商店街
「美智留さん、これが私達の町の誇る【キラキラ商店街】です。」
そう言って両手を高々と上げて自慢げな渚ちゃんだったが、入り口から中を見るに薄暗くどんよりしていて商店街には活気もなく、入口の上を付けられたアーチ型の錆びた看板に【キラキラ商店街】と書かれているのは、もはや皮肉以外の何物でも無かった。
「自慢の商店街を見せてあげます!!」
意気揚々と渚ちゃんが大きな声を出したので、TVに紹介されるような活気のある商店街を期待していた5分前の私に、過度な期待は裏切られた時のダメージが大きいぞと言ってあげたい。
「さぁ、中にずずいと入りましょう。」
ヤダヤダ、ただでさえ気持ちが落ち込んでいるのに、見るからに陰気な所に入って行きたくない。
そんな気持ちが押し込めない私は、最初の一歩が踏み出せずにいたが「遠慮しないで、さぁ、行きますよ」と渚ちゃんが私の手を掴んでズルズルと魔窟に引きずり込んで行った。ヘルプ・ミー。
「はい、まず右手に見えますのは、町の御婦人達の御用達件、井戸端会議にも使われる【ブティックの小川】です。うっかり入ると紫アフロがトレードマークの小川 さと美さん(57歳)が二昔前に流行ったか流行ってないか分からない服を押し売ってくるので注意ください♪私も一度興味本位で入ったら財布から樋口さんが消え去りました♪」
いきなり怖いな。絶対に入りたくない。てか渚ちゃん、バスガイド口調でノリノリだよ。
チラリと【ブティックの小川】の中を覗くと、奥のカウンターに座っている紫髪のオバさんと目があって、ニコリと貼り付けた様な笑顔を見せてきたので、私は危険を感じて目を逸らした。
今私は仕事もしてない身の上なので、たとえ野口さんだって失いたくない。
「そして左手に見えますのが、【本屋の毒島】です。店主のお爺さんの毒島 浩一(ぶすじま こういち)さんは結構気難しく、3分以上立ち読みしてると本屋の電源ブレーカーを落として強制消灯させられ、立ち読みしていた人は3日間【本屋の毒島】には出禁になります。」
「へぇ。」
本は好きだし、立ち読みなんかしない派なので、ここには興味があったけど、覗き込もうとした矢先に店の電気が消えて、中からニット帽を被った若者飛び出してきた。そして…
「バカヤロォオオオオオオ!!二度とくるなぁぁああ!!」
こんな怒号が中から聞こえてきたので、私はこれからは通販で本を買うと心に誓った。
少し前進すると更に両サイドに店があり、再び渚ちゃんがピタッと足を止めて説明を始めた。
「さて、次は左手から【魚屋の木村】さんです。ここは至って普通の魚屋さんで、この商店街にしては比較的普通の店です。いつも新鮮な魚を我々のご家庭に提供してくれます。ただ一つ、問題があるとすれば…」
そこまで渚ちゃんが言いかけて、私は【魚屋の木村】の方を見ると、目の下にクマを付けた不健康そうな痩せ型の人と目があった。歳にして20そこそこだろうか?ハチマキ、白い服の上から黒いエプロンをして、如何にも魚屋さんといった出で立ちだが、悪いが全然似合っていない。服に着られているとはこのことだろうか?
「わっ、わわわ…」
慌てた様子で魚が並べられているショーケースに隠れて姿が見えなくなる男の人。一体どうしたというのだろう?
私が首を傾げていると、渚ちゃんが淡々と説明の続きを始めた。
「彼、三代目である木村 鰯(きむら いわし)さんは、とにかく気が弱く人見知りで、一見さんはおろか、何度か顔を合わさないと話すことが出来ず、魚を売ってもらうのに一年かかった人も居るぐらいです。」
「えっ?一年?」
思わず声に出ちゃったよ。そんなんでよく商売成り立ってるな。というか鰯って、魚の名前を息子に付けるにしても他にあっただろうよ、両親よ。
「魚を買うためには根気が必要なので頑張って下さいね♪」
…スーパー、近くにスーパーは無いのだろうか?
