第41話 お留守番

 翌日もティアの朝食とともに素敵な朝を迎えた。今は朝食後のティータイムだ。

 朝は素敵なのだが、夜は案の定なかなか寝付けない状況が続いていた。ティアは相変わらずエルディの背中に抱き着いたまま寝入ってしまうし、身じろぎをしにくい上に、彼女の寝息が気になってしまってこちらの睡魔が全く訪れない。

 振り向けばそこには天使、いや、堕天使の寝顔があるのは間違いないのだが、そんなものを見てしまえば理性の抑制が利くかどうかがわからない。ただ彼女の抱き枕になって、睡魔が訪れるの待つしかないのだった。


(アリアさんの口車に乗るわけじゃないけど、一線越えた方が楽だったりするのかな。でも、一線越えようとして気まずくなったらそれこそ生活までギクシャクしてしまうわけで……二人と一匹の空間で変な空気になるのは避けたいんだよな)


 朝からご機嫌に鼻歌を歌いながら、ブラウニーの朝ごはんを用意しているティアを眺めながらふと思う。

 昨日は彼女と武器を見て回ってから、生活用品の足りないものを補充してから帰った。彼女は特に意識していなかったが、なんだか同棲を始めた恋人同士みたいな行動パターンで少し照れ臭かった。

 本当に恋人同士になってしまえば、もっと色々やりやすくなる気はするのだが……人間の男女間の関係に無知な彼女にどこまでそれを求めて良いのかの判断もまた難しかった。


「そういえば、次の依頼はどんなものなのでしょう?」


 ブラウニーの前にごはんを置いて〝よし〟と合図してから、ティアがこちらを振り返って訊いた。

 そうだった。今日から昨日受けた依頼が始まるのだ。


「あー……それなんだけれど、実は夜からなんだよな」

「夜から? 夜にお仕事をするんですか?」

「そう。依頼内容的にそうするしかないんだよな」


 エルディは依頼内容をティアに説明した。

 リントリムにピアノが置いてある酒場があるのだが、どうやらその店から夜になるとピアノの音が聞こえてくる噂があるそうなのだ。

 その噂を聞いて、店長が夜に店の中で寝泊りしたのだが、店長が泊まった日は必ずそのピアノの音はしない。かといって、店長が停まらない日は必ずといっていい程ピアノの音がしている、と近隣住民が噂言っている。

 このまま怪談話が広がれば店の売り上げに影響が出かねないので、冒険者に解決して欲しい、との事だった。


「閉店後の酒場でピアノの音、ですか。それは確かに夜しかできないお仕事ですね……」


 ティアが困り顔で言った。

 酒場の営業は日付が変わる頃合いで終わり、そこから一時間程店長が閉め作業をしてから帰るので、仕事は深夜からになる。


「だろ? 今夜だけで済めば良いんだけど、ピアノの音がしなかったら最悪は何日か酒場で夜を過ごす事になる。ブラウニーもいるし、ティアには家で待っていてもらってもいいかなって思うんだけど……」

「いえ、私も行きたいです。もし不死アンデッド系の魔物が出ても大変ですし、この子も一晩くらいならお留守番できると思いますから」

「あー……確かに」


 その可能性もあったか、とエルディは唸る。

 誰かの悪戯だろうくらいに考えていたが、ピアノの音も幽霊の仕業のようなケースもないとは言えない。そうなると、ティアの聖魔法が必要になってくる。


「ブラウニー、今夜ひとりになっても大丈夫か?」


 ごはんをがつがつ食べているブラウニーに訊いてみると、ブラウニーはこちらに顔を向けて「わん!」と吠えた。尻尾をぶんぶん振っている。


「ほら、大丈夫って言ってますよ?」

「……ほんとかよ」


 小型犬にしては賢いというのは何となくわかるのだが、エルディはティアほどブラウニーを信用できていなかった。だって、家出の前科があるわけだし。

 ただ、それを前科と言っていいのかは正直わからない。飼い主がブラウニーを捨てるためにどこかに置き去りにしておきながら、ギルドには迷子犬として依頼を出した可能性もある。

 それに、飼い主に裏切られた過去があるのなら、余計に家でひとりで待つのは不安だろう。


(全く……堕天使も犬も、ひとりで留守番に不安を感じる奴ばっかだな。まぁ、終わってすぐに帰ってくればいいか)


 エルディは小さく溜め息を吐くと、ブラウニーの小さな頭を撫でてやる。

 ブラウニーはつぶらな瞳でこちらを見上げ、嬉しそうに尻尾を振るだけだった。

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