後、陛下と直接お話しをする機会を設けられたんです。姫様のご許可もありましたので、姫様が過去、八度も悲惨な死を繰り返しているという事は説明させて頂きました。私としては、話が分からない人ではないという印象を持ったのですが?」


「あら、そう?私には怪物にしか見えないけれどね」


 バレアレス王国の国王、アデルベルト・バレアレスは、太陽のように金色に輝く髪をお持ちの美丈夫で、紺碧の瞳は王家のブルーサファイアとも呼ばれているのです。第三王子として生まれ、軍務を取り仕切る立場で差配を振るっていたという事もあり、無駄な筋肉など一つもないと表現しても良いような引き締まった体躯を持ち、見上げるほどに背が高いお方です。


 兄二人が流行病で亡くなった事で王位継承第一位となり、持病が悪化した父王が隠居を決めた事により、二十四歳の若さで即位。今は二十六歳という事で、十九歳の私と七歳差婚という事になります。


 とにかく女性から人気があるのです、人気があるからこそ、国が滅びて実家の権力ゼロの姫君など見向きもしないのです。何故、私を王妃の座に据えたのか、理解に苦しむ事になるのもいつものこと。


「姫様、本当に、本当に、これ一食だけで終わりなんですか?」


 チュスはどうにも納得が出来ないらしい。フォークが進まない私を見つめながら疑問の声をあげている。


「チュスはバレアレス王国に雇用されているという事になっているから、賄い食が食べられると思うけど、私はこれが、最後のまともな食事という事になるのよ」


「やっぱり嘘とか冗談ですよね?」

「嘘や冗談じゃないわよ」

 思わずため息が溢れ出す。


「過去に、無理を言って持って来て貰った事もあるのだけど、とても食べられたものじゃなかったり、酷いと残飯だったり、まともな食事が出たと思えば下剤が入っていたり、毒が入っていたりするから、私としては、自分の食事はすべて外からのテイクアウトで良いと思っているの。だから、食事が取れなくて困っているとか、そんな事を外では言わなくていいから」


 私はバレアレスの通貨が入った革袋と、王宮近くの買い食いマップをチュスに渡した。


「今日は何だか味の濃いものが食べたいの、ここの串肉屋で串六本、ここのパン屋で丸パンを八個買ってきてちょうだい。あと、クリームが中に入ったパンも売ってるから、それは六個、おやつと明日の朝食に当てましょう」


 真っ青な顔で受け取るチュスは、漆黒の髪を男の子みたいに短く切っているし、茶色の瞳はキリッとしていて格好良いの。それに、護衛を兼ねているという事もあって男装の麗人って感じなのよ。過去のループ中に外へ一人で買いに行かせても何の問題もなかったから、きっと今回も大丈夫でしょう。


「とりあえず、陛下の側近であるセレドニオ様が声をかけてくるまでは暇なはずだから、今日はもう寝るわ」


 朝食を食べ終わった私は、寝室に移動して布団に潜り込んだ。

 掃除に来る人間も居ないから、自分の部屋に居る限り好き放題できるのは、いつの時でも同じ事なのだ。

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