エリクシル2

「皆……」


 突然の出来事に戸惑い手が止まる。それをカバーするようケイが割り込み、深々と腰を落としてはカウンターの体勢。拳を握り腕をクロスさせ、青い光が彼を覆った。

 振り下ろされた鎌を当たる寸前で弾き返し、拳を腹に一発。続けて二発。二発目がクリティカルだったか、黄色い光が拳から放たれると追撃するようコートを靡かせながら綺麗なサマーソルト。


「引くのも有りかもな。あんな死に方したらトラウマだ。ユナ、お前も無理だと思ったら退いていいからな」


 そう拳を握り身構えると、先ほど鎌を弾き返したとき鎌に触れたか。彼のレザーグローブに緑色の液体。それに気づいた俺は「ケイ!!」と叫ぶと「クソッ」とハエに包まれる寸前で姿が消えた。


 ――name:ケイ 離脱――


 ケイを見失い群がりさ迷うハエに向かって「イグニス」と双剣に炎を纏わせ、斬りかかる。小さくうっとうしいが炎が火の粉となり撒き散らす。無数のハエが焼け落ち、一息ついた瞬間――ビュンッと空気を切り裂く音が耳に入った。


 視界が真っ黒な空一色に染まる。


 フワリと妙な浮遊感と腹部を切り裂かれた鋭い痛みに声にならない声。床に叩き付けられ、倒れ込む俺の横に双剣が地に刺さる。

 不快な音に羽音に喰い殺されたメンバーの姿が浮かび、離脱しようとと口を開くも恐怖のあまり声が出ず、グッと目を瞑ったその時――。


『リーダー:ケイによりパーティー。よって、ソロとみなしを開始します』


 羽音に紛れ聴こえるプログラム・システム案内役のシルの声。俺の視界を覆い、包み込もうと群がるハエを眩い光が追い払った。


「大丈夫か?」


 羽音が消え、ゆっくり目を開けると見知らぬ男性の姿。小柄でくせっ毛の黒髪の右目隠しのショートヘアー。瞳は紫で服装ワイシャツ、ダメージジーンズ、ブーツ。その他アクセサリーがついているが霞んで見えない。


「あの、私……」


 立ち上がろうと手に力を込めるも入らず、「少し休んでろ」と俺の人差し指に大きめのリングがソッと填められた。黒く透明なシールドが俺を包み、微かだが回復効果もあり体の痛みが楽になる。


「おい、暴食グラ!!此方だ」


 手を叩き挑発すると標的タゲが彼に向き、素早く背負っていた大型のクロスボウに手を伸ばす。チラッと俺を見てはシーッと人差し指を口に当て、安心させるつもりか薄く微笑む。

 すると、【暴食グラ・ベルゼ】から聴こえる唸り苦しむ無数の声に眉を潜める。「なるほど、あれはダミーか」と彼は鎌持ちの本体ではなく、ハエに向かって駆け出した。


「糞虫、肉なら此処にあるぞ」


 自ら群がるハエに突っ込み、袖で口を押さえては銃口を下に向け、思いっきり引き金トリガーを引く。すると、目を覆いたくなるほどの眩しすぎる光。


 これは、閃光矢か。


 先ほど追い払った眩い光と似ており、ハエを一気に灰と化す。同時に【暴食グラ・ベルゼ】が突然の苦しみ始め、初めてダウン。膝をつき、鎌が手から離れ、地に落ちガランッと重い音を発てた。その時――。


 シュパパンッと金色の波紋。


 それは続けざまに現れ、ダウン中これでもかと頭部に突き刺さる。バリンッとガラスが割れるような音が鳴り【結合崩壊部位破壊】発生。緑の綺麗な破片が飛び散り、フードが破れ頭蓋骨が露になる。


「おはよう、頭蓋骨。お目覚めはいかが?」


 ふざけた言葉を吐き捨てながら今度は駆け出し、引き金トリガーを二回引くと、クロスボウから槍へ変形。しかし、同じ頃ダウンが解け、【暴食グラ・ベルゼ】が立ち上がり、鎌を手に取りと彼を斬り裂こうと素早く振るう。

 だが、当たる寸前でダンッと力強く踏み込み、その勢いでバックフリップ。大きく宙を舞い、ワイシャツが靡き、傷だらけで刻まれた骸骨のタトゥー。綺麗すぎる回避に見とれていると、空中で体勢を建て直し、そのまま――穂を頭蓋骨に向け突き放つ。


 バァンッと銃声と似た発砲音。


 良く見ると頭蓋骨に深々とが刺さり、纏っていた緑の光を失う。ガラスのように砕け、足元に飛び散ると【ファーストクリア】と可愛い丸文字が画面に現れた。


「だから、なに。何にもくれないクセに偉そうに。祝福がアンチとかふざけてる」


 祝福メッセージを槍で貫き、嬉しさよりもお節介だと嫌な表情。足元に散った【暴食グラ・ベルゼ】の結晶を踏みつけ、軽くしゃがみ詰まんでは匂いを嗅ぐ。


「さすがハエ、便所臭い」


 フッと指についた粉末を吹き飛ばすと「シル、メニュー開いてくれ」とシステムを呼び画面を開いては、スライドやタップと弄り始める。

 画面を見ながら俺に歩み寄っては「報酬要らないから全部やる」と【初討伐】でトドメも刺してないのに、目の前に白い箱と赤いリボンの箱。


「ま、待ってください!! 受け取れません!!」


 傷が癒え、シールドの効果が切れた瞬間、慌てて立ち上がりプレゼント箱を拾っては彼に詰め寄る。両手で優しく持ち、何度も断りの言葉をかけるも「いいや、これは君が持つべきだ」と一点張り。


「でも……」


「それ、返してくれればいい」と人差し指からリングを抜き取り填め直し「じゃあな」とヘッドセットを外すモーションを取った瞬間、その場から彼の姿が消えた。


「(お礼言えなかった)あ……」


 プレゼント箱を抱きしめ、地に刺さっていた双剣を引き抜こうと触れたとき――フラッシュバックのように脳裏に流れてきたのは『喰い殺された仲間』と『離脱され孤独となった自分の姿』。

 ハッ――と異常な恐怖心と手の震えに柄を握るもスルリと抜けてしまう。目の前で見たあの光景が焼き付き、自分では気付いてなかったが【戦闘】に立つことと【武器】を持つことに対して大きなトラウマとなっていた。


「……あの時、無理矢理でも逃げてたら良かったのかな」


 一人フィールドに残された俺は、人目につかないことを良いことに――手で顔を覆い慰めてくれる人も居ないままその場で泣き崩れた。


 その後――。


 寝落ちか。無意識に外したか覚えてなく枕の横に転がるヘッドセット。カーテンから光を差し込み、「朝か」と起き上がると頬を伝う涙。何寝ぼけてるんだ、と拭うも昨日の出来事は朝になっても抜けず、はぁ……と深い溜め息が口から漏れた。

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