私はまだ死にたくありません! 〜九回目のループ中に姫は生き残りを賭ける〜
もちづき 裕
第1話 悪役姫は離縁したい
「いつでも離縁はウェルカムです!」
白金の髪の毛を高々と結い上げた姫君は、金色の瞳を潤ませながら言い出した。
「普通に離縁が無理なら毒殺とか!毒殺とか!毒殺とかしたふりをして!そっくりさんの死体なんかを用意して、ああ、姫君は儚くも死んでしまいました〜みたいな感じで葬儀も簡単に取り行って貰う感じでいいんです!絞首刑とか!ギロチンとか!そういうのは偽装が難しいので!毒殺一択でお願いしたいのです!」
姫は侍女から渡された袋から鬘を取り出すと、
「見てください!アルアンドラの蜘蛛の粘糸は私の髪の毛にそっくりなんです!この鬘を用意するためにアルアンドラの養殖にも成功したんです!」
右手で白金の鬘を掲げながら涙声で言い出した。
「ねえ!これさえ被れば誰でもセレスティーナになれちゃうんです!ねえ!これでいいじゃないですか!目星をつけた死体も、わざわざ用意して来たんです!早くしないと匂いがすごい事になっちゃうので!今すぐ!今すぐ!毒に倒れたという事にして放逐処分にしてはくれませんか?」
僕の顔をしばらく見つめた姫は、侍女からもう一つの袋を受け取って、床の上に袋の中身である金貨をぶちまけると、
「お金ですか?お金だったらこれじゃダメですか?滅びた聖国の姫一人の値段ってどれくらいになるんですか?これじゃ足りないようでしたら、後からいくらでもお支払いするので!是非とも穏便な離縁で!穏便な離縁でよろしくお願いしますー〜!」
姫は床の上に這いつくばり、大声をあげて泣き出したのだった。
今日、僕は花嫁と共に神の御前で結婚の儀を行った。
聖国カンタブリアは神の子である聖人を始祖に持つ。長い歴史を誇る国だったのだが、ジェウズ侯国の侵略により国は崩壊する事となってしまった。
国は滅びたものの神の血を宿すカンタブリアの姫は尊いものとされ、バレアレス王国の国王である僕、アデルベルト・バレアレスの元へ輿入れする事となったのだが、どうにも、姫君は戦後の混乱の渦の中に未だに身を置いているらしい。
「姫君、貴女との結婚を今すぐ放棄するつもりはないのだが?」
「えええええええ!なんでですか!今すぐでもいいじゃないですか!」
尊い血を我が王家に加えるための婚儀であるのに、後継者も作らぬまま離縁をしようという姫の意図が良くわからない。
「もしかして、姫君には心に決めた相手が居るゆえ、私との離縁を望んでいるとか」
「ないでーーーーす!そんな人はいないでーーーーーーす!女の子の友達もいないっていうのに、男の友達が出来るわけありませーーーーーん!」
姫はあまりに必死すぎた。
「見てください!私に付き従っている護衛?侍従?執事?もう、なんて名称つけたら良いのかさっぱり分からなくなっているんですけど、このチュス・ドウランは!」
後に控えるようにして立っていた若者の首根っこを引っ張って自分の近くへ引き寄せると、彼の上着を乱暴に剥きながら言い出した。
「見てください!女!見て!女!女だから!女!」
確かに、チュス・ドウランのかっちりとした上着の下からは、白いシャツに覆われた柔らかそうな胸が現れた。
「私は女性がラブじゃないので!チュスが恋人って事でもありません!ノーマルです!私はノーマルです!」
後に控えている側近のセレドニオがちょっと顔を赤らめて視線を他にずらしている。
女騎士のおっぱいを姫が持ち上げながら主張する様は、確かにドキッとさせるよな。
「姫君の主張は理解したが、何故早急に離縁をしたいと言い出すのか?私はそれほどに姫君の好みから外れているのかな?」
「容姿的にはどストライクです!ですが今は嫌悪感しかありません!」
姫曰く、僕の所為で8回ほど絞首刑やらギロチンやら、犬をけしかけられて咬み殺されたりだとか、散々な目に遭ってきたらしい。
僕が肩に触れただけで、
「ひいいいいいいいいいいいっ」
姫は泡を吹いて倒れた、全身は蕁麻疹で覆われていた。
「セレドニオ、姫の言う事は本当だと思うか?」
応接室から運び出される姫を見送りながら問いかけると、セレドニオは自分の眼鏡を押し上げながら言い出したら。
「聖人の血をひく姫君であれば、死した後、時を繰り返すというのは事実としてあり得るのではないでしょうか?」
カンタブリア聖国の王家に生まれる姫は姫巫女とも言われて、神聖なる存在とも言われている。我が王国はジェウズ侯国から姫君を掠め取ったとも言える状況なのだ。
姫は聖国から嫁ぐ際に、たった一人の侍従兼、護衛としてチュス・ドウランを連れて来たのだが、彼女は真剣そのものの様子で言い出した。
「姫様は何度も死ぬことを繰り返すというのは本当にあった事だと私どもは確信しております」
何でも、聖国での疫病の発生を二度予見し、侯国からの侵攻もかなり早い段階から予言していたという。その為、聖国の王族はみんな他国へ亡命しているし、移動が可能な高位貴族、富裕層、商人などもまた、とっくに逃げ出していたわけだ。
ドウランはセレスティーナも一緒に亡命するように促したというのだが、
「結局、私がここで逃げ出しても、結末は一緒、結局はバレアレスに嫁ぐ事は決まっているのだから、もういいのよ」
と、諦めきった様子で姫君は離宮に引きこもったらしい。
侯国が王都を攻め込む前に、聖国の潜入に成功した我が国の精鋭部隊は、離宮から姫を助け出す気でいたのだが、姫は予見したように精鋭部隊が来るのを待っていたし、すぐに出発できるように準備も整えていたという。
「とにかく、王国に行くのは決定、変えようのない運命だという事は分かっているのよ。だけど、あちら様だって、滅びた国の姫なんかと結婚を無理やりする必要もない状況なんだし、私なんかごみ屑にしか見えなくなるほどの愛おしい人がすでにいるわけなんだし、上手く交渉さえすれば早々に解放してくれると思うのよ!」
実際に、聖国から王国まで移動の最中、姫は行き倒れとなったまま放置されていた女性の遺体を本当に拾い上げ、遺体が腐らないように防腐処置をしながら王国まで運んできたらしい。
その女性の遺体は教会に預け、丁重に葬る事にしたのだが、この遺体を見るだけで、姫の本気度が良くわかる。
聖人の血を取り入れたいと熱心に考える一派がいたとしても、突然の病(毒殺ともいう)で倒れてしまえば文句の言いようもない。いらない嫁候補はさっさと捨てて、他の女をさっさと選べと言いたいのだろう。
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