第539話

 それからしばらくした後、ジョット達はローラと詳しい契約の話をして正式に契約を結び、魔族との戦いまでネロチェイン男爵の屋敷にある兵舎で生活してほしいと言われた。そしてジョット達が屋敷の兵舎へと向かうと、三日前にローラと一緒にジョット達の前に現れた男が話しかけてきた。


「おっ? アンタら、やっぱり雇われたのか。俺はリード。短い間かもしれないけどよろしくな」


 リードと名乗った男は三日前は一切の表情を見せず話すことはなかったが、今は人懐っこい笑みを浮かべてジョット達に挨拶をする。


「俺はジョット。こちらこそよろしく」


「ああ、アンタらの噂は聞いているから魔族との戦いではアテにさせてもらうぜ」


 ジョットが挨拶を返すとリードは満足気に頷き、この時のリードの言葉に興味を覚えたマリーが彼に話しかける。


「ねぇ? その私達の噂って一体どんな噂なの?」


「うん? そりゃあ男が一人で女が四人のハーレムで羨ましいって噂が大半だが……それ以外にもアンスタンを使った戦いぶりも有名だぜ? 特にアンスタンで操者が乗っている馬車を守って戦場を移動する勇敢さがな」


 操者とはアンスタンに精神波を操る者のことで、ミレス・マキナやアレス・マキナを操る機士のような存在である。


 そしてアンスタンは戦場では非常に強力な存在だが、アンスタンを操っている間の操者は完全に無防備であるため、操者は戦場から離れた場所や見つかりにくい場所からアンスタンを操っている。そのことから一部の者達は隠れてアンスタンを操る操者のことを「臆病者」と呼んでおり、ジョット達のようにアンスタンに護衛させているとは言え、自分達が乗っている馬車を隠そうとしない姿はリード達には異質に見えているようであった。


「確かに自分達の位置を隠さないのは危険かもしれないが、もし隠れている場所が知られたらひとたまりもないことを考えたら、アンスタンに護衛してもらいながら戦場を動き回った方が安全かもしれないぞ?」


 リードの言葉にセレディスが護衛もつけずに隠れるよりも、例え姿を敵に晒すことになっても護衛をつけた方が安全だと思うと言う。この彼女の発言は、ミレス・マキナを使って戦う機士達が長い間戦って出した結論であった。


 大昔の機士達は、自分達の宇宙戦艦の内部からミレス・マキナを操って戦うのが主流であったのだが、もし敵のミレス・マキナやゲムマが宇宙戦艦に接近してきたら逃げ場が無くなってしまう。だったら多少の危険を覚悟してでも機士も戦闘機に乗ってミレス・マキナと共に戦場に出て、戦闘機に戦場を逃げ回らせて機士の安全を確保しながらミレス・マキナに戦わせた方が、結果的に宇宙戦艦からミレス・マキナを操るより安全だと言う結論になったのである。


「ふぅん? そういう考え方もあるのか?」


「それよりもちょっと聞きたいんだけど。ローラ様ってネロチェイン男爵と仲が悪いの? 話から実の親子みたいだけど、ネロチェイン男爵はローラ様に冷たいようだったけど?」


「……」


 セレディスの話を聞いて感心したような表情を浮かべるリードにマーシャが気になっていたことを聞くと、リードはその瞬間苦い表情となる。


「……ああ、アンタらはローラ様と男爵様と話をしたんだったな? じゃあそのことに気づいても仕方がないか。……そうだ。アンタらも気づいている通り、ローラ様はともかく男爵様の方はローラ様に冷たい態度をとっているな」


 そこまで言うとリードは、ネロチェイン男爵にはローラの他にもう一人娘がいるのだと言うが、ローラともう一人の娘は母親が違うとのことらしい。


 ローラの母親はれっきとした貴族の娘だがすでに死別しており、更に政略結婚だったためかネロチェイン男爵はローラの母親に愛情を持っておらず、ネロチェイン男爵はローラの母親が生きていた頃から市井の女性と不倫を行なっていたそうだ。そしてローラの母親が死ぬとネロチェイン男爵は不倫をしていた市井の女性を妻として迎え、その時には市井の女性はすでにネロチェイン男爵の子供を産んでいたのだった。


 ネロチェイン男爵とその市井の女性は愛し合っていたため、ネロチェイン男爵は市井の女性と彼女との間に産まれたもう一人の娘に愛情を惜しみなく与えているらしいが、ローラに対しては彼女がどれだけ努力して仕事を全うしてもほとんど興味を示さないらしい。


 ジョットはリードの話を聞いて、ネロチェイン男爵のローラに対する態度の理由を理解したのであった。

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