第542話
「一体どうしてこうなった?」
ネロチェイン男爵に雇われることに決めたジョットがマリーとマーシャ、セレディスとカーリーに押し倒された次の日。ジョットは相変わらずの無表情だが内心では困惑して呟いた。
今彼がいるのはネロチェイン男爵の屋敷ではなく屋敷の近くにある平原で、ここではネロチェイン男爵の私設軍がよく訓練を行っているらしい。そんな平原にジョット達は集められていて、困惑しているジョットにローラが申し訳なさそうに話しかける。
「急な話ですまない。他の者達がジョット達の実力を見たいと言って聞かなくてな……」
ジョット達が今日この平原に集められた理由は、自分達の実力を確かめるためであった。いくら希少なアンスタンを使う傭兵だと言っても、その実力を知らなければ実戦でジョット達をどの様に使えばいいのか分からないという声がネロチェイン男爵の私設軍の中で上がったからだそうだ。
ジョット達も自分達の実力を確かめたいという気持ちは分かるし、魔族との戦いの前に模擬戦をするだろうなとは思っていたが、それでも契約した次の日に行うとは予想外であった。
「いえ……。大丈夫ですよ。俺達の力を見たいっていうのは当然のことですから……」
「そう言ってくれると助かる。……しかしジョット、一体どうしたんだ? 何だか今にも倒れてしまいそうなくらい疲れているように見えるのだが? 他の四人はそうでも無いように見えるが何があったんだ?」
ローラは自分の言葉に返事をするジョットを見て思わず心配そうな表情となる。
ローラの言う通り、ジョットはいつもの無表情で分かり辛いが疲労がたまっているのか顔色が悪く、身体もふらついていた。それに対してマリーとマーシャ、セレディスとカーリーの四人は顔色が悪いどころむしろ血色が良く、活力に満ち溢れているように見えた。
これは言うまでもなく昨日ジョットがマリー達四人に押し倒されたのが原因なのだが、ジョットはそれを説明するつもりはなかった。
ちなみに平原にはジョット達やローラの他にも私設軍の隊員達が大勢おり、隊員の男達はジョット達の体調の変化の理由に気づいていて、今にも刃物で刺してきそうな顔でジョットの背中を睨みつけていた。
「大丈夫です。特に問題はありませんから早く始めましょう」
「そうか? ……それだったら良いのだが」
これ以上は色々とマズいことになると本能的に察したジョットが模擬戦を早く開始しようと言うと、ローラはまだ気になるようであったが彼の言葉に従い模擬戦を開始することにした。
「それで俺達はやっぱりローラ様達と戦うのですか?」
「そうだな。とりあえず今回はそれぞれ一体一で模擬戦をして個々の実力を見させてもらう。それでジョットは私と、マーシャ達四人は私設軍の操者と戦ってもらう」
模擬戦の質問をしたジョットはローラの返事を聞いて少し意外に思った。
「ローラ様が俺の相手をしてくれるのですか?」
「ああ。話を聞くとジョットのアンスタンが自分達の身体が乗っている馬車を守っていたのだろう。操者の身体を守ると言う最も重要な仕事を任せられるのは、それだけの実力があるということだ。だから私自らジョットの実力を見ようと思ったのだ」
「なるほど、そう言うことですか。……ん?」
『『…………』』
ローラの言葉に納得したジョットは何やら視線を感じて周囲を見回すと、マリーとマーシャ、セレディスとカーリーといった自分の妻達と婚約者と目が合う。四人の妻と婚約者は完全な無表情で彼を見つめていて、ジョットは彼女達の視線からこれ以上なく嫌な予感を感じるのであった。
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