そこから怒りっぽく何も買わないで出ると悪態を突く【金物屋の森田】。美味しいけど砂糖の使い過ぎでメタボ製造を促進する【ケーキの園田】さんの説明を受け、何だか疲れてお腹が空いてきた。
そのタイミングで渚ちゃんが一軒のラーメン屋を指差し「ここでお昼を食べましょう♪」と言ってきたので入ることになった。店の看板には【ラーメンの猫田】と書かれており、もしかして猫で出汁でも作ってるのか?と私は警戒のレベルを上げた。
「いらっしゃい♪」
頭の禿げた、絵に書いたようなバーコード頭のチョビ髭と丸眼鏡の店主が挨拶をしてきた。白い制服は黄ばんでおり、店のコンクリートの壁にはヒビが入っていて、カウンターの席のテーブルは油でギトギトだった。
「この人が店主の猫田 太一(ねこた たいち)さんです。よぉ、ハゲ店主!!元気にしてたか!!」
「ちょ、ちょっと渚ちゃん!!」
いきなりのディスりに私は驚きながらも渚ちゃんを嗜めようとしたのだけど、厨房の猫田氏はニタリと気持ち悪い笑顔を見せている。
「渚ちゃん、いつも切れのいいSをありがとうね♪」
「どういたしまして、クソ野郎♪」
笑顔でこんなことを言い合ってるんだけど、もう状況整理が追いつかないよ。
とりあえず私達は奥のテーブルの席に向かい合うように座った。
「ねぇ、渚ちゃん。さっきの罵倒はなんなの?」
疑問を思い切って聞くと、渚ちゃんは快く答えてくれた。
「猫田さんはドMなので、あぁやって罵倒すると喜ぶんですよ♪美智留さんもやってみて下さい♪言ってる方も癖になる気持ち良さですよ♪」
「断固として遠慮するわ。」
癖になったら大変だ。私はノーマルでありたいもの。
注文表を見て、私がとんこつラーメン、渚ちゃんは味噌ラーメン大盛りを頼み、暫くすると猫田さんがラーメンの入った器を2つ持って来た。その時に店主がスープに指でも突っ込んでないか私は注目していたが、流石にそれは無くて一安心した。
「はい、とんこつと味噌の大盛りお待たせしました♪」
笑顔で器を置いた猫田さん。だが何故かいつまで経っても厨房に下がらずに、私達のことをジーッと眺めている。正直めちゃくちゃ気持ち悪い。
するとここで渚ちゃんの説明が入る。
「美智留さん気にしないで下さい。この人こうやって罵倒されるの待ってるんです。気にしたら負けです。」
「へ、へぇ、分かった。」
そうは言ったが気になるわ。早く帰ってください。
念じてみたけど、私達以外に客は居ないので厨房に帰る必要もないのだろう。まるで猫田さんは動く気配がない。
仕方がないので私は猫田さんの視線を気にしながら、箸を手に取りラーメンの麺をすすってみた。
ズルズルと麺をすすり切った私の感想は一つ、たった一つのシンプルな感想だった。
味がしない。
そう、美味いとか不味いとか以前の問題で、全く味がしないのである。まるで湯の中にくぐらせた麺をそのまま食べている感覚である。全くの無感動で虚無感が押し寄せてくる。
「美智留さん、その状態でチャーシューを食べてください。」
「チャーシュー?」
渚ちゃんに言われるがまま、スープに浮かぶチャーシューを箸でつまんで、齧り付いた私。
するとどうだろう?甘辛く味付けのチャーシューの肉汁が口いっぱいに広がり、めちゃくちゃ美味しく感じたのである。虚無感が一気に幸せで満たされ、顔がほころぶ私。
「美味しいですよね。」
「うん、とても美味しいわ♪」
渚ちゃんに笑顔で返した私だったが、その次に彼女から言われた一言は衝撃的発言だった。
「でも、それは錯覚なんです。」
「な、なんですと!?」
なんですと!?なんて生まれて初めて発した言葉だ。それにしても錯覚とは如何に?
渚ちゃんがしたり顔で説明してくれた。
「要はスープの味が薄いから、相対的にチャーシューの味が豊かに感じられて、それで美味しいと錯覚してしまうだけなんです。チャーシューは特別なものじゃなくて至って普通の肉塊に過ぎません。」
そ、そんな馬鹿な!?
信じられない私はもう一度チャーシューをひと齧り。すると先程までの味の豊かさは無く、至って普通のチャーシューの味がした。狐に化かされるとはこのことだろうか?何だか段々と腹が立ってきて、思わず猫田さんの顔を睨みつけてしまった。
まぁ案の定、そんな態度は猫田さんを喜ばすだけだったわけだが。
猫田さんに見つめられながらラーメンをすする私達。ただ腹に物を入れる作業を食事とは言いたくない。
「美智留さんどうでした?商店街は?」
期待に満ちた目で私を見つめてくる渚ちゃん。何処か達観した様な態度が目立つ彼女だが、こういう時は年相応の女子高生らしさが感じられる。
感想か、何だが気を遣う気力も無いから、心のままに答えよう。
「奇々怪々、何だか異世界に迷い込んだみたい。ここって本当に日本なの?」
「ぷっ、あっはははははは!!」
私の答えに大爆笑の渚ちゃん。机もバンバン叩いてオッサンのような反応である。
そんなに可笑しい答えだっただろうか?
「はっはは…はぁ〜…最高です♪120点です♪私の大好きな商店街を褒めていただいてありがとうございます♪」
褒めてない。決して褒めてないんだけどな。
私が褒めたと勝手に勘違いしている渚ちゃんは更にこんなことを言い始めた。
「ウチの商店街の自慢は、どんなに経営が苦しい店があってもシャッターを閉めて閉店しないことなんです♪」
そういえば、変な店に意識が向き過ぎて気が付かなかったけど、シャッター閉めてる店なんか一つも無かったな。
「辛い時は皆で支える。それは商店街に限った話じゃ無くて、この町全体の意識として息づいてるんです♪」
…とっても素晴らしい話だな。
「あっ、すいません。何か自分の自慢みたいに語っちゃって、私なんてまだまだのペーペー高校生なのに。」
頭を掻きながら恥ずかしそうにする渚ちゃん。今更ながら、この子結構可愛いな。たまにこの子のことを無性に抱きしめたくなる。
辛い時は皆で支え合うか…良いなぁ、私の周りには支えてくれる人なんて一人も居なかったな。
「あの、すいません。」
不意に猫田さんが私に話し掛けてきた。なんだろ?てかまだ居たんだ。
「そろそろラーメンの感想を言ってもらえないでしょうか?焦らしプレイも良いんですが、流石に初めてのお客様には感想を聞きたいというか。」
猫田さんがモジモジし始めたのが妙に可笑しくて、卑屈になっているのが馬鹿らしくなってきた。
よし、正直な感想を言おうじゃないか。
「あのさ、白湯みたいなスープに安っぽい麺入れたのをラーメンとは言わないのよ。全国のラーメン屋に土下座して謝りなよ。」
私のこの言葉に猫田さんは体をビクつかせて恍惚の表情を浮かべ、渚ちゃんは再び、あっははは!!と笑い始めた。
うん、これは確かに癖になりそうだね。
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