【書籍化】人生に疲れたので、 堕天使さんと一緒にスローライフを目指します

九条蓮@㊗️再重版㊗️書籍発売中📖

1巻

1-1

一章 堕天使だてんしとの邂逅かいこう


     1



「エルディ= メイガス、本日付けでお前を〝マッドレンダース〟から追放する」

「……あ? どういう意味だ?」


 黒髪紅眼くろかみこうがんの剣士──エルディ=メイガスは、パーティーリーダーであり戦友でもあった男・ヨハン=サイモンの唐突な宣告に目を見開いた。

 依頼でこの辺境の村・ドンディフに訪れた際に、いきなり夜中に宿屋に呼び出されたと思ったら、まさかの解雇通告。エルディからすれば、青天の霹靂である。


「そのままの意味だよ、エルディ。君はこのパーティーにはもう不要、出ていってほしいということだ。他に質問はあるかい?」

「……一応、理由は聞かせてもらっていいか?」


 怒りをぐっと堪えて、エルディは訊いた。


「言わなくてもわかるだろう?」


 ヨハンはちらりと隣の新メンバー・エドワード=ホプキンスを見て続けた。


「魔法も使えない劣等剣士なんて、もう用無しだって言ってるんだよ」


 仲間だと思っていた人間からの無情な宣告に、エルディから感情の波が失われていく。

 まさかパーティーを結成した当初の仲間から、そんな言葉を投げ掛けられるとは思ってもいなかった。

 エドワード=ホプキンス──彼は最近パーティーに加入した魔法戦士だ。

 剣技もさることながら、多彩な魔法を扱えて攻守ともに様々な局面で戦える優秀な前衛だった。パーティーの攻守を全てひとりで担っていたエルディからすれば、心強い味方が入ったと思っていたのだが……彼が入った途端、この手のひら返しである。うんざりするにもほどがあった。


「エドワードが入ったから俺はもう用済み……そう言いたいのか?」

「ああ、そうだ。他に理由が必要かい? このパーティーを立ち上げてくれてここまで大きくしてくれたことには、感謝しているけどね」

「てめぇ……ッ!」


 エルディは舌打ちをし、ヨハンを睨みつけた。

 エルディらが属するパーティー、〝マッドレンダース〟がS級へ昇格したのは、つい先日のことである。エルディとヨハンが駆け出しの頃にこのパーティーを立ち上げてから、ふたりで協力しながらパーティーを育ててきた。

 立ち上げから五年間、メンバーの実力が安定せずに苦労した時期が長かった。

 様々なメンバーと別れ、交代を繰り返し、エドワードの加入によって完成した……はずだった。

〝マッドレンダース〟の中心は、もちろんヨハンとエルディのふたり。

 いわば、ふたりは数年来の戦友だったのだ。少なくとも、エルディはそう思っていた。


「……イリーナとフラウは、このことを?」


 エルディは重ねて訊いた。

 イリーナとフラウは、〝マッドレンダース〟に所属する魔導師まどうし治癒師ちゆしだ。

 しかし、この場にいるのはエドワードだけで、ふたりの姿が見えない。

 彼女たちはエルディとも親交が深く、少なくともエルディはふたりから頼られていると思っていた。あのふたりがこの決定に賛同するとは思えない。


「彼女たちには、明日伝えておくさ」


 ヨハンは人の悪い笑みを浮かべて、そう言い切った。


「なるほど、お前の独断か」

「ああ。〝マッドレンダース〟のリーダーはこの僕だからね」


 ヨハンの言葉に同調するように、エドワードが口角を上げる。


(こいつの入れ知恵……いや、共謀きょうぼうか?)


