第468話
蒼海珠までの道中、ジョットは魅火鎚の中で妻と婚約者と侍女達と、短いが濃密な甘い時間を過ごし、お互いの絆を深めていった。しかし蒼海珠に到着すると大清光帝国の皇帝がシレイア目当てで待ち構えており、そのせいでまた大きな騒動が起こるのだった。
しかし黒翼・ヘビー・マシーナリーに残ったベックマンはそんなことは露知らず平和な日々を送っていた。
「……よし。これで完璧」
自分に与えられた作業を終わらせてベックマンが満足気な表情を浮かべる。
ジョット達に……というかマリーの暴走に巻き込まれてベックマンが黒翼・ヘビー・マシーナリーにやって来てから早くも一ヶ月が経っていた。その間ベックマンの生活は全く平穏そのものであった。
大清光帝国の高官からは黒翼・ヘビー・マシーナリーが今作っているジョット達の新しい機体に何か危険がないか監視しろと言われたが、今のところはそこまで危険なものを作っている気配はない。
ジョットへの逆恨みから無茶な相談をしてくる真道学園の男子生徒達も、自分を愛してくれているとは言え何かと厄介事を持ってくる婚約者もここにはいない。
実家から送られてくる雑務や、自分がいない間の真道学園でに情報収集は真道学園に残したイヴと彼女の姉妹達がやってくれている。
「ああ、平和だ……。ジョット達がいないだけでこんなに平和だなんて……もしかたら俺の不幸の原因はジョットだったのかもしれないな?」
「ええっと……?」
「あの……? ベックマンってお兄ちゃんの友達なんですよね? お兄ちゃんのこと嫌いなんですか?」
爽やかな顔で言うベックマンの言葉に、差し入れのお茶を持って来たルヴァンが微妙な表情となり、ジーナが思わず彼に質問をする。
「いや、すまなかった。ジョットのことは友人と思っているけど、アイツがいないだけでここまで平和になるとちょっとな……」
流石にジーナの兄であるジョットを疫病神扱いするのは言いすぎたと思ったのか謝るベックマンだったが実際の話、最近のベックマンの不幸にジョットが何らかの形で関わっているのは事実で、ジーナもそのことを知っているため強くは言ってこなかった。
とにかく今のベックマンは不幸やストレスとは無縁な平和な日々を送っているのだが忘れてはいけない。
ベックマンが意思を持つ惑星に認められた銀河一の不幸体質で、そんな不運を背負った者の平穏な時は長く続かないことを。
「ああ、いたいた。ベックマン、ちょっといい?」
「え? 一体誰……って!? 9543番!」
ベックマンが自分を呼ぶ声の方を見るとそこには、いつの間にかいなくなっていた9543番の姿があった。
「9543番、お前、一体どこに行っていたんだ? 急にいなくなるから報告とか色々大変だったんだぞ!?」
「ゴメンゴメン。ちょっと仲間達の所へ帰っていたんだ。それよりはい、コレ」
9543番が急にいなくなったことを高官へ報告した時、それのせいで色々と言われたのを思い出してベックマンが思わず大きな声で聞くと、9543番は軽く謝ってから彼にあるものを手渡した。
「これは……飴?」
「うん。ワタシは食べ物の味とかよく分からないんだけど、それって甘い食べ物で、人類は甘い食べ物を食べると幸福感を感じるんだよね?」
「え? ……まぁ、大体の人はそうなんじゃないか?」
9543番がベックマンに手渡したのは小さな飴で、彼女に聞かれて彼は戸惑いながらも答える。
「じゃあ、それはあげるよ。ワタシはこの後呼ばれているからもう行くけど……ベックマン、頑張るんだよ?」
「……………………………………………………え?」
9543番は可哀想なものを見る目でベックマンを見て、心から同情する声で言うと瞬間移動してその場から消えてしまい、残されたベックマンは十数秒ほど沈黙してから徐々に彼女の言葉が頭に入ってきた。
「い、いやいやいや! 頑張れって何!? 何を頑張れって言うんだよ!? これから俺に何が起こるんだ!?」
9543番は生命体の運命を呼び寄せる力、幸運や不運を見る力があり、その彼女が言うにはベックマンはどうして今まで生きてこれたか分からないくらい不幸を呼び寄せる運命力の持ち主で、あまりにも不幸すぎて一周回って僅かな幸運が発生するという宇宙全体から見ても珍しいバグを引き起こすくらいらしい。
そのことをベックマンに告げた9543番が心から心配そうにして励まし、贈り物(飴玉一個)までくれたことから、これからベックマンに並大抵じゃない不幸が訪れのは間違いないだろう。しかし9543番はすでにここにはおらず、ベックマンの問いに答えられる者はいなかった。
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