山
【ラーメンの猫田】を後にして、渚ちゃんが次に連れてきてくれた場所は商店街から少し離れたところにある【ミヤビ堂】と呼ばれているこじんまりとした駄菓子屋さんだった。
どうやらあの味の薄いラーメンの口直しで連れてきてくれたようだ。
店は木造で、渚ちゃんが如何にも建付けの悪そうな引き戸をガラガラと開けて私達は店の中に入った。
「いらっしゃい」
紫髪のパーマに色の濃い茶色のサングラスに虎柄のシャツといった奇抜なファッションのおばさんが挨拶をしてくれた。「いらっしゃい」なんて言うぐらいだから店主で間違いないだろう。
店の中は棚にキチンと種類別に駄菓子が陳列されており、中には私にも分からないようなコアな駄菓子も並べらていた。少し入った所に大きめのテーブルとパイプ椅子があるので、きっと駄菓子を食べながら談話が出来るのだろう。
「こんにちは、ミヤビばぁちゃん。今日は休みなのに客が居ないね。」
「あー、さっきまで小さいのが数人いたけど、家に帰ってゲームするって駄菓子だけ買って行ったわ。全く、最近の子供は外で遊ばないねぇ。嘆かわしい。おっ、そちらの人は見ない顔だね?どちら様だい?」
私の方をジーッと見てくるミヤビさん。しない理由は無いので挨拶をしておこう。
「こんにちは、田上 美和子と言います。今日この町に引っ越してきました。」
ペコリと会社員時代に培った仰々しいお辞儀をする私。こういうクセって中々抜けないものなのだろうか?
「ふむ、礼儀正しくて良いじゃないか。渚、アンタも見習いな。」
「えぇ〜、今更ミヤビ婆ちゃんに礼儀正しくてするなんて、体がムズ痒くなっちゃうよ。」
「だってもヘチマもあるもんか・・・大体最近の奴らは・・・」
渚ちゃんに対してミヤビさんの長い説教が始まりそうだったので、ここですかさず私が助け船を出す。
「どの駄菓子も美味しそうですね。このうまい棒を3本ぐらい頂こうかな?」
「毎度あり♪」
やはり商売人、子供の説教よりも物を売る方を優先よね。私も少しぐらいは大人のやり取りというものは学習しているわ。
「ふぅ、ありがとうございます。ミヤビ婆ちゃん説教しだすと長いから。」
「別に良いよ。椅子に座って駄菓子でよ食べよう。」
そうして私達はテーブルを挟んで向かい合う様に椅子に座り駄菓子を食べ始めた。テーブルに駄菓子をいっぱい並べて食べるなんて何十年ぶりだろう?
渚ちゃんはリスみたいにカリカリと歯で音を立てながら、うまい棒を食べている。行儀は良いとは言えないが、まるでリスみたいで可愛い。
「美和子さん、実はここインスタント食品も食べれるんです。来る数分前に予約してれば、来たときに食べれるようにお湯を入れたり、レンジでチンもしてくれて便利なんですよ。」
「へぇ、それは良いわねぇ。」
「ただし、かき揚げ蕎麦のインスタントはオススメ出来ません。」
「どうして?」
「ミヤビ婆ちゃんが、かき揚げを入れてお湯入れちゃうんで、絶対にフニャフニャになっちゃうんです。かき揚げサクサク党にとっては解せない由々しき自体です。」
フンッと少し怒った顔をしているので、どうやら渚ちゃんは、かき揚げサクサク党の一員らしい。当人にとっては極めて真面目なことを話しているんだろうけど、見ているこっちからすると滑稽である。
「あっ、どうして笑うんですか!?」
そこから二人で駄菓子を食べながら談笑。渚ちゃんの話す落語のマニアックは話は非常に面白かった。
ひとしきりお喋りした後、渚ちゃんから町案内の最終的な目的地を告げられた。
「最後は【バカヤロー山】の頂上に登ります。」
「【バカヤロー山】?」
「はい、小学校の裏にある山でして、この町に住む人のハイキングコースにもなっている場所です。」
「・・・山かぁ。」
正直あんまり気乗りはしない。都会でのデスクワーク生活で私の体力はダダ落ちしており、シェイクアップの運動することすら億劫なのである。だがしかし、ここまで素敵な町案内をしてくれた渚ちゃんに応える為にも、私は気持ちを切り替えることにした。
「うん、分かった。山に登ろう。」
「はい♪」
それにしても【バカヤロー山】なんて凄い名前だな。一体どんな逸話があるんだろう?
