第547話

 ローラの敗北はネロチェイン男爵家の私設軍に大きな動揺をもたらし、敗北したローラ本人は模擬戦が終わった後も放心状態となっていた。


「ま、まさかローラ様が破れるとはな……」


「思っていた以上に凄腕の傭兵達のようだな」


「しかしこのままで終わらせるわけにはいかないぞ」


 ジョットとローラの模擬戦の後、私設軍に所属している三人の操者、マーシャとセレディスとカーリーの三人との模擬戦の相手が話し合う。


 ネロチェイン男爵家で最強の操者であるローラよりも強い傭兵が味方であることは、近いうちに魔族との戦いがあることを考えたら頼もしい限りなのだが、それでも私設軍の団員達にはこのままでは終われないという思いがあった。それは何も知らない者からしたら単なる意地のように聞こえるかもしれないが、領主の私設軍の強さというのは領地を統べるための重要な要素であるため、今は味方でも外様の傭兵に負けたままというわけにはいかないという考えになるにはある意味仕方がないことと言えた。


「噂で聞くと他の三人もかなりの腕前だが、流石にジョット程ではないだろう」


「そうだな。いくら何でもローラ様よりも強い傭兵がそう何人もいるはずもないからな」


「彼女達には悪いがここからは勝ちに行かせてもらうぞ」


 私設軍の三人の操者達はマーシャ達との模擬戦に向けて闘志を燃やすのであるが、当のマーシャ達三人はそれどころではなかった。


「……ねぇ、どう思う?」


「どう思うって、あれは間違いないでしょう」


 ある方向を見ながらマリーが言うとマーシャが面白くないと言う表情で答え、それに同じく面白くなさそうな表情をしたセレディスが頷く。


「そうだな。あれは完全に意識しているな。……カーリーから見てどうだ?」


「あれは完全にジョット君を意識しているね」


 セレディスに聞かれてカーリーはローラの方を見て即答をする。


「……」


 カーリーの言葉を聞いてマリーとマーシャとセレディスもローラを見ると、ジョットとの模擬戦で敗北したショックで今も放心状態であるローラが、時折ジョットの方へと視線を向けているのがわかった。そしてマリーとマーシャ、セレディスとカーリーはローラのその視線にジョットへの様々な感情が込められているのを感じとっていた。


 もちろんジョットもローラが自分に向けてくる視線に気づいており、無表情ではあるが内心ではまるで浮気を疑われているような気がして、落ち着かない様子でマリー達に話しかける。


「……なぁ? これってもしかして俺が悪いのか?」


「う〜ん……? ジョット君は傭兵として模擬戦をしろっていう命令を聞いただけだからね。それにあそこで一番強いローラに勝つのは後々を考えれば必要なことだったし、ローラが勝手に好きなタイプは自分より強い人とか言ってジョット君を意識しているだけだからね……」


 ジョットの質問にマリーが腕を組んで考えながら言うと、マーシャとセレディスとカーリーもマリーの意見に同意して、面白くはないがジョットに罪はないという結論に達したのであった。その事にジョットが内心で胸を撫で下ろしているとマーシャが口を開く。


「とにかく、これ以上ここにいるのは危険ね」


「そうだな。このままだとローラが本気でジョットに惚れてしまうかもしれん。新婚旅行で旦那に悪いムシがやって来るなんて嫌だぞ、私は」


「そうと決まったら、私達の模擬戦をさっさと終わらせる必要があるね」


 マーシャの言葉にセレディスとカーリーは頷き、自分達の模擬戦に本気で挑み手早く終わらせることを決意するのであった。

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