第521話

 面積が大きい屋敷や巨大戦艦の場合、内部の移動に専用の乗り物を使用する。その話を子供の頃に聞いたジョットは、庶民の自分に縁が無い話だと思っていた。


 しかし現在のジョットは巨大戦艦の魅火鎚の内部を専用の乗り物で何度も移動しているし、今だって自分の屋敷の中を小型自動車で移動している。しかしそれでもジョットが子供の頃のことを思い出すのはやはり、これから向かっている自分の両親が住んでいる部屋が関係しているのだろう。


 ジョットが自分の両親を屋敷に招き寄せてからすでに数日が経っているのだがそれまでの間、彼の両親は二人のために用意した部屋から出て来ず、ジョットは何か連絡することがある度にこうして部屋に向かっていた。別に連絡するだけなら無線機だけでも事足りるのだが、それだと両親は更に部屋から出る気を無くしてしまいそうだと思ったからだ。


「父さん。母さん。俺だ」


「空いているよ」


 両親の部屋の前についたジョットがドアの隣にある無線機に話しかけると、無線機から父親の声が聞こえてきた。父親の許しを得て彼が部屋の中に入ると、そこは元々は宇宙船などを格納する大型倉庫を改造した部屋で、部屋にはジョットがコロニー群で暮らしていた頃の家と全く同じ建物が建てられていた。


「いくら貴族の屋敷に馴染めないからって、昔の家をそのまま部屋に用意するってのも色々変じゃないか?」


「そう言わないでくれ。俺も母さんも、ほとんど冗談で言ったつもりなのに、まさか本当に屋敷に家を作ってもらえるとは思っていなかったんだからな」


 ジョットが部屋の中に建てられた昔の自分の家を見ながら言うと、家の中から出てきた父親のローガンが苦笑をしながら返事をする。


「父さん。母さんは?」


「中で昼食を作っている。食べていくか?」


「いや、俺はもう食べてきたから。それより、父さんも母さんも自分で作らなくてもこっちで用意するって言ったじゃないか?」


「そう言わないでくれ。確かにここで用意される料理は美味いが上等過ぎて、すぐに飽きてしまいそうなんだ」


 ジョットの言葉にローガンは再び苦笑をして答え、それを聞いたジョットは自分の両親が貴族の生活に慣れるのはまだまだ先の事だと思った。


「それで今日はどうしたんだ?」


「ああ、そうだ。一ヶ月後の俺の結婚式と婚約発表式のことなんだけど、参加する人達のリストができたから目を通しておいてほしいんだ」


「………!」


 ジョットが小型の携帯端末を取り出してローガンに渡そうとすると、ローガンの表情が分かりやすく引きつる。


 ジョット達の結婚式と婚約発表式は来月に行われることが決まっており、もうすでに招待された大清光帝国やリューホウ王国の貴族や軍人がこの惑星にやってきていた。


 新郎の父親であるローガンも、自分が結婚式と婚約発表式に参加した方が良いのは分かっているし、参加する以上は招待客のことを知っておいた方が良いことも分かっている。しかし辺境のコロニー群の庶民でしかなかったローガンにとっては招待客の誰もが雲の上の人間であり、気後れしてしまうのも無理はないだろう。


「そ、それはまあ、後で見させてもらうとして……それよりジョット? お前、真道学園で友人とか出来なかったのか? 友人は来ないのか?」


「サンダースとベックマン? あいつらだったら………っ!?」


 震える手で携帯端末を受け取ったローガンの質問にジョットが答えようとしたその時、屋敷全体に侵入者が現れたことを報せる警報が鳴り響いた。

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