『ネカマ』が『ネナベ』に恋をしました。

無名乃(活動停止)

エリクシル1

 血のように赤い空、闇のように黒い雲。肌を刺すような緊張感と張り詰めた空気。日食のように丸く光る月が、血にまみれた毒々しいフィールドをキラキラと照らす。


「ケイ、下がれ!! HP回復しろ!!」


「クソッ」


 ロングコートにフードを被った男が距離を取るため素早くバク転。コートが靡き足元に溜まった血が反動でビシャッと音を発て跳ね上がり、黒いコートがさらにドス黒く染まる。


「ヒーラー、タイミングがズレてる。ユナ、無理矢理標的タゲ取れ。回復に入る!!」


「分かった。任せて!!」


 罵声ではないが、苛立ち混じりの声が飛び交う。乱れた体勢を建て直そうとユナ盾役タンクであるケイの代わりに標的タゲを取る。


「虫さん、此方だよ!!」


 白いフリルとリボンのついたミニスカートがフワリふわりと、小さく跳ねる俺の動きに合わせて動く。双剣を討伐対象である『七つ大罪』の一つ【暴食グラ・ベルゼ】に向けるとわざと煽った。



         *



 数年前、増加する不登校を解消しようとVR登校や授業が開始され、学校に行かず自宅で出来ることからブームとなった。それをきっかけに会議や出張と様々な物事に使われ、社会に浸透していく中、去年ゲームとして初めて開発されたのが――。


 スピードアクション×VRMMO

 【エリクシル】


『VRMMO』とは、大規模オンラインゲーム。VRは視覚感覚のみだが、専用のヘッドセットを付けることで五感ごとゲームの中に入る。

 発売当時はVRと違い、自分自身が中に入り込むことからリアルで怖いと不評だった。しかし、画面越しだったゲームがヘッドセットにより自ら体験できると広まり、ゲームにしては高画質・音質。プレイヤーの脳波を読み取り、細かい表情や感情を全て読み取る高性能が評価され、今ではプレイ人数共にレビューやイベントの多さからしてNo.1と言える大人気ゲーム。


 元々、友達と遊ぶため苦手ながら始め、やり込むほどクセになる。神話・童話関連の美しくも禍々しい世界観やモンスターの魅了され、廃人とまではいかないが50位以内にパーティーグループが入るほど。

 熟練者が初心者と手を組み、パートナーとして行動するシステムや複数人で挑戦する討伐・撃退戦。あらゆるアップデートが加わり、噂では結婚もできるとか。あくまで友達の始めただけで、すぐに辞めるつもりだった。


 だが、アップデート【アンフェール冥界】。


 それが登場した瞬間、辞める所かリア友を含む固定メンバーで幾度の困難を乗り越えてきたにも関わらず、磨いてきた戦術やコンビネーションが新モンスター【罪咎種ざいこくしゅ】により軽々と打ち砕かれた。



         *



 緑で縁取られたローブを身に纏い、緑の光を帯びた骸骨がフードから顔を覗かせる。白く細い骨の手が身長を超える大鎌を振るったとき、斬撃が後方にいた魔法使いに当たり――視界に【暴食】と妙なスキル名。


「イヤァァァ!!」


 突然魔法使いが発狂し、声に誘われるようハエが群がる覆い尽くされ、黒い人形ヒトガタとなりの垂れ回る。喰われているのか咀嚼音が聞こえ、ジタバタと暴れていたがやがて止まり――黒い隙間から見えたのは真っ白な骨。


 ――アヤメ 死亡――


「うぇ……マジか。即死」


「即死判定あるなんて聞いてない……」


暴食グラ・ベルゼ】の前方で回復を終えたケイと交互に標的タゲを取っていたはずなのに、まさかの無視。

 魔法が嫌か。それとも、回復役ヒーラか。リズムを狂わせようと再び鎌を振り、今度は回復役ヒーラに当てると――。


「うわぁぁぁぁ!!ウッ……ンンッ!?」


 今度はハエが口から体内に入り、中を食い散らかしては腹を切り裂き溢れ出す。全年齢対象ゲームにしてはグロく不快な死に方。


「キャァァァーッ誰か!!」


 飛び交う悲鳴。


「クソッなんで標的タゲが向かない!!」


 考えとは裏腹に状況がさらにわるくなる。


「ケイ、これじゃあ――」


「分かってる!!」


 次々殺され、転がる死体。即死と虫に食い殺される恐怖に支配され凍りつくメンバー。リーダーで指示役のケイでさえ、「聞いてねーよ、こんなの」と取り乱し暴言を吐くほど。

 まだ、実装されて間も無く討伐記録もないモンスター。ライブ配信である程度技や行動を把握していたつもりだったが、それすら役に立たない。しかも、配信や動画で見た攻撃方法や行動に多少ズレがある。


「やだ、喰い殺されたくない!!」


 ――name:セツナ 離脱――


 恐怖に負け、一人姿を消す。


「俺、パス。これ無理だわ……」


 続けて、また一人。


 ――name:キョウ 離脱――


「わりぃ、リーダー力不足で……」


 ――name:カナデ 離脱――


 それは、感染するよう広まり残されたのはケイと俺二人だけとなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る