第418話
「さて、食べるか」
岩柳・ベックマンの朝は一杯のお茶漬けから始まる。それは任務で長期間宇宙に出ている時でも変わることはない。
なのでトライアルが行われる軍用コロニーに到着した次の日も、ベックマンは魅火鎚の食堂で自分が持ってきた「材料」でいつもの日課のお茶漬けを作り、それを食べようとしたのだが……。
「ちょっと待て」
ベックマンがお茶漬けを食べようしたところで、サンダースがベックマンの腕を掴んで止める。
「どうしたんだ、サンダース? 朝食前にお茶漬けを食べることぐらい別にいいだろう?」
「それを『お茶漬け』とか、正気かお前は?」
急に腕を掴まれたベックマンがサンダースに抗議をすると、サンダースを得体の知れないものを見たような顔でベックマンが食べようとしていたお茶漬けを指差して言う。
ベックマンが食べようとしていたお茶漬け。それはよく見るとご飯にお茶をかけたものではなく「彼が今まで使っていた大量の胃薬に薬湯をかけたお茶漬けらしき物体」であったのだ。
「何で胃薬を米粒みたいに大量に食おうとしているんだよ? しかも一緒に薬湯までいただこうとしやがって。薬の服用が危ねぇってことを知らねぇのか?」
「仕方がないだろう!? これぐらいしないと俺の胃がもたないんだよ!」
サンダースの言葉にベックマンが大声を上げる。
サンダースに向かって叫ぶベックマンは目の下に大きな隈がある上に顔色も悪く、今にも血を吐いて倒れそうな危うさがあった。これだけで今ベックマンが大きなストレスを抱えているのが分かり、サンダースは何故彼がここまでストレスを抱えているのかを聞く。
「一体どうしたんだよ。昨日から調子が悪そうだが……何かあったのか?」
「……そうか。サンダースは知らなかったんだな」
サンダースに聞かれてベックマンは自分の携帯端末を取り出して操作をすると、それをサンダースに見せた。
「これはトライアルの予定表じゃねぇか? これが一体どうしたんだって……んん?」
ベックマンの携帯端末の画面に表示されていたのはこのコロニーで行われるトライアルの予定表であったのだが、そこでサンダースはトライアルの予定の一部が急遽変更になったという報せがあるのに気づき、更にその変更点を見て怪訝な表情となる。
「……おい? 何でトライアルにジョットとアレス・ランザが参加することになっているんだ?」
サンダースの言う通り、ベックマンの携帯端末に届いた変更の報せとは、トライアルに出る機体の性能を評価する補助としてジョットとアレス・ランザもトライアルに参加するというものであった。
「全部あの皇帝の仕業だよ」
ベックマンが右手を額に、左手を胃の辺りに当てながらジョットがトライアルに参加することになった理由を説明をする。
「昨日、シレイア様が皇帝陛下に冷たくしていただろう? だからその憂さ晴らしでジョットを無理矢理トライアルに捩じ込んだんだ。ジョットにはここで好成績を出せば軍関係者にコネを作れる、トライアルに参加する兵器メーカーにはここでアレス・マキナに善戦できれば採用されなくても良い宣伝になるって感じで言ってね。……何で皇帝の交渉スキルをこんな風に使うのかな?」
「マジかよ? 娘婿への嫌がらせのためだけにそんなことをしたのか?」
説明を聞いて呆れ顔となったサンダースがそう言うと、ベックマンは頭が痛いといった表情で頷く。
「そうなんだよ。だからジョット達は今頃トライアルの準備をしているんだけど……何か問題が起こらないか、今から心配でしょうがないよ」
「だからそれを食おうとするんじゃねぇ!」
ため息を吐いてから胃薬の薬湯がけを食べようとしたベックマンを、サンダースが大声を出して止めた。
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