 エルディはふたりの表情から事情を察すると、大きく溜息を吐いた。

 到底納得できるものではない。

 しかし、同時にここ最近のヨハンの様子を鑑みれば、こうなるのも仕方ないのかな、とも思えてくる。

 ヨハンは名誉欲めいよよくと承認欲求に取とりかれ始めていた。

 戦いでも無茶をしがちで、司令塔のエルディの指示を無視することもしょっちゅうだった。そこに拍車はくしゃを掛けたのが、エドワード=ホプキンスの加入だ。

 ヨハンと彼は名誉や出世に対する欲が強いという意味では、非常に意気投合していたのである。

 それを何とか押し留めていたのがエルディだったのだが、彼らにとってはそれが邪魔でならなかったのだろう。


(変わったな……ヨハン)


 エルディは小さく溜め息を吐いた。

 昔はこんな奴ではなかった。仲間想いで、パーティーやメンバーを第一に考えるような奴だったのだ。だが、A級に上がったあたりから名誉欲や自己顕示欲に囚われ始めた。

 エルディなりに仲間たちを想って今まで身を挺してきたつもりだ。しかし、その結果が邪魔者扱いの挙句に辺境地での解雇。

 正直、堪ったものではなかった。

 ただ、エルディとしても、暴走するヨハンを制御し続けるのにもそろそろ疲れていた頃合いだ。もしかすると、潮時しおどきだったのかもしれない。


「そうかよ……まあ、そういうことなら承知するよ。イリーナとフラウにはよろしく伝えておいてくれ。じゃあな」

「待て」


 エルディが背を向けて部屋から出ようとすると、ヨハンから強い語気で呼び止められた。鬱陶うっとうしげに振り返ると、彼は予想にもしなかった言葉を紡いだ。


「武具はパーティーの共有物だ。あと、有り金もな。ここに全部置いていけ」

「……ヨハン。お前、正気か?」


 エルディは元仲間の口から出た、山賊さながらの言葉に愕然とした。

 ただパーティーから追い出すだけでなく、身ぐるみまで剥ごうというのである。戦友に対する物言いではない。


「ああ。大真剣マジだよ。真剣と書いてマジだ。その剣と鎧よろいは、これまでの〝マッドレンダース〟の活躍で手に入れたものだぞ? いわば、〝マッドレンダース〟からの貸与物なんだよ」

「この武具を買ったのも手入れをしていたのも俺だったように思うんだけどな」

「その金の出所はどこだ? 〝マッドレンダース〟だろう? なら、当然返却すべきじゃないか?」


 とんでもない言い分だった。

 確かにギルドからの報酬は〝マッドレンダース〟に渡され、そこからメンバーに分配される。出所としては間違っていない。

 だが、これまで脱退したパーティーメンバーに対してこのような仕打ちはしていなかった。明らかにエルディに対してだけ、過剰に嫌がらせをしている。

 そこで、視界の隅でエドワードがにやりとしたのが見えて、意図を察する。


(ああ、なるほど。要するに、俺の魔法武具が目的ってことか)


 エルディの持つ剣と鎧はいずれも高い魔力が付与されており、エドワードが持っているものよりも稀少性・性能ともに上なのだ。

 これはエルディが魔法を使えないなりに仲間の役に立とうと思って高い金銭を費やして購入し、手入れしてきたものだった。それを取り上げて、同じ戦士でも魔法も使えるエドワードに持たせようという狙いなのだろう。


「バカバカしいにもほどがあるな……ほら、これでいいか?」


 エルディはこれ以上ないほど大きな溜め息を吐いて、武具と金貨袋を床に投げ捨てた。

 もともとは〝マッドレンダース〟の足を引っ張らないために買った魔法武具だ。

 解雇されるのであれば、確かにもう必要ない。金を失うのは痛いが、生活費くらいならばすぐに貯められる。

 むしろ、ここでいざこざを長引かせるほうがエルディにとっては無益だ。

 というより……ここまでヨハンが酷ひどい人間だとは思わなかった。

 もう関わりを持ちたくなかったし、一刻も早くここを立ち去りたかったというほうが正しいのかもしれない。


「さすがに丸腰まるごしで死なれたら後味が悪い。こいつだけは餞別せんべつでくれてやるよ」


 ヨハンは鉄製の剣をエルディの前に投げ捨てた。

 拾ってみると、どこにでも売っている安物の剣だった。

 餞別というより、ただ余り物を押し付けただけのように思えなくもない。


「そうかい……お気遣い、感謝するよ。じゃあな」


 エルディは冷めた瞳でヨハンを一瞥すると、その鉄製の剣を手に宿屋を後にした。

 もう金輪際、二度と彼らと相見えることはないだろう。そうなることを心から祈っている。

 だからこそ、こうして彼らの条件を全て呑んだのだから。



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