If only...

深海の底

本編

ふう。


君が、今日何度目か分からないため息をついた。


君の目は、もう何時間もテレビに向けられている。


ソファの上で、毛繕いをする猫みたいに体を丸めて、指は口元へ。


かりかり。


君はぼんやりとテレビを見つめながら、爪を齧る。


「ねえ、どうしたの」


君は質問には答えず、視線を揺らすこともなく、爪を齧り続けた。


テレビでは、若くして急逝した芸能人のニュースが流れている。


近年では、舞台にまで活躍の幅を広げて…人柄も良く、スタッフへの気遣いも忘れない人で…ウェルテル効果が心配され、命の電話を…。


しばらくして、呟く声がした。


「消えることはないの。ずーっと一緒に生きていかないといけない」


少し考えて、テレビのことじゃないと気がついた。


君をこんな顔にさせるものは、僕の知る限り、一つだけ。


「そうなの?」


「そう」


「どうして、そんなこと分かるんだよ」


「ただ、分かるの」


断固とした、それ以上疑問を呈することを許さない声だった。


悟りなのか、思い込みなのか、嘆きなのか。


こういう時の君に、どう言葉をかけたらいいんだろう。


咄嗟に君に向かって伸ばした手は、行き場を失い、バツが悪そうにソファーに落ち着く。


「…じゃあ、付き合い方を学ばないといけないね」


「そう。インターネットみたいに」


「ネットみたいに?」


「そう」


それ以上、君は何も言わなかった。


君の目は、相変わらずテレビに向けられたままで、でもきっと、君が見ているのはテレビなんかじゃなく、その先にあるもので。


顔にかかる、艶のある髪。


丸めた背中と、羽みたいな肩甲骨。


爪を齧る時に現れる、白い歯。


ふう。


また、君がため息をついた。


長い睫毛が、物憂げに上下に揺れている。


もし、僕の目に映るものが、君にも見えたなら。


君の目が、遠い不確かなものなんかじゃなく、目の前にあるものに向けられたなら。


君の美しさに、君が気づけたなら。

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If only... 深海の底 @shinkai-no-soko

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