エリクシル3

 1LKの小さな部屋。丸テーブルに積み重ねある教材とパソコン。服や下着が入っているクローゼット。エアコン、冷蔵庫やキッチンは家電つき、テレビはない。学生にしては物少なく、さっぱりした部屋。


「寝起き悪……」


 グッと背伸びし、この胸くそ悪さを吐き出そうとスマホを充電り服を着替え、洗顔を身支度を整える。冷蔵庫に入れていたプリンを手に取り、スプーンを咥えながらムッとした顔でカーテンを開けると雲一つない空。細く薄い雲が槍に見え、フッと無意識に助けてくれた男性が浮かぶ。


 ――名前ぐらい聞きたかったな――


 プリンを食べながら空を見つめ、男の行動や戦い方を振り返る。スナイパーライフル並みに離れた狙撃範囲。素早い決断力と無駄のない動き。

 ベットに置いてるヘッドセットに目を向け、何故か会いたいと勝手に手が伸びる。だが、「いやいや、学校だからダメだってば」と自分に問いかけ、プリンの空をゴミ箱へ。スプーンはキッチンへ。


「終わったかな」


 スマホの充電が完了しているのを確認し、電車の時間を見計らい、少し早めに出ようとショルダーバッグを手に持つ。入り口に立て掛けてある鏡で髪型やYシャツとカーディガンのシワを伸ばしてはニコッと笑う。


「じゃあ、行ってきまーす」


 独り暮らしで誰もいないが声をかけ、手を振り部屋を出ると――「よっ」と目の前にVネック長袖にジャケット、チノパン姿の『ケイ』こと野崎のざき けいが立っていた。


「あ、けい先輩。なんで此処に」


 彼は俺より一つ年上。たまたま同じマンションに住んでおり、【エリクシル】に誘ってくれた仲のいい先輩。講義の違いから会うことは少ないが、朝から声をかけてくるのは初めてだった。


優輝ゆうき、昨日はごめんな。守れなくて」


「えっ」


 大学に一緒に行くか――と、誘われると思いきやまさかの謝罪。深々と頭を下げ、俺の様子を伺いながら「怖かったろ」と手を伸ばし頭を撫でる。学校についてから話そうかと思っていたが、根に持っていたようだ。


「少し話したいことがある。一緒に行ってもいいか?」


 申し訳なさそうに弱々しい声で誘われるも暴食グラの話かと変に身構えてしまい「すみません、俺……」と口を開くも「その様子だと気付いてないな」とハハッと苦笑い。


「俺が離脱したとき、独断だがパーティーグループ解散した」


「えっ!?」


「あれはトラウマもんだ。ゲームにしては死の感覚や音がリアルすぎる。それに、お前を助けるにはそれしかなかった」


 悔しそうで俺が助かったことが嬉しいかうっすら笑み。


「お前をリーダーして、俺を含むメンバーを強制解散。ソロなら救援を呼べるし、誰が来るかは賭けだが……。喰い殺される場面を見てビビったか、参戦したのはたったの一人。けど、結果オーライ。俺は嬉しいよ。お前が無事で居てくれて」


 文句どころか誉め、「ハグしていい?」と優しく抱きしめる。


「リーダー失格だよな。ホント……」


 後頭部に手を当てられ、ヨシヨシと撫でられたとき圭の手は震えており、お互い恐怖の中限界が来るまで戦っていた。それを分かった瞬間、一人じゃないと安堵したか、涙が溢れ圭に抱きつく。


「だよな」


 そう、お互い慰め合うと「パーティー解散したけどさ。俺、諦めてないんだよ。というか、悔しいから【七つの大罪】全て倒したい」と悔しそうで苦しそうな表情。

 続けて、「でも、今の俺じゃお前を守りながら戦うのは無理だと思うんだ。だから、『勝てる』って言える自分に会えたら迎えに行く。お前も時間必要だろ?」


「……うん」


「じゃあ、決まり。俺いろんなパーティーで作戦や戦術とか一から学ぶから。お前もように頑張れよ」


 バンッと活を入れるよう、勢いよく背中を叩かれジンジンと痛む。


「他のメンバー『あんなの勝てっこない』って再結成は望まないらしいから、お前が良いなら俺は待つ。倒そうな」


 ニカッと子供のように笑うと圭は「やべっ俺、1時限目だってか。遅刻する!!じゃあな!!」と嬉しそうに走っていった。

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