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 宿屋を出てから、エルディは後ろで不器用に結ばれた自らの黒髪ポニーテールをいじり、大きく溜め息を吐いた。


「とはいえ……どうしたもんかな」


 仲間と収入源、持ち金、さらには武器と防具。全てを失ったと言っても良い状況だ。

 特に有り金全部は痛かった。このままでは生活どころか明日食うものにさえありつけない。

 しかも、エルディが追放された村はその小ささ故に冒険者ギルドがない。簡単な依頼でも受けられたら金などすぐに貯めて装備も整えられるのだが、今は先立つものどころか依頼を受ける場所さえないのだ。

 ヨハンたちとてS級パーティーなのだから、金には余裕があるはずだ。わざわざエルディの金を奪うほど生活に困窮しているわけではない。

 おそらく、目的はエルディの足止めだ。

 すぐに装備を買い直して他の街に移動し、冒険者ギルドに向かわれたくなかったのだろう。

 S級パーティーの〝マッドレンダース〟が、立ち上げた時からいた仲間を追放しただけに飽き足たらず、身ぐるみまで剥いだとなれば悪評が広がる。

 そうした話が広がらないよう冒険者ギルドのない場所で追放し、身動きが取れないようにしたかったのだろう。


(アホらし。そこまでするか、普通……? つーかわざわざお前らのことどうこう言わねーっつの)


 エルディは呆れ返って、もう一度溜め息を吐いた。

 溜め息が枯渇しそうだ。

 ただ、ヨハンの作戦は悔しいことに有効だった。

 最低限の生活をしながら大きな街に移動するだけの費用を貯めるのには、かなりの時間を要する。移動中にそこそこ強い魔物に遭遇しても戦えるだけの武具を揃えるのはもっと大変だ。

 この辺鄙な村では、せいぜい素材を集めて換金してもらうくらいしか金を集める手段がない。


「やれやれ……クッソだるいな」


 金のこと云々よりヨハンと関わりたくない想いが先行して素直に従ってしまったが、最低限の金だけでもぶん取ってくれば良かった。

 イリーナたちの部屋を訪ねて金を借りようとも思ったが、彼女たちのことだから、事情を説明すれば怒ってヨハンに抗議こうぎしてしまうかもしれない。

 もう彼に関わりたくないエルディからすれば、それも面倒だった。それに、他人に貸しを作るのもプライドが傷付く。


(とりあえず……こいつで稼かせぐしかないか)


 エルディは腰にある安物の剣をちらりと見た。

 こんな安っぽい剣を使うのは、それこそ冒険者を始めたての頃以来だ。

 鱗うろこや皮膚が硬い魔物相手に全力で叩きつければ、威力に耐えられず剣のほうがへし折れてしまうかもしれない。

 しかし、戦えないわけではない。柔らかい部分を狙えば強い魔物とでも十分に渡り合えるし、エルディにはそれだけの技術がある。

 魔法が使えない代わりに、剣技には磨きを掛けてきた。

 ガラクタ同然の剣であっても、そこいらの魔物には負けないだろう。幸い、今夜は月が出ていて視界もそれほど悪くなかった。ある程度の魔物であれば、倒せるはずだ。

 人里を離れるのはあまり得策ではないのだが、四の五の言っている状況でもないのも事実。

 やるしかない。


「変な魔物と出会いませんように、ってな」


 エルディは夜空に浮かぶ蒼月にそう祈ってから、早速素材集めのために真夜中の草原へと出向いた。

 これは新たな始まりで、新しい人生への第一歩……そう自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせる。

 しかし、この時のエルディはまだ知らない。自身の人生を根底から変えるような出来事が、この先に待ち構えていることを──



「あー、くっそ。何でこんなことを今更やらねーといけねーんだよ」


 エルディは深夜の草原にて大蝙蝠ジャイアントバットを斬り伏せながら、毒吐いた。

 大蝙蝠は弱く、冒険者初心者が腕試しとして戦う魔物だ。もちろん、エルディの敵ではない。

 ただ、弱いが故に素材の価値も低い。

 倒すのは簡単だが、暗い地面に落ちた無数の大蝙蝠を拾い集める作業が手間だった。


「つか、アホみたいに集まりやがって……こんなに倒してどうすんだよ」


 そこいらに転がる無数の大蝙蝠の死体を眺ながめて、小さく嘆息たんそくする。

 夜中に人がひとりで歩いているのが珍しいからか、大蝙蝠がエルディを見つけるや否や集まってきて無駄に戦う羽目になった。

 ついつい倒し過ぎたが、全部集めていたらそれだけで荷物がいっぱいになってしまう。


(もうちょっと遠くまで行って高く売れそうな素材を持つ魔物を狩るほうがいいな……)


 エルディは草原の奥地を見て、思案する。

 人里から離れれば離れるほど魔物は強くなるし、凶暴性も増す。

 普段のエルディならば恐れることもないが、今は防具もないし、武器は安物の剣だけだ。万が一この安物の剣で貫けないような魔物と遭遇してしまえば、こちらの命が危ない。


「まあ、何とかなるさ……ならなかったら、その時考えればいい」


 エルディはそう独り言ちて、草原の奥地を目指した。

 ただ、そうして歩いていながらも、何でこんなことをしているんだろうか、という疑問が頭に浮かぶ。

 先程大蝙蝠と戦っている時からずっとそのことを考えていた。

 もともとエルディには、世界で一番の剣士になるという夢があった。そのためにもまずは名を挙げよう──そう思って立ち上げたのが〝マッドレンダース〟だ。

 ただ、いつしか世界で一番の剣士になるという夢も薄れていき、そのうち〝マッドレンダース〟を大きくすることしか考えなくなっていた。今となってはそれこそがエルディの生いき甲斐がいだったのだ。

 だが、その〝マッドレンダース〟は奪われ、今はもうその生き甲斐さえない。

 またゼロから立ち上げて、パーティーを育てていくのか? 再び〝マッドレンダース〟のようなパーティーを築きずけるまで、戦い続けるのだろうか? そこでまたS級パーティーになれたとして、用済みとまた仲間から捨てられたらどうする?

 考えただけでうんざりだった。

 同じ道をまた辿るにしては、あまりに苦労が多過ぎる。

 ならば、別の生き方をしてみたらどうだろうか?

 成り上がるような生き方ではなく、もっと違う生き方。両親亡き後は頼れるものが剣しかなく、ずっと戦ってばかりの人生だった。

 これを切っ掛けに、戦いをやめてのんびり暮らしてみるのもいいのかもしれない。


(ま、それは後だ。ともかく、さっさとギルドがあるところまで行かないとな。どうせ俺は、剣これでしか生きていけないんだから)


 エルディは自嘲的な笑みを浮かべて、夜中の草原に歩を進めたのだった。

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