「ねぇ、なんで【バカヤロー山】って言うの?」
私がこう質問すると、渚ちゃんは得意げに話し始めた。
「オホン、それはですね。この町が昔は村だった時に、日照りが続いて作物が育たなかった時がありまして、それにムカついた村の青年の一人が山に登り、天に向かって『バカヤロー!!』って叫んだそうです。すると暫くすると空に雨雲が出来始め、天から恵みの雨が降り注いだのです。その時の逸話が元で【バカヤロー山】と呼ばれています。」
「へぇ、面白い話ねぇ。」
この私達の話に突然ミヤビさんが割って入ってきた。
「私もね、ムカついた時はよくあの山に登って『バカヤロー!!』って叫びに行くのよ。そしたら不思議と胸がスッとするのよ。なんでだろうねぇ。」
「ぷぷっ♪ミヤビ婆ちゃんの大声は町中に響いてるよ♪『オタンコナスー!!』とか『ふざけんなバーカ!!』とか♪」
「渚、どうやらお説教を喰らいたいようだね。」
このあと、渚ちゃんがミヤビさんから30分のありがたい説教を受けたあと、私達は【ミヤビ堂】を後にして【バカヤロー山】に向かうことにした。
休日の小学校は静寂に包まれており、何処か寂しげな印象を受ける。そんな小学校の裏手に周り【バカヤロー山】と呼ばれる山の麓に辿り着いた。少しばかり覚悟をしていたのだが、ハイキングコースにもなっているということもあり、山頂に続く道はちゃんも鋪装されていて、手すりも取り付けられている。なだらかな道なので、これなら運動不足の私でも登って行けそうだ。
「私も久しぶりの登ります。『バカヤロー』って言うほど鬱憤が溜まってないからですかね?」
確かに渚ちゃんはハツラツとしていて、何かを貯め込むタイプの人間じゃなさそうだ。羨ましい限りである。
山を登り始めると、最近ご無沙汰だった花や木々といった自然が目に入ってきて、気持ちがいい風景に心が安らいだ。小鳥のチッチチという鳴き声も耳心地がいい。
「歩こう♪歩こう♪私は元気♪」
いい感じの木の棒を手に取り、某有名アニメのオープニングを歌う渚ちゃん。本当にこの子は天真爛漫で裏表が無い。出来るならこのまま大人になって幸せになって欲しいものだ。
山を満喫しながら20分程歩くと山頂にあっさり着いてしまった。山頂は思ったより広々とした空間になっており、木で作ったベンチやテーブルなども置かれて、まさに憩いの場所といった感じだ。私達しか居ないので山頂が貸し切り状態だった。
山頂には私達しかおらず、ここから町を見下ろすと町を一望出来て、人も建物も小さなミニチュアみたいに見えた。
「どうですか美和子さん?なんだか征服感ありますよね♪ふはは♪この町を手に入れたぞ♪みたいな♪」
「そ、それはちょっと分からないけど、確かに気持ちは良いね。嫌なことも忘れられそう。」
二人で町を見下ろしながら、あーだこーだ話していると、渚ちゃんがこんな提案をしてきた。
「美和子さん、もし良かったら『バカヤロー』って叫んでみたらどうですか?」
「えーっ、ちょっと恥ずかしいよ。」
「大丈夫、旅の恥は掻き捨てという言葉があります。つまり恥をかいても何とかなります♪」
「べ、別に旅はしてないけどね。」
だが、これも良い機会かもしれない。素敵な町案内をしてもらって、こんな気分の良い日に過去と決別出来たら、きっと私も一歩進める気が来た。
「じゃあお言葉に甘えて、叫ばせてもらおうかな?」
「はい、素敵な『バカヤロー!!』お願いします!!」
「それじゃあ行くね。」
私は大きく息を吸い込み、溜まりに貯まった怒りを一気に爆発させた。
「課長のバカヤロォオオオオオオオオオ!!奥さんに居るのに私と付き合ってんじゃねぇええええええ!!不倫なんかする気無かったんだよぉおおおおおお!!」
私のバカヤローからのカミングアウトが予想外だったのか、渚ちゃんは口をあんぐり開けて絶句している。引かれちゃったかな?でももう止まらない。
「周りの奴らもバカヤロォオオオオオオオオオ!!汚い目で私を見やがって!!ひそひそ話なら私に聞こえないように喋りやがれぇえええええ!!」
そこから私は卑猥な単語や聞くに堪えない罵詈雑言を言いまくり、言うことが無くなったらバカヤローをとにかく言いまくった。
「バカヤロォオオオオオオオオオ!!バカヤロォオオオオオオオオオ!!・・・うぅ、バッカヤロォオオオオオ!!」
顔を涙でグチャグチャにしながら、なんの罪もない町に向かってバカヤロー!!を叫ぶ私。すると隣からもバカヤロー!!が聞こえてきた。
「バカヤロォオオオオオオオオオ!!こんな良い人に酷いことするなんて、馬に蹴られて地獄に落ちろぉおおおおおおおお!!バカヤロォオオオオオオオオオ!!」
なんと渚ちゃんまで叫んでくれている。これにはジーンと来てしまった。申し訳ない気持ちもあるが、私のために叫んでくれてるのが嬉しくてたまらない。
私も負けじとバカヤロー!!と叫ぶと、それに呼応するように渚ちゃんもバカヤロー!!
バカヤローとバカヤローの応酬でもう何がなんだかワケが分からなくなった。
そうして最終的に声を枯らして、疲れ果てた私達は木のベンチに座り、ぐったりと横になった。するとさっきまで晴天だった空に雨雲がプカプカと浮かんできて、ポタポタと雨粒が降ってきたかと思ったら、一気に滝のような雨が降り注いだ。バカヤローが雨を呼ぶなんて、まさしく伝説の再来である。
私達は雨にずぶ濡れながら、枯れた声で二人で大笑いしながら帰った。
こんな最高の町案内をしてくれた渚ちゃんには感謝しかない。
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